01 金持ちキャラと負けヒロイン
「きゃーっ、環様、かっこいい〜!!!」
思えば今まで、違和感を抱かなかった方がおかしかった。
「お金持ちでイケメンで環さま以上の男なんていません!家が東京ドーム五つ分〜!」
「年収百億、流石です〜!」
「環さまぁ、お家の十人乗りベンツに乗せて〜!」
なんで俺はそんなでかい家に住んでて年収百億なんだ?
あと俺って純日本人だよな。なんで窓に映ってる『俺』は金髪碧眼なんだ。謎に群がってくるこの女子の集団はなんだ。
「まーた伊集院が女子集めてるよ……」
「仕方ないよな、金髪イケメン本人も五つの会社の社長だし……株やって貯金もあるらしいし去年同じクラスのやつとか、伊集院の金で全員ハワイ旅行行ったらしいじゃん……1ヶ月ぐらい」
それどこ情報???っていうかその間の授業はどうしたんだ!?俺ら高校生だぞ!?
疑問を抱く間にも俺の口はペラペラと回る。指が金髪をふわっとかきあげる。いつものように。慣れた動きだ。慣れた動きと感じる俺自身が怖い。どれだけナルシストなんだ。
「悪いな子猫ちゃんたち……俺の家のベンツは十人乗りなんだ。俺の膝の上に乗ったら十一人乗れるね、ははは」
「きゃーっ!!お膝に乗せてください〜!!」
会話がクソバカ過ぎる。よく笑わずにこの流れできるな!?
と思った後に俺は完全に思い出した。
あっ、これ俺が前世、ネタでプレイした、ハーレム系バカゲーの世界だわ……
ーーー
俺は改めて思い出す。
中古屋にそのゲームは売られていた……ような記憶がある。
タイトルは『全ての美少女は君のモノ!』、略称すべきみ。
超科学とか魔法とかファンタジーとか、ありとあらゆる要素をフレーバーっぽく突っ込んだ、現代日本設定のバカゲー。
普通の学園生活なのに『異世界から来たっぽい王女』とか『インド風のサリーを着た美女』とか『女子高生型アンドロイド』とか、とにかくクセの強いヒロインが数十人ぐらいいて、平凡なヒーローは彼女らに取りあわれながら学園生活を謳歌。
今の俺、伊集院環は、その中にいる『ご都合主義を強引に現実化する』便利要員の金持ちキャラであった。
金髪碧眼、高い身長、女子にモテモテ、とかありとあらゆる要素を揃えながらも、「悪いな、俺の家のベンツは十人乗りなんだ」とかいうギャグみたいな決め台詞を持つ。
その上、女子の取り巻きにちやほやされて「みんなの環くん」の位置を貫いているせいで、直接的なライバルにもならない。
株とかやってて年収百億とかあるから、平気でハワイのプライベートビーチを貸切にしてクラス全員を強引に参加させる。すると主人公はそこで意中のヒロインの水着姿を見たりいい思いをする。
会社を五つとか持っているのでその中に製薬会社とかもある。金のない主人公が彼の(今は俺だが)家のバイトに応募し、変な薬で変なことになる。素直になったり、ヒロインの本音が聞こえるようになったり。そして主人公は意中のヒロインといい思いをする!!!
あとあれ、好感度教えてくれる要員。
なんか考えてたら腹が立ってきた。
「環さまぁ、どうかしました?お顔怖いです……」
「ああでも、憂いを帯びた表情も素敵ぃ……イケメン……」
持ち上げられまくっているのも『伊集院環』が文句なしのイケメンだからである。金髪碧眼、彫りの深い顔立ち。でも純日本人。マジかよ。嘘だろ。
まあ俺前世はただのバーガーショップ屋の店員だったから今ちょっと……女子に囲まれる緊張で腹痛になりかけてるけど……
「環様、急にお腹を抑えてどうしたの!?」
「盲腸ですか!?」
「死んじゃうの!?」
この世界の女子、いちいちリアクションがでかい。
その時、桜の花の色みたいに淡い声がした。
「あ、あの。伊集院……くん、だいじょうぶ……?わたし、保健委員だから……調子が悪いなら、保健室に一緒に……いく?」
は、っとした。
この声は。
内気そうな、節目がちの大きな潤んだ瞳。マシュマロみたいに柔らかそうな大きなおっ……胸部。きっちり結んだ桜色の三つ編み、長めの前髪。
俺のエンジェル。
推しだったキャラ。
ゲーム本編では人気もいまひとつな、ただのファンディスクヒロイン候補で。結局正規ルートが入った第二弾も開発中止になってしまって。
「天使、千春……」
「……? うん、天使、です」
彼女はおっとりと首を傾けて、眉を下げて微笑んだ。
ご、後光がさしてる……
可愛い。前髪が長くて、瞳が良く見えないけど。でも俺は知ってるんだ、彼女がめちゃくちゃ美少女なのを。超可愛くて健気で、正ヒロインと好きな人……ヒーローが幸せになってから泣き笑って祝福を言えるタイプなことを。
「ちょっとぉ〜、天使さん。環くんが困ってるでしょ?」
「保健室にはあたしたちが連れて行くから」
「え、そ、そう……?ご、ごめんなさい、でしゃばっちゃって、迷惑かけちゃって……」
後光が一瞬で陰った。気弱な天使は泣きそうになった。
俺は慌てた。
慌てた、ら、伊集院環としての言動が真っ先に飛び出した。
「子猫ちゃんたち!この可愛いフローラ(お嬢さん)は俺を気遣って声をかけてくれたんだ。彼女の申し出に従って、保健室で休むことにするよ。一時のサンクチュアリは誰にでも必要だ」
なんて?
「えっ、環さま……あんな地味な子にもやっさしい……」
「環さまの半分は優しさでできてるんですね……」
「もう半分はお金でできてる……」
それ褒められてるの?
あと天使は!天使千春は地味とかじゃないから!あれは前髪切ったらお前らより相当美少女だから!
伊集院環としての言動と、俺自身の心がセルフボケツッコミをする中で、天使千春がそっと俺の袖を引いた。
推しが。俺の袖を。
心臓がばくばくした。めちゃくちゃくらっとした。
いい匂いする……
「あ、あの、伊集院、くん。……じゃあ、一緒にいこっか」
「……金、払わなくていいのか……?」
「えっ?」
推しと、保健室まで一緒に歩く数分間。
直に会話できる数分間に対して金を出さなくていいのか?
「お、お金はいらない……かな?保健室はお金を払わなくても、診てもらえるよ」
勘違いされている。
彼女は眉を下げて、困ったように笑った。その顔もやっぱり一見地味だったが、声がめちゃくちゃ可愛い上に仕草もかわいい。
彼女に促されて、保健室へ歩き出した時、後ろから声が聞こえた。
「伊集院と天使さん、仲いいみたいだね」
「あら、天使さんが気になるの?凡仁くん」
「えっ、いやそんな……!」
振り返る。
教室の片隅に、やつはいた。
黒髪のクール系美女を侍らせて、困ったように笑っている、可愛い系の顔の男。
この世界の『主人公』。ハーレムの中心。
そして、俺の横にいる天使千春は、それを見て少しだけ切なそうな顔をした。
ああ、この世界でも、そうなのか。
俺の推しは、好きな人に選ばれない負けヒロインなのだ。