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私にとっての今日初めての食事を終え、満たされた腹を撫でる。しかしながら、異世界でこのまま根巻きでいるのは好ましくない。しかもここは王族の住まうおそらく城だ。
「あの、カイさん。」
「はい。」
「あの、先程も話したように、私は今寝間着です。気付かれなかったと言えども、ここは王族の城、あまりにも無礼ですので着替えたいのですが。」
「では、こちらで用意させます。」
「できればなれた服を着たいのです。一度部屋に戻らせていただけませんか?」
「それは…」
突然言いよどむカイさん。に、何となく察する。
「もしかして、私の部屋を調べている最中ですか?」
「まことに勝手ながら、《箱》は当国の魔術師たちがしております。」
ですよねー。と、半笑いで答える。おそらく本だけではなくて衣類も家具も調べられていることだろう。勝手に調べられていることも、下着も見られたとなるととてつもなく不快だが、彼らにとっては重要なことなのだ。反抗しても無意味なことは明々白々。諦めて衣服を用意してもらうことにした。
「仕方ないので、お洋服を貸してください。可能な限り、一般的な民が着る服をお願いします。」
「た、民の服をですか?」
「はい。お願いします。」
幾ばくかの動揺の後、カイさんは握った左手にぼそぼそと話しかける。よく見ると指輪がしてある。
「その指輪は?何か魔法の品ですか?」
無線のようなものだろうか。と、あたりをつけて尋ねると、はい。と、答え、左手を差し出してくる。中指にはめられた指輪は銀色で、文様のようなものが掘られている。
「これに魔力を流して話したい相手を思い浮かべることで、その対象と会話ができます。」
「どこにいても、誰とでも話せるんですか?」
「発動する術者次第にはなりますが、相手が同じ魔道具を所持し、お互いに認識があれば可能です。」
「多少の距離の制限はある、と。複数人との会話は?」
「可能です。が、相応に魔力を消費するのであまり使われません。」
成程、携帯電話のようなものは存在するのか。と、なると。
「これは普通の民でも持っているものですか?」
「いえ、これは魔道装具とよばれる道具で相応に高価であることと、何よりこれに魔力を流す技術は初等魔術ではほぼ不可能です。」
好奇心の質問は、新しい言葉や何やら学習制度のような話にまで飛び火を始めてしまい、だんだん頭が追い付かなくなってくる。
『どうした、古き新しき知恵を持つ者よ。先程の飯並みに酷い顔だ。』
と、楽し気に声を掛けて来る妖精。そういえば、妖精とは本来、人間に悪戯をして愉しむ習性があるとか、神話とかの本で読んだことがある。
『おおまかには誤りではないな。』
そう言われて、はたと、私はある事に気が付いた。
「もしかして、妖精さんは私の思考を読み取ることができるのですか?」
ふわふわと漂っていた妖精が顔の前に来ると、屈託のない笑みをうかべて、またふわりと少し離れる。そういうことだと、確信を得た。何と言う事だ、私にはプライバシーと言うものがないようだ。