11 『主人公』という男の正体
凡仁和明という男は、俺の見る限りではとても人当たりがいい。ゲームの中でも無個性を極めていた。
温厚、優しい、顔がちょっと可愛い。如何にも優等生的なさらさらの茶髪で、笑うとまるで子犬のような愛嬌があると女子からも密かに人気。
ちょっと鈍感だけども、本当に『いいやつ』。いつも困ったように笑っていて、大きな感情の起伏を見せることはほとんどない。
いかにも、ギャルゲーの『主人公』。
だから凡仁と、あのメッセージがうまく結びつかなくて、俺はやつの小柄な後ろ姿を眉を顰めて見つめる。
『あれ、天使さんだよね?』
あんなこと、あいつが気がつくものだろうか。気がついたとしても言ってくるものか?俺に?
あのメッセージが送られてきた後、すぐに授業が始まってしまったので俺は凡仁に話しかけることもできず、やつの後ろ姿を授業中に眺めることしかできてない。
隣の席の、クールビューティー黒髪美女、麗川椿とちょっと時々目配せをしあったり、お互いにちらちらと視線を向けていたりする。くそっ、いちゃいちゃしやがって。爆散しろ。
「……環さまお顔がアンニュイだわ……何を考えていらっしゃるのかしら……」
「環さまのことだもの!きっと次のダンスパーティのお相手のこととか考えていらっしゃるのかもよ!」
「さすがセレブ!かっこいい……」
「それとも例の『婚約者』さんのこと……」
「あれは私の中ではなかったことになったから、公式ヒロインがいたとしても環さま×私は揺らがないから」
原作アンチじゃん。公式の俺は天使千春激推しだぞ。
あと授業中になんて会話してるんだ、俺にも聞こえてるからな!?
それにしても、周りの取り巻きの会話がやかましくて凡仁と麗川の様子が伺えやしない。
はあ、とため息を吐いてから、斜め前の席にいる天使の様子を伺う。天使の目線は真面目に先生の手元に向けられていて、ノートもきっちり取っている。そうそう、こういうところだよ。
学校では内気で真面目、でも家ではガチゲーマーみたいなギャップがよくて最初落ちたんだったなあ……
と思った時に、天使が振り向いた。
視線ががっつり合う。
綺麗な淡い色の唇がぱくぱくと動いた。
『いじゅういんくん?』
かわいい。
『なんだ?』
ふるふる、と首を振ってから彼女はちょっとだけ照れたように笑う。数秒見つめあってから、目線を黒板の方へと戻す。かわいい。めちゃくちゃかわいい。
ちらちらこちらをみて、先生の目を盗んで、ちょっとだけこっちに手を振って見せるところもかわいい。
平和だなあ。
でも。
凡仁に目を向けると、彼はちょうど天使の方をじっと見ているようだった。含みのある視線だった。
それから急に。
彼は、振り向いて。
こちらに向かって笑いかけた。
ぺこん、個別メッセージが入る。
『よかったら、放課後、場香第二体育館の裏とかで話せるかな?』
俺は微かに眉を寄せる。
望むところだ。
ところでうちの学校、場香秤高校、通常バカ高っていうんだけどどう考えても名前がバカゲーなんだよなあ。
ーーー
第二体育館、別名旧体育館はめっちゃ寂れている。
大体ここを使うのって、同好会のバンド愛好会とか、軽音同好会とかで、まともな運動部は使わない上にいつも人がいない。
幽霊でも出そうな木造の体育館の裏。
そこでしばらく待っていると、軽い足音がして凡仁が現れた。
「わあ……来てくれてありがとう、伊集院くん」
温厚な笑顔だ。でも、何を考えてるかわからない。
この物語の、『主人公』。天使の好きなやつ。
「お前が来いって言ったんだ……行かなきゃ『婚約者』のこと、皆にばらしたりしたんじゃないかい?」
「えっ、僕が?やだな、そんなことしないよ!天使さんには平和な学園生活を楽しんでほしいし!まあ『婚約者』とか言われてたのはびっくりしたけど。……あれは多分事故だよね?」
「……事故」
「え、もしかして本当に婚約してるの……?」
「いや、してない……けど」
「だよね、びっくりしちゃったよ!」
手をぶんぶんと振る様は如何にも人畜無害だ。
いや、本当に人畜無害なのか?
「じゃあなんであんな個別メッセージを……」
「本人に直に聞いたら驚かせそうで、だから伊集院君に」
気配りの結果かよ。
「脅しじゃなかったのか……?『いうことを聞かないと天使さんの秘密をばらすぞ』みたいな……」
「そんな怖いこと僕しないよ!?僕の中のイメージどうなってるの!?」
お、おう。
「えっと、じゃあ俺をここへ呼び出したのは……」
「それはちょっとその……お願いがあって」
来た。
なんだ、お願いってなんだ。もしかして天使さんから手を引いてくれとか言われるのか。あの子は僕のなんだよねとかヤンデレみたいな本性を突然出してくるのか。
ぶっちゃけ『主人公』に関しては全てが未知数だ。
何故なら、『ゲーム』の世界には主人公の人格は存在しないから。
あれはプレイヤーの分身だ。
分身なので、今ここにいる『凡仁和明』の中身は、——本当にわからない。
もしかしたら、凡人の皮を被ったとんでもねえ女好きかもしれない。
はたまた可愛い顔をして、めちゃくちゃ素行の悪い不良だったりするかもしれない。
なにもわからない。
彼は切実な顔をして言った。
「伊集院くん——……僕、彼女に……僕が作った衣装を着てほしいんだよね」
うん?
「僕、服作るの趣味で。あっ、お菓子作りも料理とかも得意なんだけど。」
女子力くそ高い路線。
そういう主人公いるよな。たまに。
「それでね、彼女と君には是非、場香高校名物の、『春の裏コスプレミスコン』に出てほしいなって思って。あっ、勿論伊集院くんと天使さんだってことは隠すよ、二人とも謎の美少女ってことにするから!!!!」
ん???
発言の情報量が多い!!!!
「コスプレ……?」
「そう!!」
『主人公』は——プレイヤーの分身のはずの男は、そうだったはずの男は、びしっと指を立てた。
「優勝者の服を作ったら、箔がつくと噂の裏ミスコン!それへのスカウトだよ!!君と彼女なら、最高の『天空のアドリビトゥム』の再現ができるって思ったんだ!!!!!」
無個性のかけらもない。
ドオタクじゃねえか!!!!
……ところであの話、主役両方女の子じゃなかったっけ?
「主役両方女子じゃなかったかい……?」
おずおず言い出すと、主人公はぐっと手を握った。
「そうだけど。伊集院君の天然の金髪、利用しない手はないよ。君は顔立ちが整ってるし、立ち姿も綺麗だし、身長も高すぎるわけじゃないし!『天空のアドリビトゥム』のレイティス姫にぴったりだと思う」
褒めまくられてる。
「それに千春は、あの大きな瞳、長い睫毛、体型も女の子らしくて可愛いし可憐だし、それはもう天使みたいな清純な雰囲気あるし、あと僕の服を着てほしいし。あの『婚約者』としての写真を見た時に確信したんだ、やっぱり千春こそがリリアナ姫なんだ」
天使推しとして頷かざるを得ない意見だ……いや今呼び捨てした?
でもその前に。
「レイティス姫って、俺は男……」
「男の子が優勝した前例もあります。やろうよ!ここ数ヶ月作った衣装を着てくれる人を探してたんだよ!!!あの写真を見て、絶対千春にはリリアナ姫が似合うと思ったんだ!伊集院君はレイティスをやって!麗川さんは誘ったんだけど断られちゃって……」
当たり前だ。彼女の心中察するにあまりある。
それにしても本当にこいつ中身ドオタクじゃねえか!!!!!!まあ確かに元プレイヤーの分身なら中身ドオタクでも不思議じゃないけど!!!
「とにかく!!場香高のコスプレコンテストの優勝の賞金が夏休み中のプライベートビーチ旅行なんだよ!!!百万円相当!!!君たちにあげるからコスプレしようよ!!!」
しかも普通にいい奴なのかよ!!
ヤンデレ要素とか暗黒微笑とか底知れないとか思ってた俺がバカだこれは。
がしっと手を握られる。
茶髪がさらさらで目がくりくりで普通に可愛い顔をしている。もうお前が女装すればよくないか!
「お、俺はいいけど、天使さんは許してやってくれ、彼女は内気で……」
「——……わかってる。でも、だからこそ彼女にも、僕の服を着てほしい」
天使さんってさ、自信がないよね。だから、自信をつけさせてあげたいんだ。小さい頃から知ってる間柄だし。
彼はそう言って少しだけ目を伏せた。
おい、急にアンニュイになるな。っていうか天使千春のことを……小さい頃から、知ってる……!?千春ルート自体が没になってるからその辺りの情報初耳なんだけど!?いやでも、天使と凡仁が近づくルートにちょっとでもいけるなら、天使千春が『主人公』とフラグが立つなら、この話、受けた方が……?
急に新情報が出てきて混乱する俺をよそに、再び凡仁は俺の手を握り直してきた。
「伊集院君。僕と一緒に旅行券を勝ち取ろうよ」
僕と一緒に、新しい世界を開こう。
男にそんなこと言われても、と俺が思った、その時だった。
冷たく美しい声がした。
「あら、随分な場面に遭遇したみたいね、私」
振り返る。茂みの向こうに、さらさらと靡く黒髪。
美しい顔立ち。すらりと長い足。完璧なバランスのスタイルと、高い身長。
「こんにちは、伊集院くん。」
麗川、椿。この物語の、『正ヒロイン』。美しい剣道少女。
天使千春の、最大のライバル——……
大体の物語の主役ってあれですよね、ちょっとそういう素質があると思う。美少女は誰だ編、基改めまして『あのコスプレ美少女たちは誰だ編(予定)』みたいになってまいりました。
よろしければ応援お願いいたします、本日は余裕あったらもう一回更新……するかも!




