14 執事たちの昼下がりと忍び寄る不穏
「ねーえ、田中ちゃん」
「なんだ山田」
「おいビアンカだっつってんだろうが」
伊集院邸の昼下がり。二人の執事がライオンに餌をやっていた。今日は伊集院の家の坊ちゃんは学校であり、伊集院家の当主やその妻も仕事で出払っている。
執事たちにとっては束の間の休息かつ、格好の雑談タイムでもあった。
かたやハリウッド俳優のような褐色マッチョ、セバスチャン基田中。
かたやウェービーな茶髪と真っ赤なルージュのオネエ、ビアンカ基山田である。
「この間坊ちゃんにヘリコブターで呼び出されたのよぉ、そしたらびっくり!そこに女の子が!」
「ああ、この間のデートの相手か。彼女のために一つの店の服を全て買い占めたらしい」
「あらぁ、そうなのぉ〜?坊ちゃんにも本気の春が来てるのかしらん」
「そうとも限らん。どうも坊ちゃんはその相手をシンデレラにすると約束したらしい。魔法使いのつもりでいるのかもしれないぞ」
「え、つまり?」
「ただ、相手の幸せだけを願っているのかもしれない」
「環坊ちゃんだって高校二年の男子よ?そんな殊勝な真似できるものなのぉ?」
できるのかもしれん、と低くつぶやいて、田中はぽいと生肉を子ライオンに向かって放った。がぶがぶと肉を噛むライオンはかわいい。
坊ちゃんも小さい頃はこんなふうに可愛かったのになあ。いつの間にやら大きくなって、と田中は仏頂面の中で目頭を熱くした。
器用。
「……相手の幸せだけを願う恋を坊ちゃんがしているというのなら、俺は応援する」
「あら?珍しく殊勝なこと言うじゃない、田中ちゃん。坊ちゃんの前では悪魔みたいに毒舌なくせにねえ?本当は大事なのねえ?」
「からかうな。……環坊ちゃんは阿呆みたいに純粋だが、心根が優しい。坊ちゃまが好きな相手にそういったスタンスでいるというなら、俺は止めない」
「ふうん……?男同士の通じ合いってやつなのかしらん」
お前も男だろと田中は思ったが、何も言わなかった。
ウェービーな茶髪を揺らして、ビアンカ基山田は、隣に立つ仏頂面のムキムキ褐色マッチョを見る。
それから彼……いや彼女?は、己の真っ赤なスマホをポケットから取り出して、これ見よがしに揺らしてみせた。
「ところで田中ちゃん。これなーんだ?」
「……ん?……誰の名前だ?お前の女友達か?」
「はっずれぇ」
けらけらと明るい笑い声を立てたあと、ばっちん!と長い睫毛に縁取られた大きな瞳でビアンカはウインクした。
「この間ねえ、街でたまたま会ったのよう。坊ちゃんの『シンデレラ』に」
「……それで?」
「これは彼女の連絡先。さっきメッセが来てね?……『土曜日に伊集院くんとお家で過ごす約束をしたのですが、どんな服装がいいと思いますか?』みたいなのが」
「……脈アリじゃないか?」
「あら、田中ちゃんがそんな言葉遣いするなんて」
「そうだとしか思えん」
「でもねえ、坊ちゃん言ってたのよねぇ。」
『彼女には他に好きな人がいるんだ』、って。
ね、どう言うことだと思う?
ビアンカ基山田は隣に立つ褐色マッチョ田中に問いかけたが、仏頂面に戻った執事は考え込んだ様子で答えなかった。
「あと、そうそう、田中ちゃん。アタシの独自情報網によると、坊ちゃん、学校で『婚約者』がいるって騒がれてるらしいのよね」
田中はライオンの餌用の陶器の皿を取り落とした。
びっくりするライオン。目を向くビアンカ基山田。不動の田中。
「あーっ!四万円のブランドの皿!ちょっと何してんのよ田中ちゃん!」
「坊っちゃまに……婚約者だと……?縁談など何も」
「動揺しすぎよぉ〜!ただの噂よ、噂!」
「本当にどういうことなんだ……?」
「……さあねえ。ちょっと調べてみるわよ、独自に。奥様や旦那様に知れる前にね」
ビアンカは首を捻り、最後の肉をライオンの群れに投げた。
当たり前のように庭にライオンが放し飼いにされがちな伊集院家、バカゲーの中でも最もバカゲー要素万歳たる貫禄があった。
ーーー
一方その頃。
校舎のどこか、薄暗い個室で。一人の少女がふっとため息を吐いた。
伊集院や、天使と同じ制服。同じ場香秤高校の生徒であることは、間違いなかったが——部屋の暗さが、少女の顔の判別を難しくしていた。
「——、伊集院、環……」
地を這うような声。
彼女の周りには、金髪の少年の写真ばかりが散らばっている。壁にも貼られたそれはボロボロになっており、少年のまばゆい金髪も、笑顔もくすんで見えた。
恨みがましい瞳で、少女は伊集院環と、『婚約者』が一緒に写っている写真を見つめる。
透明感のある、どこかの深層の令嬢。いかにも無垢そうな笑顔、本当に正しく可憐で愛らしい。まるでお人形のようだ。
どこの女だか知らないけど、スーパーウルトラアルティメット可愛い。
「………可憐」
謎の少女はめっっっっっちゃ素直だった。
彼女はこほんと咳払いをする。
気を取り直して。
伊集院環の写真を、再び少女は見つめた。
「……私を騙して、弄んだ……環、相変わらず綺麗。かっこいい。美しさは罪」
彼女はやっぱりめっっっちゃ素直だった。
少女は机の上を見た。
「断罪が必要」
そこには、——『裏ミスコン、今年も開催決定!優勝者には百万円相当の旅行券プレゼント!』の文字がめちゃくちゃポップにカラフルに踊っていた。
今回メイン勢が誰も出番がねえ……!と思いながら書きました。
すまねえ……すまねえ……次回デート回です!ビアンカのアドバイスをもらった天使の頑張りにご期待ください。女の子の家着って浪漫があるなあって思う派です。




