イタい称号
慎とディアーナは何をするでもなく椅子に腰掛けて協会証が出来上がるのを待っていた。
すると、聞きなれた声が二人の耳に入ってくる。
「シン様、ディアーナ様、お待たせしました」
声のした方を見ると、エニスがカウンター越しに二人を呼んでいた。エニスの元へと向かう二人。再びカウンター越しにエニスと対峙する。
「お待たせいたしました。こちらがシン様の協会証となります」
エニスの手の中にはドッグタグの形をした金属性のプレートが収まっていた。協会証は慎の名前と冒険者協会の紋章が刻まれたシンプルなデザインだった。
「これが、協会証……」
慎はまじまじと自分の協会証を見つめる。これでやっと身分証明が手に入ったと思うと感慨深いものがあった。その隣ではディアーナが協会証を渡されているのだが、
「こちら、がディアーナ様の、協会証、です……ふふ」
協会証を渡すエニスの肩が不自然に振るえ、僅かな笑い声も漏れていた。
「なによ?」
いったい何が面白いのかといったような表情でディアーナが首を傾げる。エニスはこほんと一つ咳払いをして、居住まいを正す。
「失礼いたしました。これで協会証の再発行手続きは終了となります」
「ありがとうございます、エニスさん。ダンキンさんも、何から何までありがとうございました」
協会証が手に入り、安堵の息をもらす慎。世話になった二人に頭を下げる。それを見たダンキンも、
「気にするなシン。よかったな。返済が大変だろうが頑張れよ。それじゃ、俺は門番の仕事に戻るとするか。エニスさん、あとはお願いします」
と二人に激励の言葉を掛けて冒険者協会を後にするのだった。
「それでは、シン様、ディアーナ様。協会証と冒険者協会について説明させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
ダンキンが協会から出て行いくのを見送ったあと、エニスがおもむろに口を開いた。
「はい、お願いします」
「承りました。それでは、シン様、ディアーナ様、協会証を手に持って『ステータスオープン』とおっしゃっていただけますか?」
「! えっと……ステータスオープン!」
もしや、と思い慎は『ステータスオープン』と口にする。すると、手に持った協会証から半透明の液晶画面のようなものが浮かび上がる。隣ではディアーナの手元にも同じように画面が表示されている。そこには以下のように表示されていた。
名前;シン・イチジョウ
レベル:1
年齢:18
種族:人間
ジョブ:冒険者
冒険者クラス:F
アーツ:-
補正スキル:-
スキル適性:騎乗
称号;女神を名乗るイタい女の保護者
名前:ディアーナ・イチジョウ
レベル:1
年齢;18
種族:人間
ジョブ:冒険者
冒険者クラス:F
アーツ:-
補正スキル:-
スキル適性:光魔法、闇魔法、治癒魔法、自然魔法、弓術
称号:女神を名乗るイタい女
「ぶふっ! くくくっ! あーっはっはっは!」
ディアーナのステータスを見て、慎は思わず吹いてしまった。苗字にも突っ込みどころはあるのだが、それよりも何よりも目を引く項目があったからだ。ステータス確認と言えば異世界転生の醍醐味だと、つい数秒前までは期待に胸膨らませていたのだが、ディアーナの称号が眼に入った瞬間そんなものはどこかに吹き飛んでしまった。
「女神を名乗るイタい女って!」
「ちょっと! どうなってんのよ、この協会証壊れてんじゃないの!?」
ディアーナは表示された称号を見て納得がいかないのか、エニスに食ってかかる。
「今ほどお作りしたばかりの新品ですのでそれはないかと……ふふふっ」
そこまで言ってエニスは顔を逸らし、口元を手で覆い肩を震わせる。先ほど、エニスがなにやら笑いを堪えていたのはディアーナの称号が理由だったらしい。慎の称号も相当なものだが、これはディアーナの称号に影響を受けたものだろう。同情の余地はあるが、ディアーナの称号に関しては救いようがなかった。
「そんな、女神なのに……私、女神なのにぃぃぃぃ!」
ディアーナの悲痛な叫びが虚しく虚空に消えた。うなだれるディアーナを尻目にエニスは話を進める。
「気を取り直しまして……今、お二人の手元に表示されていますのがステータスプレートになります」
「ステータスプレート?」
「はい。今現在のお二人の状況や特性を表示したものになります。冒険者としては強さを表すものだと思っていただければ分かりやすいかと存じます」
「なるほど」
慎は目の前のステータスプレートをまじまじと見つめる。職業やらスキルやらレベルやら、胸躍るような単語がずらりと並んでいる。
「上から説明しますと、レベルは総合的な強さやその職の熟練度ですね。冒険者の場合は魔物などを討伐すると上昇します。年齢、種族はそのままなので割愛します。ジョブは職業ですね。当協会での再発行ですので必然的に冒険者となります。商人協会では商人に、鍛冶協会では鍛冶師といったように各協会ごとのジョブで登録されます」
エニスはすらすらとよどみなく説明していく。ベテラン協会職員にとって協会証の説明など朝飯前のようだ。
「冒険者クラスは、冒険者としての実績を鑑みて与えられるものになります。SからFまでの七つに分けられます。このクラスによって受けられる依頼が決まるのですが、この辺りの説明は後ほどにしましょう」
冒険者協会についての説明のときにまとめて行うつもりなのだろう。エニスは話を先に進める。
「アーツは習得している技能や魔法です。補正スキルは剣術や馬術など様々なものが当てはまりますが、体得した技術だとでも思ってください。お二方とも現在はなにも習得されていない状況ですね」
「レベル1ですもんね……スキル適性というのは?」
アーツや補正スキルについては慎も理解できた。だが、次の項目のスキル適性というのがいまいち理解に苦しむ項目だった。アーツや補正スキルはそのまま覚えた技能をあらわすようだが、適性というのはなんなのか。る向き不向きがあるのだろうかと慎は頭を悩ませる。
「スキル適性とは、読んで字の如くスキルやアーツに対する適性ですね。適性があると習得が早くなったり、効果が高くなったりします。例えば火焔魔法適性がある人が、行使する火焔魔法は通常より威力が高くなったり、と言った具合でしょうか」
「なるほど、効果の上昇と習得スピードに補正がかかると」
「その通りです。シン様は騎乗適性をお持ちなので、乗馬や馬車の操作はもちろん、ゆくゆくは騎竜なんかでも効果が発揮されるかもしれませんね」
「騎竜!」
騎竜。なんとも胸が沸き立つ言葉だった。竜に乗って颯爽と戦う自身の姿を想像し、つい頬が緩む慎であったが、隣に立つディアーナがその雰囲気に水を差す。
「あんたが騎竜ぅ? 似合わないにもほどがあんでしょ」
「うるせぇ。馬鹿女神」
「また馬鹿って言ったわね!?」
「まぁまぁ、お二人とも、それくらいにしてください」
喧嘩を始めそうになった二人を見かねてエニスが宥め、話を逸らす。
「それにしてもディアーナ様は適性を五つもお持ちなんてすごいですね。私、五つなんて協会職員になって始めてですよ。多くてもつい先日お会いした四つ持ちの方が最多です」
四つという数に何かひっかかりを覚える慎であったが、隣のディアーナが無駄に騒ぎ立てるせいで、そんなことは頭からすぐにすっぽ抜けてしまった。
「ふふん! 私ってば流石よね! どっかの適性一つの男とはわけが違うのよ!」
馬鹿呼ばわりの意趣返しとばかりに慎を煽るディアーナ。適性の数では敵わないのは明白であるため、慎は話を逸らすことにする。そう、最後の項目である『称号』へと。
「ないよりいいだろうが。それよりなんだよその称号! 痛々しすぎて目も当てられねぇよ! くくっ」
「むーーーっ! 私は女神を名乗ってるんじゃなくて、女神なのよ! あんた知ってんでしょうが!」
「えぇ? どうだったかなぁ? 俺、『女神を名乗るイタい女の保護者』だから、女神に知り合い居なかった気がするなぁ」
「こ・の・男・は!」
「はいはい、それくらいにしてください。夫婦喧嘩は犬も食べませんよ」
放っておけば喧嘩を始めようとする二人に、ついにエニスですら仲裁が雑になってきていた。二人は二人で聞き捨てならない言葉を聞いて過剰に反応する。
「誰がこいつと夫婦ですか!」
「なんでこんな男と夫婦なのよ!」
二人の声が被り、二人でエニスに詰め寄る。正に息ぴったりであった。エニスは二人に聞こえないように「そういうとことろがですよ」と漏らし、再度息を整えて、最後の項目の説明に入る。
「失礼しました。最後の項目である称号ですが、これは魂に刻まれたその人を定義するものになります。例えば、勇気ある行いを取りつづけ、多くの人を救えば『勇者』とかですね。まぁ勇者は並大抵の努力で得られる称号ではありませんけれど」
「ん? ていうことは俺もこいつも魂に刻まれた俺たち自身を定義するものっていうのが?」
魂に刻まれたその人を定義するもの、それが称号。ならば今の称号が慎とディアーナの存在を端的に表している。
「女神を名乗るイタい女と、その保護者ということですね」
エニスはさらりと告げた。ディアーナの称号はまだ自業自得な面もあるものの、それにひっぱられて己の存在が定義されていることに、煮え切らない何かを感じた慎であった。




