座学も大事
それから慎とディアーナは訓練と依頼をこなしながら日々を過ごす。
初日は訓練場の走りこみに始まったが、その後は街の外周をおよそ二日に一回のペースで走りつづけた。もちろんエニスも共に、である。
普段冒険のときに来ているコートを脱ぎ、薄着で街の外周を体力の続く限り走る。少しでもペースを落とそうものならばエニスの鉄拳制裁が容赦なく二人を襲う。
響き渡る悲鳴と鈍い殴打の音、そして吹き飛ぶ黒髪の男と銀髪の美女。街の人々も、最初は何事かと見物に来ている者もいたが、日々が経つにつれ日常の光景となっていった。
「ペースが落ちています、よ!」
「ひゃああああ!」
「うわあああああ!」
エニスの一喝の後、今日も今日とて情けない声がアヴァグドゥの街に木霊する。
「おーおー、今日も盛大にやってるなぁ」
「エニスちゃんも手加減なしねぇ」
吹き飛ぶ慎とディアーナの姿を眺めながら、往来を行く人々は平和を感じているのだった。
そして走りこみが終わると、僅かな休憩時間を置いたのち、訓練場や街の隅の空き地で筋力トレーニングが始まる。
「腕立て、腹筋、背筋、ランジ、懸垂とやっていきましょう」
「ぜっ、はぁ、はぁ」
「ひぃ、ひっ、ふっ、ふぅ」
涼しげな顔で告げるエニスに対し、慎とディアーナは息も絶え絶えだ。だが、ここで訓練のペースを落としてしまってはまたもエニスの鉄拳制裁が飛んでくる。
死に物狂いでメニューをこなすしかない二人であった。
「な、なん、で! 女神の、私が! こんな! ことを!」
額に大粒の汗を浮かべながら腕立て伏せを行うディアーナ。動きに合わせて流れるような銀髪がさらさらと地面に零れ、陽光に照らされきらきらと輝く。
本来ならばとても優雅で美しい光景なはずなのだが、汗まみれで文句を垂れながら必死の形相を浮かべるその姿は優雅とはかけ離れたものだった。
「うる、せえよ! 無駄、口、叩いて、ないで! しっかりやれ、よ!」
その隣で慎も顔を真っ赤に染めながら同じく腕立てをしていた。大粒の汗が地面にぽたりと落ち、染みを作る。
「もう少し頑張ってください。そうしたら休憩ですね」
エニスは二人の様子を、いつも通り表情を変えずに見つめていた。しかしその瞳の奥には優しさが宿っている。
だが訓練に必死な二人はその暖かさに気づくことはない。というかそんな余裕がなかった。
そして身体作りの訓練メニューが終わると、次は冒険者としての基礎知識の座学が始まる。
慎はエニスが語る魔物の特徴や取れる素材の特徴、薬草採取などの資源採取時の注意点についての講義を必死で聴く。全てがこれからの自分たちの糧になることがわかっているからだ。
「スライムの核は様々な用途があります。例えば、薬草と混ぜればポーションの原料になる、などでしょうか。また、薬草採取についてですが、茎から上を毟るのではなく根ごと掘り返すと鮮度が保てます……はぁ。またですか」
講義の途中で、エニスがこめかみを押さえて深いため息をついた。手に力が込められ教材の本の表紙がくしゃっと皺を作る。
その様子を見て、慎はすぐに隣に目を向ける。そこには銀色の髪を無造作に広げ、舟をこいでいるディアーナの姿があった。肉体を酷使した後の麗らかな午後の座学。眠くなるのは仕方ないだろう。
「すぴーすぴー」
間抜けな寝息が聞こえる。まずい、と慎が思いディアーナを起こそうとするが時既に遅し。いつの間にかディアーナの目の前にエニスが立っていた。
エニスは中指と親指で輪をつくり、力をこめディアーナの額に狙いをつける。そして、
ばっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん
と肌をうつすさまじい音が響き渡った。ディアーナの額にエニスの渾身のでこピンが炸裂していた。
「いっっっっったああああああああ!」
ディアーナはあまりの衝撃と激痛に絶叫し、さらに椅子ごと後ろにひっくり返る。
椅子が床を撃つ渇いた音と、ディアーナが倒れこむ重々しい音がけたたましく鳴り響く。
「何すんのよ!?」
額を押さえて涙目でエニスを睨むディアーナ。自分が居眠りをしていたというのに、随分な態度である。
「ディアーナ様。戦闘技術だけでなく知識もないがしろにしてはいけませんと、あれほど伝えたはずですが?」
エニスの口調は冷たい。ディアーナを見下ろすその視線は微かな怒りの炎が灯っていた。
「だって眠い……」
「だってもなにもありません。また今度は吹き飛ばされたいですか?」
言い訳を続けるディアーナに向けて、固く握った拳を振り上げるエニス。それを見たディアーナは慌てて椅子を起こすと、そそくさと着席する。
「い、いや……知識も大事よね。はい、勉強します……」
「わかっていただければ幸いです」
振り上げた拳を収めるとエニスは教壇へ向けて歩き出す。
「お前もいい加減学べよ……そのうちでこの形変わるんじゃねぇか?」
小声でディアーナを諌める慎。
「うっさいわね。眠いんだからしょうがないでしょ!」
反省したかと思えば、あまり響いていないディアーナ。慎はやれやれと首を振るのだった。




