冒険者のテイマー
「すみません、グリさん。パーティーが見つかりません」
冒険者ギルドの受付嬢のマリさんがそう僕に申し訳なさそうに言った。
「いえ、可能性は低いと思っていたので、気にしないでください」
慌てて僕はそう彼女に告げると受付カウンターを離れる。
「よぉ、テイマー。懲りずにパーティー探しか?」
そんな僕の背後から酔っ払いの男が声をかけてきた。いつものことだ。僕はそれを無視してギルドを出る。そして向かったのは町から西にある海岸だ。海岸に着くと僕は砂浜に流れ着いた流木の上に腰を掛ける。
「はぁ……」
頬杖をついて、寄せては返す白波を見つめる。冒険者登録をしてずっと同じ毎日を過ごしている。漠然と冒険者になって仲間を見つけてそれなりに生活するつもりだった。彼は安定した生活を望んでいるだけであり、大金や名声、地位には興味がない。そもそも冒険者になったもの冒険者たちが仲間と笑いあったり励ましあったりしている姿に憧れがあったからである。座っていた流木を住処にしている亀が空洞から這い出してくる。ここにそれでだけ通っているうちに仲良くなった亀だ。彼か彼女は僕の右肩が大好きでいつも僕の体を這い上ってそこに居る。特に話せる訳ではないけど、なんとなく慰めてくれている気がしていた。
「ねぇ、亀ちゃん。テイマーはね、役立たずなんだってさ。強い魔物と契約出来ればパーティー入れるけど、その為にはその魔物に認めて貰うしかない……。お金持ちは強い冒険者を雇って魔物を弱らせて契約できるけど、僕みたいな貧乏人が契約できるのは仲の良いワンコくらいだからね……」
僕がパーティーを探しても見つからないのはそれが大きい。強くなるには強い魔物と契約をする必要がある。そのためには魔物をテイマーよりも弱くさせなければならない。そのためには魔法も使えないテイマーは大金を払って弱らせてもらわなければならない。貧乏人の冒険者テイマーは底辺に位置する。
なんとなく右肩の亀が愚痴を聞いてくれているような気がしてこうして話しかけている。まぁ、寂しい人間には違いがないが。
そうして夕方までその海岸で過ごした後、僕は自分の家に帰る。
家に帰りつくころには暗くなっているから、蝋燭に火を灯し、お気に入りの本を開く。この草原の国アヴァでは紙は貴重で高価だけれど、唯一両親から贈られたものらしく、孤児院の先生から退所するときに渡された。剥げ掛けた背表紙には『世界の悪人』と書かれている。僕はもう覚えてしまった物語のページを開いて眺める。
この世界はもともとは1つの大きな大陸だった。その大陸のアヴァの国に1人の英雄が生まれる。彼の出生は分かっていないが、突如としてイヴの街に現れたらしい。彼はエルフしか知らない魔力ポーションを作り上げ、独占市場だったポーションを皆が買えるようになり、数多くの冒険者が生まれる切っ掛けになった。
悪魔ハジメと彼の元奴隷であった冷徹のリナリー、彼が育てたとされる教皇ティナと魔術王ヴィオラ、3人の武具を専属で作ったと言われる神匠アーロン、その商才にて彼らを援助した豪商人コウの話は子供でも知っている。
当時の王弟ハワード様が軍を率いてこの大陸からなんとか追い出し、魔王ハジメの部下とされていた者たちはハワード様のその行いに落涙し、その後正義に生き、英雄として今なお讃えられている。
その悪魔は姿を消す前に1つの大陸だったこの地をバラバラにし、1つ1つの島にしてしまった。それが今のラス・シャムラの誕生である。そして当時王弟であったハワード様が王となり、現在に続く王の系譜となっている。脅威が去ったアヴァ国は平和になった・・・そんな御伽噺だ。
今でも子どもが言うことを聞かないときに『魔王ハジメが攫いにくるぞ』と言い脅している。僕も孤児院でそう何度も言われたもんだ。
「あぁ、そうだ。明後日亀ちゃんにも話をしてあげよう……」
そう言って本を閉じて、ベッドに入った。
僕の名前はグリ。成人したばかりのキツネ族。1年前に洗礼で神様から貰った職業は『絆を結ぶ者』。含まれるスキルは絆と入力、出力。絆は仲良くなればなるほど意思疎通が出来るというもので、入力はテイムした魔物に指示を出せ、出力は倒した魔物から素材を取り出すことが出来るモノだった。だから教会は僕の職業をテイマーと判断した。
この国では、いや一般的に冒険者としてのテイマーは役立たずと言われ、距離を置かれる。パーティーに所属しても苦心して戦った魔物をテイムするので、素材や魔石を得ることは出来ないためお金にならないし、各属性1匹しかテイムすることは出来ない。またテイムされた魔物は1レベルから育成しないといけないため、即戦力にはならない。
低ランクのパーティーでは死活問題になるし、高ランクでは自分がついていけない。どうしようもできないのだ。
これが市民としてのテイマーなら犬をテイムした人は失せ者・物探し、猿なら芸をして収入を得られ、蝙蝠なら諜報、ネズミなら内側から扉に穴をあける、などリスクは置いておいてそれなりに稼げる職種となる。蝙蝠とネズミは諜報員として雇われることが多く、決して表には出ることはない。所謂裏稼業である。
グリは昔からの夢であった冒険者になったのだが、やはり冒険者としてのテイマーは最底辺として扱われるようになった。唯一一人の冒険者として扱ってくれるのは受付嬢のマリさんである。彼女はグリよりも2回りほど年上の優しい笑顔を浮かべた女性である。年齢のせいかあまり彼女の受付へと並ぶ者はいないためほぼグリの専属受付嬢と化している。
次の日もグリは冒険者ギルドへ行った。僕の姿を見たマリさんが手で招くので近づく。いつもの指名依頼だろう。
「グリさんにいつもの指名の依頼があります。今から大丈夫ですか?」
とマリさんは笑顔で言う。僕はそれを承諾し、チッタさんの家に向かった。
因みに、冒険者にはランクがあり、Gの見習いから始まる。10個の依頼を成功させればF、初心者になり、その後E、D、C、B、A、Sと上がっていく。ランクアップに必要な依頼の成功数は2倍、4倍と増加し、AからSになるにはAランクの依頼を120回成功させなければならい。そのためにランクSは他国も併せて5人しかいない。
冒険者ギルドへの登録は15歳の洗礼後から可能になり、以後は努力と才能次第と言ったところである。冒険者はよほどの事情がない限り一定期間依頼を受けないとランクが1つづつ落ちていき、最終的にはGから再スタートになるが、依頼を受けなかったからとは言え剥奪にはならない。唯一剥奪されるのは犯罪を犯した場合だけだ。それ以外で冒険者を辞める時は死亡時以外は届け出を出す必要がある。
チッタはグリのお得意様で良く犬の散歩をお願いしてくれる人物で、イブの街で1番人気のレストラン『クーラ食堂 アヴァ支店』の支店長である。すごく優しい人で報酬はご飯1回分と銀貨4枚を支払ってくれる。食事が付いてるから、ここでの収入の銀貨4枚分まるまるを家賃へ回すことができ、駆け出し冒険者のグリにとってかなり美味しい仕事であった。しかもグリが食事に行くと内緒で一品つけてくれるため貧乏な彼からしたら本当に有
難い存在だった。
グリは人通りの多い通りを進んでチッタさんのレストランに急ぐ。大通り以外の道は治安が悪いことが多く、スリや恐喝が多く行われている。要らぬトラブルを避けるためには裏道を避けるのは常識である。このレストラン、豪商人コウのアヴァ支店『HRK雑貨店』の真ん前にあるからどうしても混むのがグリの悩みの種である。
店の門を入り、建物の入り口に入らず右に曲がると庭木が生えているがその脇を抜けて進んでいくと裏口着く。そこにあるドアをノックして開けるとそこに嬉しそうに尻尾を振った犬のパージがちょこんとお座りをして彼を待ってくれていた。
「グラ、パージをいつも通り頼む」
忙しそうに盛り付けをしているチッタさんが振り返って僕に声を掛けてくれる。
「はい。いつもありがとうございます。2時間ほど散歩してきますねー」
そう言ってグラはパージの右前足にリボンを巻いて連れて歩き始める。グラはテイマーであるため鎖なんかは要らないが、こうやって体の一部分に目印をつけておけば散歩中の飼い犬と判断されるため問題は起きにくい。
グラはパージと一緒に裏道を歩いて、街の北西にある孤児院を目指して歩く。孤児院の横には誰でも入れる公園があって、そこで飼い犬や飼い猫などは走り回ることが出来るようになっている。パージは彼の横をちゃんと歩いてくれ、公園に到着したとたん走り出していく。この公園の範囲ならどこに居てもグラには把握できるため安心であるし、公園と言っても広場のような作りでただ広い空間があるだけのため実際に目も届くのである。
そうして2時間ほどパージを遊ばせて、チッタのお店に帰った。グルは完了書にサインと、食事券を貰って次の仕事を探しにもう一度冒険者ギルドへ向かった。
こうして1日に3個ほど依頼を受け、日銭を稼ぐのが冒険者テイマーの日常であった。