17 カップル割引断罪執行
さて。その町には、五条財閥という巨大な一族がいる。財閥という概念はぶっちゃけ結構前にリアルでは消滅してはいるのだが、ここはバカゲーの世界なので略。
そして五条の家は、伊集院家と並び立つ名家の家柄。つまり、町の中でも権力者であり、おつきのヘリコプターならぬ家直属人力車とか馬車とか持ってる家柄であった。
大正レトロが今も生きているお家柄。和洋折衷一族、五条家。
そして──その町の映画館は。
伊集院環が今まさに貸し切ろうとしているその映画館は。
この五条財閥が運営していた。
五条家、一人娘の自室。レトロな金色のカーテンに、レトロな木目のテーブルに、レトロな天蓋付きベッドの部屋。
薄暗いその部屋には一人のメイドがはべっている。
「──はい、五条家でございます。メイドの中村がご用件をお聞きいたします」
この世界の執事やメイド、名前がくそ平凡な法則。
糸目に、ロングメイドスカートに、お団子髪というめちゃくちゃスタンダードなメイドは、取り次いだ電話の向こうの声を聞いて暫く、沈黙した。
「お嬢様。──マユお嬢様」
「………なに、中村。」
「お電話でございますわ」
「おでんわ……」
「お嬢様が権利を持っていらっしゃる、映画館を。今日一日貸切にしたいとの申し出が入っております」
「…………相手は、だれ?」
「伊集院家の環さまでございますわ。お懐かしいですわね、環さま。確か幼稚園の時に、お嬢様の事をお姫様にすると言っていらっしゃった殿方では?」
マユ、と呼ばれた片目の隠れたボブカットの少女は、暫く沈黙した。
漫画でもそうはならんやろみたいな紫色の髪をしている。目は金色である。やべえやつだ。
そして彼女の机の上には、傷つけられた伊集院環の写真がばらばらと散らばっている。
明らかにやばい。赤い色のクレヨンとかで顔にばつ印が書いてある。めちゃくちゃにやばい。
少女は、ゴスロリ姿でゆっくりと足を組む。
「そう………断罪のときが来たというわけね」
「マユお嬢様」
「伊集院、環…………罪深き穢れを背負いし使徒よ。そしてその穢に惑わされし可哀想な乙女を、救う時………」
「お嬢様」
「救済執行」
「お嬢様」
あまりに執拗に呼ばれて、少女は観念した。
「なに?中村…………わたし、今、いいところなのに」
「お嬢様。環さまの写真は散らかしたら片付けておいてくださいませね。刻んだ写真はゴミ箱に…………」
「ご、ゴミ箱!?そ、そんなこと、しない…………あれは大事なもの。そう、あれはいわば、わたしの刻印…………過去の罪が封印されし漆黒のイデア…………」
「初恋の人の写真ですものね」
「ち、違う……!あれは過去の罪が封印されし……」
「黒歴史でございますものねえ。ではきちんと引き出しに戻しておいてくださいませね」
「…………はい」
漆黒の救済者、メイドには無力。
暫く経ってから、少女は文句を言った。
「中村。……漆黒の救済者である私が話している時に、片付けの話は……どうかと思う」
「お嬢様が散らかさなければわたくしも何も申しませんわ。漆黒の救済者ならお屋敷のゴミも救済してくださいませ」
それはなんか違うと思うんだけどな。
「──ああ、そういえばお嬢様。貸し切りの件、どうなさいますか?映画館の見込み一日の利益の倍額出すと仰られていますが」
「…………伊集院家…………金にものを言わせて、俗物。やはりこの漆黒の支配者がなんとかするべき」
「はい。では、どのように?」
「そうね…………」
マユはにやりと笑って、片目を隠すポーズをした。左目がうずくポーズである。由緒正しき中二病の系譜ポーズである。
「……伊集院、環……まずは、お前を試してやる……!」
ーーー
五条映画館貸し切りの件を頼んだところ、驚くほどにすんなりと話が通った俺はちょっと動揺していた。マジで?
五条の家はレトロ尽くしの冗談みたいな大正ロマンを保っている家柄だが、割と利益には厳しい。
俺が幼稚園の頃、「君をお姫様にしてみせるよ!」と言った相手のまゆちゃんも、その台詞に対して城の購入費用はどうするのだと聞いてきたぐらいには厳しかった気がする。
そんなこんなで、俺は天使千春を連れて映画館へやってきていた。
「い、伊集院くん……!誰もいないよ……!?すごい……!本当に貸し切っちゃったんだ……!」
目を輝かせる天使。そうだろうそうだろう。金の力で映画館を貸し切りできる高校生なんてそういないからな!
「誰もいない映画館……まるでゾンビゲームの映画館みたいだね……!消火栓でゾンビを殴るんだよね!」
情緒とかなかった。
「伊集院くんのことは、わ、私が守るからね……!」
「あ、ありがとう天使さん……」
そういうところかわいいな。
俺たちは映画館に足を踏み入れた。
古い重厚な扉、奥はレッドカーペット。五
人っ子一人いない本当にガチで誰もいない映画館だ。普段ならポップコーンを売っている店員や、券を売るカウンターの店員とかめっちゃくちゃ人がいるはずなのに。見事に人払いがされている。
今日の天使の服装は、純白のエンジェル仕様。真っ白ワンピースに、巻かれた髪。白い花をあしらった美しいバレッタで髪の毛を留めている。本日の服は俺が選んだ。髪は天使自身が巻いたのだが、なかなか様になっている。
初めてやったらこんなに綺麗に巻けるわけがない(と写真を送ったらビアンカが言っていた)ので、本人が自分自身で練習をして腕を磨いたのだろう。
いやあ、俺の推し、金に物を言わせるだけじゃなく自分でちゃんと努力もしてて最高だな……
「伊集院くん、えっと……上映してるシアターって……」
「ああ、一番シアターを使っていいと聞いてる」
「はい……!……あれ?」
嬉しそうに一番シアターの方へ向かった天使は、そこで首を傾ける。
「あの、伊集院くん。券と食べ物を売ってる人がいる……よ?」
「え。ああ、もしかして券は別料金なのか……?」
一番シアターの前に、でんと構えられたポップポーンの店。
ジュースやフランクフルト、ポテトなど、王道のものをめっちゃ売っている。
しかし、店員は顔が隠れていてよく見えない……
嫌な予感がした。
途方もなく、嫌な予感だ。
「伊集院くん、あのっ、せっかくだからわたしが、お金出すね……!今日折角誘ってもらって、こんなことまでしてもらって……だから、わたしが……。あのっ、よければポップコーンとジュースを一つずつ……!」
「天使さん……!」
俺が一歩踏み出すのと、天使が小柄な店員に駆け寄るのは、ほぼ同時だった。
その刹那──店員が大きなジュースのコップを振りかぶった。
「天使さん……!!!」
店員は、すっとその大きなジュースのコップに二本のストローをいれた。
あたふたする天使。慣れた手付きですっとポップコーンを添える謎の小柄な店員。
「えっ」
「──本日はカップル割引デーです」
「え?」
「伊集院環。──あなたが本当に彼女を愛しているのなら、このストローでジュースを二人で飲めるはず……そのはず」
「えっ、え……?」
「断罪執行」
帽子のつばの下で、金色の目がぎらりと光った。




