13 裏ミスコンとアニメ百五十話
「はあ……」
俺はあまりに気が抜けてしまって、そっと天使から腕を離す。天使は軽くよろめいたが、崖から滑り落ちることなく俺のそばへとやってきた。
「ところで天使さんはどうして森の中に……」
「あっ、えっとね……そのぅ……伊集院くんと、凡仁くんが一緒に教室を出て行って……」
もしかして、俺のことが気になってきてくれたんじゃ。
「その後を、麗川さんが鬼みたいな顔で追いかけてったから、何かあったのかなって……」
そっちかあ。
「あのっ、凡仁くんと何か、あったの……?喧嘩した?」
「いや、喧嘩というか……どちらかというと同盟の申し込みのような……」
裏・ミスコンを戦い抜くための同士として選ばれたので間違ってない。
「同盟?……なんだかオンラインゲームのギルドみたいだね……」
「まあ、そういうものだと思ってくれたら」
そこまで言って俺は一瞬迷う。天使千春に、彼からの申し出を俺から告げた方がいいのか?ちらっと木々の向こうを伺う。すると、いつの間にやらきていた凡仁と麗川が何か話しているのが見えた。ちょっといい感じの雰囲気だ。というかあの二人が並んでいると常にいい感じの雰囲気に見えるのってなんなんだろうな……
うん。邪魔するのはやめよう。俺の口から伝えよう。
これで、凡仁と天使にフラグが立つなら。ちょっとでも、俺の推しの負けヒロインが麗川椿と主人公のフラグにヒビを入れられるなら、どんな協力でもしようじゃないか。
「……そういえば、凡仁くんが。天使さんにも頼みがあると言っていて」
「えっと、わ、私に……!?なんだろう……」
「天使さんは、裏ミスコンを知ってるかい?」
「うらみすこん」
あっ、知らないなこれ。
「ネクロノミコンみたいだね……?」
三文字ぐらいしか合ってない気がする。
「裏、ミスコン。コスプレをして賞金を争う、多分生徒間だけの自主企画——だと思うんだが。それに、凡仁くんから誘われて。天使さんも、ぜひモデルにどうかと、彼が」
「えっ……わ、私でいいの……!?」
顔を真っ赤にして、口を両手で覆う。動揺する天使千春はあまりにかわいい。
「いいらしいぞ。天使さんがいいと熱弁していたし」
「……そ、っかあ……凡仁くんが、私に……私がいいって……」
ぽんやり、といった表現が相応しい顔をして、天使は暫くぼうっとした。俺の目頭が反射で熱くなる。そうだよな、天使はずっと片想いしてるんだ。その相手が、たとえコスプレモデルだろうが自分を選んでくれたら嬉しいよな。
俺だって、天使に『伊集院くんがいい』とか言われたら——……
「伊集院、くん?」
「あ、いや……なんでもない」
俺はあくまで推しを推すだけの男。推しの恋路を邪魔するわけにはいかない。
ましてや推しに想われようなんて烏滸がましい!金持ちのギャグキャラだぞ俺は!
「あのっ、その裏ミスコン、って……伊集院くんも、一緒に出てくれる、んだよね……?」
「え、あ、ああ」
「……そっかあ」
ふわ、と天使千春は笑う。嬉しそうに。花が綻ぶみたいにかわいい。
その笑顔、一億万点。
「よかったあ……伊集院くんが一緒なら、安心だね」
「…………」
勘違いしそうになる。俺のこと本当は好きなんじゃないか?とか痛い勘違いをしそうになる。落ち着け!俺は!『主人公』じゃ!ない!
それにしても本当になんていうか……人たらしみたいなところがあるよな、天使って。
「ところで、えっと……コスプレって、何のコスプレするの?」
来た。
この話題。
俺も女装しますなんて俺の口からは……
「伊集院くんって、女の子の格好も似合いそう……だよねえ……」
好きな女子、基推しの口から言われるほどあれなことないけど????
「……そうか?」
「うん。だって髪の毛も綺麗だし、肌だって真っ白だし、顔も綺麗だし……私なんかより、ずっと、ずっと美人で……」
「そんなことない!!!!!!」
俺はがしっと天使千春の手を握りしめていた。デジャヴ。
「お前が一番かわいい!!!!!」
「えっ、わ、か、かわいい……!?」
伊集院環としての後光が炸裂した。ギャグイケメンってやたらと光纏ってるけど、こういう時俺自身も眩しいのかよ知らなかった。目が潰れそうな光に天使も眩しそうな顔をしている。顔をしかめている天使も美少女でかわいい、百点満点。
「二人で完璧なコスプレをしよう、天使さんを一番輝かせてみせる、それで凡仁くんに君のことをもっと見てもらうんだ!」
「い、伊集院くん……!」
目がきらめいている。
あっ、またファビュラスって言われるやつだこれ。
「か、かっこいい……!!!!!輝いてる……!!!!!」
——んん????
きらきらした目で俺のことを見つめてくる天使千春の目線は、まるで……まるで……
いや、いやいやいや。落ち着け落ち着け……
俺はなんとか息を吸って吐いてしてから問いかけた。
「……か、かっこよかった?今の」
声が裏返った。
「うん、すごく!まるで乙女ゲームのキャラクターみたいだったよ、伊集院くん。伊集院くんみたいな、かっこよくて家がお金持ちで綺麗なキャラって、大体重い過去があって女の子が苦手だったりして、攻略難易度高めなんだけど私はそういう人をかわいいなあって、包みたいなあって思うことが多くて」
何の話????
「……あっ、ご、ごめんね、一人で喋っちゃって……ところで、あの。えっと、それで……作品、とかは……?」
「あ、ああ……『天空のアドリビトゥム』っていう……」
「——えっ」
天使千春はぱちぱち、と瞬きすると、ちょっと困ったように眉を寄せた。
「……それって、ちょっと古い長編のアニメ……だよね?」
「あ、ああ……そうだな」
「それ、百五十話ぐらいある上に……あの、今劇場アニメが公開中で、それで漸く完結って、いうやつで……小さい頃見たんだけど、記憶がもう……」
百五十話はきつい。
あと、劇場版で完結なら、コスプレを嗜むなら見に行くべきなのでは……?
そう思う俺を他所に、天使は手をぱたぱたさせた。
「あっ、でも、モデルってだけなら見なくても、いいのかな……?わたしは自分で作品を見ようかなって思うけど、伊集院くんを付き合わせるのも悪いし……作品を知らなくても、服を着ることはでき」
「だめだ!!!!」
大声で遮ってしまった。バーガーショップ店員でもあり、ライトオタクだった俺でもこれはわかる。これは『駄目』なことだと。作品に愛のない二次創作ってだめなやつだろ!?服を着るならそいつの心情を知っておくべきって誰かが言ってた!
「俺も一緒に見よう」
「えっ……」
「天使さん。これは勉強会だ」
俺は彼女の目を真っ直ぐ見た。
「一緒に勉強しよう、百五十話分」
天使は暫く黙った後で、大真面目な顔をして深く頷いた。
天使千春もまた、ガチゲーマー。サブカル文化を愛するものだ。気持ちは多少わかってくれるのかもしれない。
「わかった。伊集院くん、それじゃあ——……私の家に来て」
えっ。
え????
天使千春は真面目な顔をして言う。
「劇場版を見るのは、映画館に出かけなきゃ無理だけど……うちに、あるんだ。天空のアドリビトゥムDVD……150話分」




