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長めです
バタリ。と、背後で扉が占められる。扉を閉めたのは黒髪の騎士風の青年で、そのままそこに起立する。初めの部屋に比べると幾分か暗く狭い部屋に、貴族風の青年と高齢の魔術師のような人、先程の騎士風の青年に妖精と私。限られた人数に、ここでの話は機密情報に当たることが伺える。
「お掛けください。」
朗らかに微笑みながら促され、何となく入り口付近の席に座る。…後ろに剣を差した人間がいるのに、背筋がぞわぞわする。
「遅くなりました。私はアインホルン国が第一皇子、エックハルト・フォン・アインホルン。あなたの前に座るのは」
「魔道術局局長ヘリベルト・ギー・ノルトハイム。賢者様の召喚の術式を展開した魔術師でございます。」
しわがれた声に、黒の羽織をすっぽりと被って顔は見えないが、枯れ木のような首筋にはたるんだ皮膚のしわがあり、高齢であることが伺える。
「そしてあなたの後ろの者は私を守護する近衛兵隊長のカイ・ヘルモントだ。」
そこまで言うと、エックハルト皇子は私に向き直る
「ご紹介ありがとうございます。私は竹中、えっと、薫・竹中です。名前が薫、竹中がファミリーネーム。」
「カオル、様ですね。やはり異世界からの賢者様、こちらでは聞かぬ響きだ。」
そう微笑んだエックハルト皇子は柔和な雰囲気はそのままに顔の前で指を組んで肘をついた。その目は済んだ青色で、青空のように澄んでいるが、こちらが何者かを見定める目をしている。
「カオル様、あなたはこのアインホルンを救う賢者として、魔法のないあなたの世界から私たちの世界に呼び出されました。」
「どうして私なのですか。」
間髪入れずに返すと、わずかにエックハルト皇子は目を伏せる。
「我が国アインホルンは魔鉄、魔力を持つ鉄鉱石の産地として栄えてきました。ですが、内陸にあり、険しい山に囲われた我が国は、隣国を通じてでしか他国に輸出する術がありませんでした。昔は、それで問題はありませんでした。隣国に魔術や魔鉄に関する技術を商品として売り、隣国はそれらを売ることで成り立っていました。しかし、今から20年ほど前、隣国は関税を引き上げし、我が国の技術の独占を要求してきました。もちろん、そのような要求を呑むことができるはずもなく、何度も隣国と協議を重ねました。しかしその甲斐もなく、15年前に一方的に攻め込まれました。戦争は10年も続けられ、我が国は優秀な魔術師団や民たちの働きにより、辛くも勝利を収めることができました。輸出のための港を手に入れるなど、国土を増やすことができた半面、民も、技術も、数えきれないほどの多くのものを失いました。」
そこでエックハルト皇子は一息置く。話すうちに閉ざされた目には、過去の光景が浮かんでいるのだろう。
「隣国の民たちは、魔力が弱く、その扱いに長けた者も居りませんでした。また、先の戦争で多くの魔術師を失った我が国でそれを補うことは困難を極めました。今までの魔術に頼り切った産業ではなく、魔術や魔力に頼らない技術の革新。しかし、今まで魔術や魔鉄に頼っていた私たちにはどうすればよいのか、皆目見当が付きませんでした。」
「そこで、賢者に縋ろうとして、私がなぜか呼び出された。」
背がピリリとする。しかし、自分に降りかかった理不尽を理解するためには発言をして確認するしかない。
「そうです。」
私の言葉にヘリベルト局長が答える。
「アインホルンの民は多くが魔力を持ち、それを扱う術を有していました。しかし、先の戦争は酷かったのです、兵が駐留しないような小さな集落を襲い、多くの民は…また、隣国の者たちは魔力が著しく少なく、その扱いを心得ている者はほんのわずかなものです。時を掛ければ、また昔のアインホルンに戻れると思いました、しかし、そうではありませんでした。私たちは魔力を持つ者たちへの教育や支援を怠るようなことはしませんでした、が、隣国の民たちには私たちの何の力も渡すことができませんでした。」
ヘリベルト局長はテーブルの上に置いたこぶしを強く握る。
「そこで私たちは思い付いたのです。私たちには魔術があるから、持たざる者たちの術が分からない!分かりようがないのです!ですから、賢者様のような魔法自体が存在しない世界の知恵を、私たちにもたらして欲しいのです!!」
身を乗り出すヘリベルト局長の羽織が頭から落ちる。見えた表情は目を見開き、必死そのものだった。大体の事情は今までの話で理解はできた。つまりは扱いきれない民の扱い方を教えてくれと言う事だ。しかし、私の問題はそれではない。
「そちらの事情は分かりました。が、私からもよろしいでしょうか。」
「なんでしょうか?」
エックハルト皇子が促す。正直、この場でその言葉を言ってよいのか、本当ならもっとふさわしい場があるのかもしれないが、一番の私の不安をぶつけた。