五話担当:Suzuki
はたと困ってしまった。
私は平美ちゃんの家を知らない。聞いてみようにも、すっかり気分の沈んでしまった平美ちゃんはずっとぼうっとした表情で焦点が定まってない。上から下へ流れ落ちる雨を、ただ二人して聞いているだけ。
どうにかしなきゃ、暖かい所に行かなきゃ。そう思う。
だけど、うちはヤダ。せっかくできた友達なのに、私にだけ甘い両親と合わせたくない。表向きは平美ちゃんを気に入ったようにしながらも、裏では遠ざけようと謀る、そんな人だ。私をいじめてきた人みたいに、転校させられちゃうかもしれない。そんなところに、傷心の平美ちゃんを連れて行きたくなんてなかった。
……なんて、それは違うか。違わないけど建前だ。本当は私が怖いだけ。私の両親のことを知って、平美ちゃんに嫌われてしまう、軽蔑される。そんなことが怖いだけ。友達、なんて言っておきながら、本当のことを話せない。こんな私、どうかしている。
そんな私を見たくなくって、軒先の水たまりを見つめた。
「……雨、やまないですわね」
市立体育館の軒先でさらに強くなってきた雨を見ながらそんなことを言う。事情を話してシャワーを貸してもらったけど、閉館時間になって家に帰りなさいと諭されてしまった。追い出されたも同然、たちまち路頭に迷ってしまった。
初夏とは言え、夜はまだ肌寒い。シャワーでぬくもった体も、またずいぶん冷たくなってしまった。このままなら、私の家に連れていくしかないかも。そんなことを考えたときだった。
「あれ、2人ともこんなところでどうしたの?」
傘に雨が当たる音が私たちの前で止まって。
「その、行けるところがなくて……」
「それじゃあ、うちくる? このままじゃ風邪ひいちゃうよ?」
救いの手を差し伸べるように、寧依さんが現れた。
◇◇◇
「ありがとうございます。泊めていただけるなんて」
「いいっていいって、2人ともあのままにしておけなかったし」
「いろいろ事情があるのよね。しばらくはうちにいていいから、困ったことがあったら私でも寧依でもいいから頼ってくれると嬉しいわ」
寧依さんとそのお母さんが口々に言う。平美ちゃんは相変わらずぼうっとしてるだけだった。話しかけたらうんとかすんとかは言うし、勧められたミルクも飲んでるけど、自動化中って感じだ。だから私がしっかりお礼を言わなきゃ。
濡れた体をお風呂で温めさせてもらった上にホットミルクまで。本当にありがたい。しかも、平美ちゃんだけじゃなくて私も泊めさせてもらえるなんて。おうちには一応メッセージを送っておいた。
「でも、寧依さんどうしてあんなとこに。結構遠いですよね」
「それは、ほら。この醤油、遠くのスーパーでしか売ってないんだよね」
ふと疑問に思ったことを聞くと、寧依さんはそう言って2Lの醤油瓶を軽々と掲げた。しかもちょっと高いやつ。この人行動が一々かっこいい。
「それじゃあママは夕飯作ってるから、客間のほうお願いね」
「あ、私も手伝いますわ」
「それじゃあ、寧依のこと手伝ってくれるかな?」
「わかりました」
平美ちゃんの手を引き、客間へと向かう。泊めてもらうんだし、それくらいは協力しなきゃ。それに、こういうのちょっとワクワクする。お泊り会っぽいし。
寧依さんと一緒に2人分の布団を敷く。押し入れから取り出して、布団を2つ並べる。
「せっかくだし、私も今日はこっちで寝よっかな」
「それも楽しそうですね」
「でも、布団の予備2つしかないんだよね。寝るとしたら、2人の間かな?」
「いいですね、それ」
寧依さんがお茶目に笑う。その笑顔がすごくまぶしくて、嫌なことを吹き飛ばしてくれそうに見えた。
こんな家に生まれてたら、もっと楽しかったかも。そんなことを思っていたら、寧依さんがとんでもないことを言い出した。
「それにしても、犯人誰だろうね? 2人ともわかった?」
……今なんておっしゃったんですの?
「……今なんて!?」
その言葉で平美ちゃんが再起動する。さっきまで死んだ目だったのが、ただなすがままで放心状態だったのが嘘みたいに、怒りに満ちた顔に変わる。あの、私ではないですわよ……?
「だから、スライム逃がした犯人に心当たりあるかって」
「犯人がいるの! 誰!」
「あれ、もしかして2人とも気づいてなかった?」
「絶対、絶対許さない!」
「ちょっと平美ちゃん、おちついてくださいまし!」
寧依さんにつかみかかろうとする平美ちゃんを羽交い絞めにする。そう慌てていては聞くものも聞けませんわ。私もとても気になってますけど、平美ちゃんの様子を見てると一気に冷静になれましたし。
「とりあえず、いったん落ち着こ。ね、ね? それからでも大丈夫だからさ」
「どうどう、どうどう。ハイ深呼吸深呼吸。吸って~、はい吐いて~」
2人して平美ちゃんを宥める。寧依さんがすごく優しいお姉さんみたいに見えた。こんな姉がいたら、私ももっと、なんて。
「どう、落ち着いた?」
「すいません、ありがとうございます」
そんなことを考えて卑屈になっているうちに、平美ちゃんも落ち着きを取り戻したみたいだ。息は荒いけど、取り乱すことなく寧依さんの瞳を見据えている。
「それで、犯人がいるってどういうことですの?」
「そうだね。それじゃあそもそもの話だけど、スライム――くぁせふじこちゃんだっけ? が、自発的に飼育小屋を出ていくと思う?」
「自発的……?」
「自分からって意味ね。それで、自分からドアを開けて出て行って、それで遠く離れた車道まで出て車にはねられたと思う?」
「それは……」
2人して言葉に詰まる。そして顔を見合わせた。
確かに、変だ。それに、飼育小屋には鍵だってかかってたはず。くぁせふじこの鈍足の足なら、車道に出るまでに誰かに見つかっていてもおかしくない。
「それから、極めつけがこれ。飼育小屋の鍵だったんだけど近くに落ちてたの」
「割れてる……」
平美ちゃんが言う通り、寧依さんが差し出した南京錠には刃物で切断された跡があった。
「たぶんだけど、犯人はスライムを盗もうと思ってニッパーを使って南京錠を切った。ということは、犯人は鍵を手に入れられない人間。そして、首尾よく盗み出したのはいいけれど、道路に出たところでアクシデントが起こってしまった。たぶん、スライムが逃げ出そうとしたんだと思う。そこで、車にひかれてしまった」
「辻褄は合いますわね」
寧依さんが自分の推理を披露する。
「でも、どうして盗んだって思うんですの? その……、くぁせふじこをもとから倒すつもりだったとか」
「スライムは道路で見つかった。つまりそこまで運ばれたってこと。だから盗もうとしたんだって推理したの」
「なるほど」
一理ある。頭の中でその映像がありありと浮かんだ。その中では犯人は顔色の悪い男だった。
と、そこで黙り込んでいた平美ちゃんが口を開いた。
「犯人、大人かも」
「え?」
「くぁせふじこは植え込みの向こう側にいた。犯人、車で運ぼうとしたんじゃないかな。車を運転できるのは大人だけ」
「それは、盲点だったね」
そう言って、寧依さんが考え込む。どうでもいいことだけれど、寧依さんってどんな仕草をしても絵になる。
「ということは、犯人は大人で、スライムが飼育されてるのを知っていて、なおかつ鍵を手に入れられない人物。そんなの、あの人しか……」
「誰ですの?」
そう言うと、寧依さんは慌てたように顔を向けて、作り笑いをして笑った。ごまかすみたいに。
「あはは、ごめんごめん。まだちょっと絞り切れないかな? ささ、ご飯できたってさ。ママのごはんおいしいんだよ」
「でも、気になります」
「とは言っても、条件に当てはまる人が見つかったって程度で確証がないし。それに、平美ちゃん一人で突撃しかねないでしょ? 健にも話しておきたいし、明日学校でみんな揃った時でいいかな」
「でも……」
「ほら、冷めちゃう前に食べよ食べよ」
何かを言う前に、寧依さんに押されて客間を出た。リビングではもう寧依さんのお母さんがお皿を並べてた。
まあ、いいか。平美ちゃんはちょっと不安そうだけど、寧依さんがそう判断したってことは犯人が身をくらますこともたぶんないだろうし。そう思って、平美ちゃんに声をかけた。
◇◇◇
だけど、それはその翌日に急変することになる。
「なあ、2人とも寧依見なかったか?」
「寧依さん? 私たちが起きたときにはもう学校に行ったみたいですけど」
「それが、どこにもいないんだ。教室にも来てない」
「……嘘!?」
寧依さんの失踪という形で。