12 本日、誤解日和
「れ、麗川さん……!?」
麗川椿。
この物語の『正ヒロイン枠』。黒髪も麗しく、部活は剣道部所属。由緒正しい麗川神社の巫女様であり、凛としたクール系の美女。つまりあれだ、端的にいうと和風美人だ。
大体パッケージ絵とかでは一番大きく描かれ、アニメ化の際も当然のように麗川ルートが採用されたという正真正銘の正ヒロインである。
ちなみに人気もダントツだった。俺のタイプではないけど。
麗川はさらりと長い黒髪を揺らして、両腕を組む。
「あら、凡仁くん。私にこの現場を見られたのがそんなに都合が悪かった?」
「いやその……」
途端に挙動不審になるドオタク……いや間違えた、凡仁。
正ヒロインの貫禄には逆らえないというやつなんだろうか。
「いいわよ。そのまま彼へのナンパを続けなさいな」
「ち、違う、誤解だって……!僕は!ただ!天使千春さんのことが!」
「——………天使さんが、なに?」
重低音だった。
音が一オクターブぐらい下がった。しかし超鈍感スキルを持っている凡仁は気が付かない。
「天使さんのことが!欲しくて!それで伊集院君に相談を!!!!!」
「天使さんのことが?欲しくて………?凡仁くん、あなた………」
「伊集院くんのことも勿論ほしいけど!僕は二人に惚れ込んで……!」
「コメントは差し控えるわね」
体感温度がマイナス三百度ぐらいになった。極寒。
言葉選びを間違えた感がすごすぎる。
うん、わかるよ。人材的に欲しかったんだよな。コスプレしてくれる理想のモデルとして欲しかったんだもんな。恋愛感情があるなら、天使と俺を並べてモデルに採用するわけがないしな。
でもな、凡仁。多分それ、麗川に何も伝わってない上に最悪の誤解されてるからな。
「ねえ、伊集院君。ちょっとあっちで『仲良く』しましょうか。詳しい事情、教えてもらえるんでしょうね?」
「……いやだって言ったら……?」
ずい、と寄ってきた麗川はその名前の通り麗しい顔に微笑みを浮かべた。
俺の腕を取ってすっとスマートな動きで身を寄せる。凡仁が目の前であたふたしていても丸無視だ。形のいい胸が腕に思い切り当たる、妖しい微笑みが迫ってきて、俺の耳元で彼女は——…
「私の手製の藁人形で、一日に五回はあなたの通る道のアスファルトを五メートル陥没させるわよ。本家本元の巫女の呪いの力、その体で実験してみる?」
麗川に抱きしめられている俺の腕が軋んだ。腕ぶち折られそう。
怖すぎ。
あと、最早藁人形の呪いとかいうレベルじゃなく、それ魔術なんだよなあ。
俺はそのまま凡仁と引き離され、場香秤高校の裏手の山の中に連れ込まれた。
こんな美女に連れ込まれるなんて正直役得以外の何者でもないとか呑気なことをかんがえたいが、さっきから腕がみっしみし言ってる。怖い。
「この辺りでいいかしら」
淀んだ沼と鬱蒼とした森の中だ。
正直ここで俺が骨をぶち折られて悲鳴をあげても誰も気が付かないだろうな……
彼女は黒髪をさらりと揺らして振り返る。
凛とした涼やかな吊り目が俺を見つめている……。
「さて——、……ねえ、伊集院くん?凡仁くんをどうやってたぶらかしたのかしら?私にもあんな、手を握って愛を囁くなんてしてくれた事がないのよ、彼」
初っ端から誤解しかない切り出し方なんだよなあ。
みしみしっ、と俺の腕が悲鳴をあげる。胸を押しつけられてるのに全然楽しむ余裕もないし、もうなんかやばい。痛い。やばい。剣道部の筋力つっっっよ。こんな細腕なのに!
「いっててててたぶらかしてない!骨が軋む音がやばい誤解だよ子猫ちゃん!」
「ファビュラスな言い回しをしても無駄よ。本当の事をあらいざらい吐かないと——」
「吐かないと……?」
吐かないとなんだ。腕をぶち折るのか。
「あなたが大事にしてる天使さんの——大好きなゲームの新作のストーリーのネタバレを、彼女にぶちかますわよ」
鬼畜生だった。
「彼女の愛するキャラクターが死んだと見せかけて実は生還して仲間に戻ってきてからの、主人公と会話する最もいいシーンの詳細をあらいざらい暴露するわよ」
「やめろ!!!」
「なら真実を話しなさい」
「くそ……汚いぞ……」
俺が……推しの、天使の悲しい顔を見たくない事を知っていて……!
天使ならきっと、眉を下げて、
『あ、そう……なっちゃうんだね……そっかあ……ネタバレ、聞いちゃった……』
とかぐらいで済ませることは知っている。でも!!!彼女はめちゃくちゃゲームを愛するゲーマーだぞ!!そんな悲しい目に遭わせられるか!!!
元バーガーショップの店員俺は、気になるゲームが発売するとネタバレを見ないためだけにSNSから姿を消す派だったので、麗川の発言は全体的に地雷だった。
地雷すぎた。
「……仕方、ない」
「あら、話す気になったのね?教えなさい、凡仁くんをたぶらかしたやり方を……!私がそれを試すわ」
試すんだ???
さすが主人公。クーデレな正ヒロインにしっかり好かれている。
それはさておき。
麗川の圧力に屈した俺はあらいざらい喋った。
そりゃあもう喋った。『婚約者』の件は伏せて、凡仁が俺と天使にコスプレモデルを依頼しようとしているという話を詳しく、事細かに、天使と凡仁の真似を身振り手振りを入れて声色を真似て喋った。
あまりに似ていたので麗川にウケた。
「伊集院くん、あなたイケメンウザイ金持ちキャラなだけだと思っていたら、物真似もできたのね……」
「話の要点はそこじゃないからな?」
「凡仁くんの可愛らしい芝犬のような雰囲気がよく出ていたわ。天使さんの真似は正直首の傾け方まで角度が一致していて普通に気持ち悪いわ」
「ストレートな罵倒は心にくる……」
傷ついた俺へのフォローはまるでせず、麗川はふむと考え込んだ。
「——それで?つまり結果的にあなたが手を握られて愛を囁かれた経緯は……」
「理想のコスプレモデルだったから、裏ミスコンに出てくれって言われただけだ、誤解なんだ!」
「でもそれだけであんな風にするかしら?こんな……手を握って、目を見つめて……」
麗川は俺の手をぎゅっと握りしめる。吸い込まれそうな瞳でじっと、俺を見つめてくる。
なんで正ヒロインと正ヒーロー二人からこんなことを立て続けにされなきゃならないんだ……!?って感じが強いものの、まあ今回は相手が美女なので悪い気はしない。
鬱蒼とした森も、沼から吹いてくる冷たい風も、木の後からこっちを見つめてくる天使千春もいい感じに雰囲気が出、て……
ん?
「天使さん……!?」
「あら、天使さんじゃない」
「あっ、あのっ、あのあの……っ!わ、わたし、み、見るつもりじゃ……!いい雰囲気のところ、ごめんなさい……っ!」
顔を真っ赤にして、あっという間に彼女は逃げ出した。桜色のおさげが鬱蒼とした森の中を跳ねて遠ざかっていく。やばいやばいやばい。明らかに誤解されたやばい。今日はなに?誤解日和なのか?
「おい!麗川のせいだぞ!?」
「あら、私は悪くないわよ」
それより、早く追いかけてあげたら。
促されて俺は駆け出す。天使は以外に足が早く、なかなか追いつかない。
森を出る直前の辺りで俺は彼女の手を掴んで——……
反射で抱き寄せた。
なんでかっていうと、天使千春が飛び込もうとした先が割と高い崖だった。
「骨折するだろ!?」
「あ、あの、わたし、運は案外いいから、だ、大丈夫……宝箱を開けたらミミックが入ってる確率ぐらいで怪我もしないはず」
大分低くないか?
「ところでその……伊集院くん……あの、」
マシュマロみたいな柔らかさが腕の中で動く。天使の視線がすごく近いところにあって。
いい匂いがして。
俺は。コスプレ美少女モデルの話とか、女装の話とか全部吹っ飛んでしまって、柔らかそうな唇だとか潤んだ瞳とかに目が吸い寄せられ
「でもすごいね、助けてくれて、ありがとう……MMOで死にかけた瞬間にHP全回復を飛ばしてくれるヒーラーさんぐらいすごいタイミングだったよ、伊集院くん……!」
「……………」
おれは しょうきに もどった!
この謎の例えで大体の気が抜けるんだよなあ。
コスプレ裏ミスコン回、ゆるゆる進んでまいります!
ここまで読んでいただけていて嬉しいです〜!明日も楽しく更新していきますのでよろしくお願いします。




