冒険者協会
冒険者協会の扉を両手で押し開く。木が軋む音と錆びた蝶番が擦れる甲高い音が響き渡る。協会の中を見た慎は息を呑んだ。
雑多に置かれた丸テーブルとそれを囲むように配置された丸椅子。奥には様々な手続きを行うであろうカウンターと職員達。そして、多くの冒険者達。重そうなフルプレートタイプの鎧を身につけた者や、長剣を二本腰から下げた者、ローブを身に纏い水晶がはめ込まれたロッドを持った者など、まさに思い描く冒険者象を現実に引っ張り出してきたかのような光景が慎の目の前に広がっていた。
「これが……冒険者協会……!」
今まで多くの創作物で触れてきた、描かれてきた冒険者の世界に目を奪われる慎。そんな慎を、ダンキンは微笑みながら見る。
「見惚れるのはいいが、目的を忘れるなよ? こっちだぞ」
そう言ってダンキンはずんずんと歩き出し、丸テーブルの間を縫ってカウンターを目指す。途中、椅子に座る冒険者達が視線を三人に浴びせてくるが、兵士の格好をした人間に絡むような愚かな行動を取る輩はいなかった。
三人がカウンターの前に辿り着くと、一人の女性が三人に気づいたのか奥から歩いてきた。
「あら? おはようございますダンキンさん 今日はどうされましたか?」
受付嬢は三人の中にダンキンの姿を見つけると破顔する。どうやらダンキンと知り合いのようだ。
「ああ、エニスさん。今日はこの二人に協会証の再発行をお願いしたくて」
「協会証の再発行、ですか」
そこまで言ってエニスと呼ばれた協会職員は慎とディアーナをまじまじと見つめる。新顔な上に、二人の格好が珍しいのだろう。慎はこの街ではほとんど見かけることの無い黒髪につなぎ、ディアーナは銀髪に豪奢なドレス。エニスでなくても目を引く出で立ちだった。エニスの視線にどことなく居心地の悪さを感じる慎。
「エニスさん?」
急に黙り込んだエニスを心配したダンキンの声に、ハッと我に帰るエニス。
「ああ、いえ、失礼しました。初対面の方に不躾な視線を向けてしまいました。申し訳ありません。こほん」
謝罪と共に咳払いを一つ。そしてエニスは満面の笑みを浮かべ、
「ようこそ、冒険者協会へ! 本日担当させていただきますエニス・キルケギアと申します。よろしくお願いいたします」
そう挨拶すると、恭しくお辞儀をした。束ねられた栗色の髪がふわりと垂れ下がる。上品な所作だ。
「い、いえ、こちらこそよろしくお願いします。シン・イチジョウです」
「ふん。女神ディアーナよ。敬いなさい、人の子よ!」
慎はどぎまぎしながら、やや上ずった声で返し、ディアーナは相変わらず自身を女神だとのたまう。女神であることに間違いはないのだが、昨夜の出来事をもう忘れたのかと頭を抱えたくなる慎であった。
「シン様とディアーナ様ですね。それでは協会証の再発行手続きを行いたいと思います」
だがそこは百戦錬磨の協会職員エニス、頭の残念な人間など星の数ほど対応してきたのだろう、ディアーナの発言を華麗に無視するのだった。
「まずは再発行するにあたって、再発行手数料が協会証一枚につき30000ウェルズとなりますがよろしいでしょうか?」
協会証一枚につき30000ウェルズ。慎とディアーナの分で60000ウェルズ。慎には通貨の単位であるウェルズの価値がわからない。60000ウェルズというのが正直どの程度の値段なのか理解できないが、再発行する人間がたまにいるという話もあるくらいだ、べらぼうに高い金額というわけでもないだろうと踏む。
いきなり60000ウェルズの借金を抱えなくてはならないが、ここで協会証を手に入れなければ今後の行動に制限が出てしまうだろう。慎は断腸の思いで決断する。
「すいません、俺たち無一文で……協会で借りることも出来るって聞いたんですけど……」
「可能ですよ。こちらが再発行手数料貸し付け用の用紙になります。こちらに連名でご記入をお願いいたします。よく読まれた上でご署名ください。ご署名された時点で文書内容に承諾されたものとみなされますのでご注意ください。終わりましたらお声がけください」
協会から借り入れをする人間など日常茶飯事なのだろう、エニスは特段不審に思うこともなく二枚の紙を取り出し慎に渡し、別の業務へと移る。
紙を受け取り、内容に目を通す慎。恐らく契約書とその注意事項の類だろう、
冒険者協会(以下、「甲」という。)と________(以下、「乙」という。)とは、次のとおり、ゲッシュを締結した。
甲は乙に対して、60000ウェルズを、以下の条件で貸し渡した。
一、返済期限は一年以内とする。
二、返済方法は分割、一括どちらでもかまわない。
三、貸与手数料は借り入れ金額の5%とする。
四、ゲッシュを破棄するような行為(返済遅延)があれば、甲が定めたエリック(別紙参照)をもって償わなければならない。
といった様々な注意事項が書かれていた。慎は頭をひねる。概ね書いてあることは理解できるのだが、いくつかわからない単語があったからだ。
「ゲッシュ? エリック?」
「魔術的な契約のことね」
慎の呟きに対し、意外な人物から答えが返ってきた。声のした方へ顔をむけるとすぐ横にディアーナの顔があり、慎はどきっとしてしまう。慎の手にある紙を覗き込んで言葉の意味を説明したのはディアーナだった。
「ディアーナ、わかるのか?」
「あたしを誰だと思ってんのよ? ゲッシュもエリックも神代に作られた魔術契約なんだから、女神のあたしが知らないわけないでしょ。ゲッシュは契約とか誓約みたいなもんね。魂に刻まれる魔術契約だから、破ったらエリックを果たさなければいけなくなるわ。この紙、一見普通の紙みたいだけど、魔術が施されてるわ」
ディアーナは目を細めて慎を睨みながら、すらすらと解説していく。今までの振る舞いがあまりに人間くさすぎて忘れていたが、これでも女神なんだなと感心する慎であった。
「エリックは罰とか賠償とかそんな感じよ。ゲッシュを破ったときに課せられるものよ。大抵はゲッシュの重さによってエリックが決まるわ。この感じなら破っても金額分の強制労働とかそんなもんじゃないの?」
「なるほどな」
説明を聞いて納得した慎は紙に署名し、ディアーナにも羽ペンを渡す。セカンドネームを書く際にやや悩んでいたようだが、何かを思いついたようにディアーナはペンを走らせた。
署名が終わると同時に、二人の身体からわずかに何かが抜け出ていく感覚がした。おそらくゲッシュが結ばれたのだろう。これがゲッシュかなどど暢気に感心する慎であった。
しかし、二人はこのとき一つのミスを犯していた。エリック内容をよく読まなかったのだ。ディアーナの説明を鵜呑みにし、慎はさっとしか目を通さずにゲッシュを結んでしまい、ディアーナはディアーナで深く考えるのが面倒くさくなりゲッシュを結んでしまった。ここでの不注意を、二人は後悔することとなる。
「エニスさん、終わりました」
「確認させていただきます……承りました。ゲッシュ成立となります。それでは、このまま再発行手続きもしてしまいましょう。少々お待ちください」
そう言ってエニスは奥の部屋に行くと、両手で抱えるほどの大きな水晶を持って現れた。
「これは? 鑑定水晶……?」
「おっしゃるとおり、鑑定水晶です。街に入る際に用いられるものより上位のものになりますが」
確かにカウンターの上に置かれた水晶は、昨夜見たものより大きく、どことなく透明度も高いように見える。
「ではお二方とも、こちらの水晶に手をかざしてください。お二人の魂の情報を水晶が読み取り、協会証へ反映させますので」
そう言われて慎はおっかなびっくり水晶に右手をかざす。すると、水晶からやわらかな光が溢れ慎の右手を包む。慎は右手に暖かいものを感じながらしばらく水晶に手をかざし続ける。
数秒すると光は収まり、そこには光に包まれる前となんら変わりのない水晶が鎮座していた。
「結構でございます。次はディアーナ様ですね」
続いてディアーナが同じく水晶に右手をかざす。慎と同じく水晶に魂の情報を読み取らせた。
「これで終わりですね。新しい協会証を発行してまいります」
「え? これでいいんですか?」
思ったよりあっさり終わった再発行に慎は拍子抜けする。もう少し何か出身やら過去の経歴やら確認されるのかと思っていたが、そんなこともなかったため、むしろ若干心配になったほどだ。
「はい。この鑑定水晶で弾かれるような方はもともと発行・再発行には適さない方ですから。逆を言えば当協会ではこの水晶で弾かれない限り協会証の発行・再発行を行っております」
「なるほど、そうなんですね」
気を張っていた慎としては、想像以上にあっさりとことが済み一安心といったところだった。
「では、お掛けになって少々お待ちください」
エニスはそう事務的に告げると、水晶を抱えて奥へと歩いていった。




