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訓練スタート

 意識を取り戻した二人は、訓練場の中心で胡坐をかいて座っていた。向かいにはエニスも座っている。


「お二人の実力は把握できました。Eクラスにしては上位だと思いますよ。まだまだ弱いですけど」


 淡々とした二人への評価。慎は苦笑いを浮かべ、ディアーナはむくれてそっぽを向いていた。


 エニスの言うとおり、二人の攻撃はエニスに掠りもしなかった。簡単にあしらわれ、戦術も連携も何もかもが通用しなかった。


「まず、そもそも基本が全くなっていません。スタミナ、筋力といった最低限必要な基礎の基礎、身体が出来上がっていません」


「うっ、それを言われると……」


 先ほどの模擬戦でもエニスより先に息を切らし、挙句、隙を見せて形勢をひっくり返された。もとより、慎は戦闘などとは無縁の世界にいたのだ、継続して戦闘する体力も筋力もあるわけが無い。


 神々の一柱であったディアーナにしてみれば、よっぽどのことが無い限り戦いなどしない。あったとしても神にとって戦いとは圧倒的な権能で一方的に蹂躙するものだ。対人戦のいろはなど習得しているはずが無かった。


「加えてお二人ともお互いに依存しすぎです」


「依存、ですか?」


「はい」


 依存、と言われてもいまいちピンとこない。慎としてはディアーナの援護があってこそ背中を預けられるし、ディアーナに敵を近づけさせないことは間違ってなどいないはずだ。


「私が慎の援護しちゃだめなの?」


 ディアーナも同様の疑問を抱いているようだ。パーティーならばお互いの弱い部分を補い合うのはなんら悪いことではない。しかし、エニスの指摘は別のところにあった。


「そう言うことではありません。お互いを補い合い、連携を取ることは必要なことです。ですが、どちらか片一方が瓦解した瞬簡に共倒れになってしまうのは論外です。先の戦闘を思い出してください」


 そう言われて模擬戦の状況を思い出す二人。最初はそれなりに上手く行っていたように思う。いつも通りディアーナの矢による遠距離攻撃と牽制、そして近距離は慎の剣と一見するとバランスは取れているように感じられる。


「序盤はいい連携だったと思います。矢と剣。バランスが取れていました。ですがシン様が倒れた後はどうなりましたか?」


 そこでディアーナは苦虫を噛み潰したような表情をする。慎はそのときはすでに気を失っていたため状況が分からないが、ディアーナの様子から察するにあまり良い結果ではなかったのだろう。


「お分かりですね? 容易く私の接近を赦し、あまつさえ最低限の近接戦闘もこなせない。シン様がいなくなったときのディアーナ様は無防備すぎるのです」


 今まで慎はディアーナに敵を近づけさせないように立ち回っていた。ある程度上手く行く場面もあったが、実際はそんなに上手く行くことばかりではない。分断されることだってあるだろうし、数が多い相手では打ち漏らしもあるだろう。


 そう考えると、確かにディアーナが最低限の近接戦闘すら出来ないのは問題だった。


「シン様はディアーナ様の援護射撃があって初めて戦えていることをお忘れなく。矢による牽制がなければ今の実力の半分も発揮できないと思っていただいた方がいいでしょう」


 続けてエニスは言った。その言葉に慎は思い当たる節がある。先のゴブリン戦だ。あの時ディアーナが先に倒れ、ゴブリン2体を1人で相手取ることになってしまった。矢による援護がないだけで、とてつもなく戦いづらい思いをしたことを思い出していた。


「なんとなくわかりました……どちらかがいなくては戦えない、というのは問題なんですね」


「わかっていただければ幸いです。とはいえまずは身体作りです」


 エニスはすっと立ち上がり、服についた土埃を払う。そしてとんでもないことを言い出した。


「これから数ヶ月は基礎トレーニングとして、体力の続く限り走りこみと筋力トレーニングをしていただきます。倒れる直前まで追い込みますのでそのつもりでいてください。後は座学も必要ですね。その上で、折を見てシン様は剣術の、ディアーナ様は魔法の訓練を上乗せして行っていきます」


 実にハードなトレーニング内容だった。基礎として走りこみと筋トレをした上で、座学も行い、さらに別々の訓練を行うという。耳を覆いたくなるような内容だ。


 駄目元で慎は尋ねる。


「えっと……他になんかこう、パッと強くなれるような方法とかって……?」


 自分でも都合のいいことを言っているのは自覚している。だが、何の神の加護(ギフト)も得られずに異世界に飛ばされたのだ。こんなときくらいもう少しお手軽さがあってもいいじゃないかと慎は思う。


 しかし、そんな甘い考えは打ち砕かれる。エニスは酷く冷ややかな視線を慎に浴びせながら言い放つ。


「ありません。地道な積み重ねが強さへの道程です。第一、インスタントに手に入れた強さなど張りぼての(まが)い物でしかありません。そのうちボロがでます」


「ですよねー……頑張ります」


「はぁ、女神の私が特訓なんて……やるしかないのよね」


 二人とも既に気力が萎えつつあったが、それでも強くなるためにはやるしかない。自分たちの弱さに嘆かないためにも着実に積み重ねていくしかないのだ。


「それでは、今日は初日ですので訓練場での走りこみから行いましょう」


 エニスはスタートの合図といわんばかりに両手をぱんぱんと打ち合わせる。


 二人は顔を見合わせると、諦めたように笑い、すっと立ち上がる。


「……うし! やるか!」


「そうね!」


「あ、言い忘れましたが、後ろから私も追いかけます。私に追いつかれるようなことがあれば殴りますのでそのつもりで」


「「え?」」


 冷徹な協会職員の耳を疑うような発言に顔を引きつらせながら、二人の地獄の特訓の日々が幕を開けた。


 訓練場を疾走する二人。追いかけるエニス。ペースが落ちてエニスに追いつかれる度、容赦なく鉄拳制裁。怪我をしないように加減してくれているとは言え、痛いものは痛い。


 嫌が応にも肺が潰れそうになるまで走りこみを続けなくてはならない。


「そうそう、お二人とも」


「ぜぇ、はぁ、な、なんですか?」


「っはぁ、ひぃ、な、によ?」


「先日のゴブリン討伐ですが失敗されたので、違約金が発生しております。お二人の借金増えてますので悪しからず」


 息も絶え絶えの二人に、さらに止めを刺すかのような一言。


「今、それ言います!?」

「今、それ言うの!?」


「想定外の事態にも動揺してはいけませんよ? 足が止まってます、よっ!」


 二人が気づいた頃には時既に遅し。エニスが拳を振りかぶる姿が眼に飛び込んでくる。


「ぐぇ!」


「きゃん!」


 二人の短い悲鳴と、鈍く重い音が訓練場に響き渡るのだった。

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