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女神と服

 慎とディアーナは冒険者協会の扉の前で立ち尽くしていた。


「はぁ……とりあえず宿に行こうぜ」


「……そうね。こうしててもしょうがないし」


 冒険者協会でひとしきり騒ぎ、静かに怒りの炎に燃えるエニスにつまみ出されたあと、二人は今日の宿を目指した。


 手には冒険者協会で支給された、この街を中心に周辺が描かれた地図が広げられている。二人は地図とにらめっこをしながら目的地を目指すが、どうにも居心地の悪さを感じていた。


「……なあ」


「……なによ?」


「俺ら、すごく目立ってないか?」


「目立ってるわね」


 そう、先ほどからすれ違う人々の視線を嫌と言うほど感じていたのだ。自分たちがこれほどまでに注目を集めることに、慎は一つ心当たりがあった。


「やっぱりこの格好か……」


 それは慎とディアーナの格好にあった。この街の人間は金属製や革の鎧、麻の服やローブ、マントなどを身につけている。対する慎は厚手の生地で出来たつなぎ、ディアーナはきらびやかな薄手のドレス。二人はどうあっても街の雰囲気から浮いてしまっていた。


「なんとか、服を手に入れなきゃいけないな。悪目立ちしても良い事なさそうだしな」


「服って……お金どうすんのよ? これ以上の借金なんてごめんよ?」


 ディアーナの言う事ももっともである。協会証を手に入れるのですら借金せざるを得なかったのだ、これ以上の借金をすれば首が回らなくなることなど明白だった。だが、慎には一つの考えがあった。


「お前、さっき言ってたじゃん」


「どういうことよ?」


「これを売るんだよ」


 そう言って慎は自分の服の胸のあたりを摘む。冒険者協会に入る前にディアーナが言っていたことを実行しようと考えたのだ。


「見たところ、この世界の服は俺がいた世界よりつくりが悪そうなんだよな。だから、デザインはともかくとしてこの質なら、ある程度の金にはなるんじゃないかと思ってな」


「いいの?」


「別にいいさ。会社の制服なだけで、強い思い入れがあるわけじゃないからな」


 元の世界との唯一のつながりを失ってしまうと思うと寂しさが無いわけではない。だが、自分の感情よりも、今は優先すべきことがあると自分を納得させて、慎は地図を見ながら呉服店を目指し歩き出した。


 ディアーナはその後ろ姿をしばらく見つめた後、無言で慎に駆け寄り数歩後ろをついていくのだった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 

 硝子張りの扉が開くのと同時に、取り付けられた呼び鈴がけたたましく鳴り響く。慎とディアーナは地図を頼りに街の一角にある呉服店を訪れていた。


「いらっしゃいませ~!」


 呼び鈴に気づき、雑多に服や生地が積まれた店の奥から出てきたのは、布地を手に掛けた若い女店員だった。店員は一瞬、二人に物珍しそうな視線を送るとすぐに口を開く。


「本日はどういった品をお探しでしょうか?」


「冒険者用の服をいくつか見繕って貰いたいのと、あとこの服を買い取って貰いたいんですけど出来ますか?」


 買い取って貰いたいという慎の言葉に、店員の目の色が変わった。


「! 少々お待ちください!」


 店員はそう言い残すとぱたぱたと店の奥へ駆けて行き、一人の男を連れてきた。


「ようこそいらっしゃいました。当呉服店の主をしておりますウェックス・フォードと申します。以後お見知りおきを」


 ウェックスと名乗る男は慇懃にお辞儀をする。でっぷりと突き出た腹がつかえて少し苦しそうだ。


「当店での購入と買取をご希望とか?」


 頭を上げるたウェックスは掛けていた丸眼鏡をくいっと指で持ち上げ、値踏みするような視線を慎とディアーナへと送る。ディアーナはその視線から逃れるように慎の後ろに隠れ、慎は若干の胡散臭さを感じながらも、その視線を受け止めながら答える。


「冒険者用の服をいくつか。あとこの服の買取をお願いしたいのですが」


「なるほどなるほど。分かりました。まずは冒険者用のものですが、ご予算はどの程度でしょう?」


「それが、持ち合わせが無くて……この服の買い取り金額で賄える範囲でお願いできますか?」


「それは大変でございますね。でしたら服を買って着替えて頂いてから買取の話に移りましょうか。裸で服を選ぶわけにもいきませんでしょうからね」


 慎とディアーナを慮る言葉を掛けるウェックス。しかし、持ち合わせがないと言う言葉を聞いた一瞬、ウェックスが丸眼鏡の奥で怪しく瞳を光らせていることに慎は気づかなかった。

 

 それからのウェックスの行動は早く、店員と共に店に並ぶ商品から下着やらズボンやらコートやらを選び終えると慎とディアーナに手渡し、試着室へと案内した。


「着替えが終わりましたらお声がけください」


 店員はそう言うと試着室のカーテンを閉め、店番に戻っていった。


「これはなかなか……悪くないな」


 そろえて貰った服に着替終えると、慎は身体を見回す。肌着などはややごわごわした着心地だが、上着やコートはしっかりとした生地で出来ており、ちょっとやそっとのことでは破れたりはしないような強度持ち合わせている上に思った以上に動きやすい造りをしていた。


 黒い上着の首元には動物の毛皮があしらわれており風に揺れると少しくすぐったい気もするが、保温性は高いようだ。


「ちょっと中二くさいけど、まぁいいか!」

 

 揃えられた服に満足した慎は脱いだつなぎを手に取り畳もうとする。だがそこで、


「このつなぎともこれでおさらばか……」


 ふとそんなことを思わず口から零してしまう。どうやら、元の世界とのつながりを失ってしまうことが思ったより寂しいのだと、今更ながらに実感してしまったようだ。


 慎はふっ、と自嘲的な笑みを漏らすと、


「あっちで死んで、この世界に来たんだ。ならこっちでの生活を楽しまないとな」


 そう言って自分を納得させるのだった。そうしてつなぎを手早く畳み終えると、試着室からでるためカーテンを開ける。すると、隣の試着室のカーテンも同時に開き、中から着替えの終わったディアーナが出てきた。


「なんだ、ディアーナも着替えおわ……」


 ディアーナに目を奪われる慎。ふわりと銀髪が流れ、身に纏う赤色のコートに映える。ディアーナの白い肌と対照的な、黒いインナーとホットパンツが素晴らしいコントラストを演出している。


「なんか、無駄にぴったりなのが怖いわね……あら、慎も終わったのね」


 隣に慎がいることに気づき、ディアーナは声を掛ける。しかし、慎はぼーっとしており、返事ができなかった。


「どうしたのよ?」


「へっ!? あ、あぁ、いやなんでも……」


「ふぅーん……!」


 慎は我に帰ると顔をそらし、そっけなく答える。それを見たディアーナは、最初は訝しげに首をひねるだけだったが、何かに気づくと上目遣いで慎を見上げながらにやりと笑う。


「……あんた、私に見蕩れてたでしょ?」


「なっ、そんなわけあるかよ!?」


「ホントにぃ?」


「当たり前だろ! 馬子にも衣装だなって思ってただけだ!」


 慎は頬を僅かに染めながらそっぽを向いて答える。これでは見蕩れてましたと自白しているのとなんら変わりが無い。ディアーナはそんな慎をみて満足げに鼻を鳴らすと、


「ま、そういうことにしといたげる」


 そう言いながら、勝ち誇ったように笑い胸を張るのだった。

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