見つめる者
「見ーつけたっ」
僕が古びた教会の扉を開けるとそこには目的の修道女が居たから思わず声を出しちゃった。絶対後で妖精たちにちくちく言われちゃうと思う。まぁ、この女性、僕の収集物を持っているだけじゃなくて、心の師匠ハジメさんを苦しめようとする悪い奴だからそれも腹立たしいところなんだけど、僕の実際の師匠から『殺してはいけない』って言われてるんだよね。
「返してもらうね。僕の師匠」
彼女が持っているのは予言者のカード。ほんの少し先の未来を垣間見ることが出来るスキルなんだけど、結局は発動させなければならないから、師匠から言われた通り先制攻撃に出るよ。風の妖精たっつんを見たら頷いたからお願いして、僕は後ろに回ることにした。
「よげ……」
「沈黙」
予言者の構成しようとした魔法スキル予言の発動を沈黙の魔法で邪魔出来た。僕はキツネ族の専用スキル、『ペテン』で姿を消して回り込んで、手に持っていた木の杖で首筋を思いっきり打った。キツネ族って非力だから、それで彼女は気を失ったみたい。首筋に手を当てて、出力したら『水晶玉をのぞき込む魔女のカード』がするすると出てきた。僕はそれを持って、
「よし、予言のスキルだね。じゃぁ、白にっと。授与」
僕の横に居た白虎の白にスキルを習得して貰った。
「主、感謝する……」
相変わらず彼は無口ガイだ。
「いやいや、アタッカー兼シールダーは僕の友人たちの中では白だけだからね。いつもお世話になってます」
僕は白虎の頭を優しく撫でて笑顔で言った。僕の右肩に止まっていた鳥が
「主、急がねば神が来てしまいますよ」
と声を掛けてきた。
「そうだった。早く用事終わらせて、憧れのハジメ様に会わないとー。どうしよう緊張しちゃう。大丈夫?僕の恰好おかしくない?紅」
僕の心の師匠のハジメ様の姿を一目見ることが出来るんだから緊張してしまう。嘘で固められた歴史書じゃない本当のハジメ様に会うんだから、変なことは出来ない。自分の服や髪形を触りながら確認していった。
「主は相変わらずですぞー。実際に面と向かう訳じゃないですぞー。ちょっと木の陰から顔見るくらいですぞー」
空中に大きな体を浮かべて体をくねらせる青龍のたっつんがため息交じりに言葉を掛ける。
「まぁまぁ、それが主やからねぇ。しゃーないわ」
亀が少年のポケットから顔を出して笑う。少年は慌てたように教会の祭壇の裏を蹴り開けて黒い霧が中で蠢き始めたかのような水晶球を取り出す。
「……やっぱり伝承通り……」
白虎がぐるると唸る。少年はその珠を祭壇の上に置く。
「ここならすぐ気づくよね」
「えぇ。大丈夫でしょう。急ぎますよ」
と赤鳥が少年をせかせる。少年が紅の足を持つと同時に教会の扉が開くき、空気が中から外へ向かって流れる。
「蜃気楼」
間髪入れず唱えた紅の魔法は瞬時に少年たちの姿を消した。そしてそこへ壮年の男と老年の男が入ってくる。
「……珍しい。旅人でござるか……」
壮年の男の呟きがグリの耳に聞こえた。
~森上空~
「主がもたもたしてるからですぞー」
紅の足に捕まったグリの横を青龍が併走ならぬ併飛(*1)しながら文句を告げる。
「ごめんごめん。ハジメ様の顔見れるって思ったら緊張しちゃって」
少年が顔を真っ赤にしながら答える。
「主、狩人を見つけました」
紅はそういうと一気に下降を始める。
「主、痺れさせるですぞー」
「麻痺」
少年が眼下に居る少女に魔法を放つと体をびくっとさせてその場に倒れ込むのが見えた。それから十数秒後少女の横に降り立った少年は首からカードを抜き取った。
「はい、たっつん。授与」
「ありがとうですぞー」
カードは青龍の中へと消えていく。その時、黒い魔法が彼らを襲い、着弾と共に黒い霧が周囲に漂う。その瞬間少年の上から声が降ってくる。
「なっ……」
黒い霧の中から男の声が響いた。
「吹き飛べ」
青龍が風魔法を放ち、黒い霧を吹き飛ばすと同時に知らない男もノックバックさせた。
「主、警戒は怠ってはいけない……」
白虎は少年を窘める。どうやら彼が右前足で剣を受け止め青龍が間合いを確保したのだろう。
「……お前ら、何者だ?」
体勢を立て直しながら軽鎧を来た男が言った。
「僕?」
少年が自分を指さしながら言うと、
「……主、言わなくても良いです」
紅が呆れたように窘める。少年が紅に視線を送った時、
「ぐっは」
「ぐえっ」
とカエルの鳴き声のような声を出して軽鎧の男とローブの男が倒れた。
「主、早く!」
白虎が少年を呼ぶ。少年は恥ずかしいのか顔を真っ赤にしてそれぞれの首からカードを抜き取る。
「白、紅、授与」
魔術師のカードは紅に、戦士のカードは白に、それぞれの体に溶けていく。
「集めるものとカラスはもう少し後でだね」
少年がイブの街の方向を見てそう呟いた。
「えぇ。『目覚めの戦』が起きなければならないですから」
~イブの街~
「さてさて、始めますかな」
薄くなった頭に手をやり椅子から立ち上がる。後ろにはためく筈のマントは装飾された宝石の重さの為か風が吹いてもその場に在り続けた。右手に持ったダイアモンドが先端にある杖で真直ぐにイブの街を差す。
「行け、我が集めしモノたちよ。全てを壊せ」
軍隊化した魔物は人工物を壊さんと街を襲い始める。
ゴブリンが街目掛けて走り始め、それを見た冒険者、私兵団も迎え撃つため駆け出す。先頭が戦いにその身を投じようとしたとき、人間の先頭集団の中央で炎の球体が爆ぜた。多くの悲鳴と共に一気に爆風が走っていた冒険者たちを背後から押す。その瞬間、ゴブリンたちから矢の雨が降り注ぎ、多くの者たちが倒れていく。それを見て頭2つ分大きいオークが雄たけびを上げると進軍が始まった。
それからしばらくして、グリはキング種4匹が冒険者と戦いを見ていた。
「そろそろかなぁー」
グリは興奮したように熱を帯びた言葉を発する。
「そうやなー。俺の記憶が正常ならもう来るんとちゃうかな……」
ゼニーがグリのポケットから首を出して呟く。その時西の方角から砂煙をたてながら何かが近づいてくるのに気づいた。そしてグリの隠れている草むらの前を通った直後『どーん』と言う音と共にゴブリンキングが宙を舞っていた。
「あれ?轢いちゃった……。まぁいいか。爆裂火」
そうぼそっと馬の背に乗った人物が言うとゴブリンが描いている放物線の頂点当たりで体は爆炎で包まれ死体すら残らず消えていった。それを確認した青年は魔法馬から降りる。
『……ハジメ様だーーーきゃーーーー』
声を出さず口だけを動かして興奮しているグリを見つめながら4人の精霊は溜息を漏らすのだった。