元Bクラスの実力
エニスは一つ咳払いをすると、慎とディアーナを真正面から見つめて口を開く。
「話が逸れましたね。それでは訓練を始めたいと思います」
「よろしくお願いします」
「よろしくね」
二人もその視線を受け止め、真剣な面持ちで答えた。
「まずは、お二人の現在の実力をお見せいただくために模擬戦を行いたいと思います」
「模擬戦……エニスさんとですか?」
「はい。お二人はいつもお使いの武器を使っていただいて結構です。私は徒手空拳で対応させていただきます」
エニスの言葉に慎はぎょっとする。自分たちは武器を使って構わないのに、エニスは何も使わずに戦うと言う。いくらなんでも無茶苦茶だ。
「素手ですか!? いやいやいやいや! いくらなんでもそれはちょっと!?」
「大丈夫ですよ? お二人の攻撃は掠りもしませんので」
エニスは冷めた瞳でさらりと告げる。その言葉にカチンと来たのか、ディアーナがずいっと前に出て胸を張った。
「言ってくれるじゃないの! 後悔しても知らないわよ」
「ええ、是非とも後悔させていただきたいものです」
ディアーナとエニスの視線が交差し、火花が散る。慎をおいてけぼりにして早くも戦闘の火蓋が切って落とされようとしていた。
「やってやろうじゃないの! 慎! 準備しなさい!」
「ちょっ、おい! ディアーナ!」
ディアーナはずんずんと闘技場の中心へと歩いて行き、慎もそれに続く。エニスも中心へと向かい、二人に相対するように位置をとる。
そこで二人が戦闘準備を始めると、エニスが思い出したかのように口を開く。
「ああ、それとこの闘技場は決闘用結界を起動してありますので痛みはありますが肉体へタメージとして反映されませんのでご安心を」
「ええと、つまり?」
「痛みは感じますが怪我は残らず、致命傷を負っても気絶するだけ、ということです。もちろん精神が壊れるようなこともありません」
「なによそのご都合主義」
実に便利な機能だった。普段は結界は起動していないが、決闘や闘技大会などが開かれる際は結界を張り、命にかかわるような事態が起きないようにしているらしい。
「なんでも神代のアーティファクトを利用しているとかなんとか。起動には魔力が必要と言う事以外、細かい理屈は不明だそうです。まさに神の御技ですね」
エニスは冗談めかしてくすくすと笑った。そうこうしているうちに二人の準備が整う。
「準備できたわよ! ぎゃふんといわせてやるんだから!」
やる気満々のディアーナ。そんなディアーナの様子に頭を抱える慎。
「おま、ぎゃふんて、今日日そんなこと言う奴いねぇよ。なんのフラグだよ……それで、どっちから戦えばいいでしょうか!?」
エニスはきょとんとして小首をかしげて答えた。
「お二人同時にするんですよ? たかがEクラスが束になっても私には勝てませんので心配せずとも大丈夫ですよ」
その不躾な物言いに、流石の慎も頭にくる。多勢に無勢は卑怯な気もするが、相手がいいと言っているのだ、最早なにも遠慮をしないことにする。
「言ってくれるじゃないですか! いくぞ、ディアーナ!」
「やってやるわよ! 慎!」
慎は腰から剣を引き抜き、ディアーナは弓に矢を番え構える。対するエニスは両手を腰の前で重ね直立している。闘技場に流れる空気が緊張感を孕んだものへと一転する。
対峙する二人の冒険者と協会職員。先に動いたのはディアーナだった。弦を引き絞り、溜まった力を一気に解放する。
「……ふっ!」
放たれた矢は一直線にエニスに向かって飛んでいく。ディアーナの持つ弓は尋常ではないほどの強度を誇る剛弓だ。Eクラス程度の冒険者では引くことなど叶わないだろう。Dクラス以上でも扱えるのは限られた人間だけだろう。
そんな弓から放たれる矢の速さは、到底目で追えるようなものではない。
だが、エニスはその矢を僅かに上体をずらすだけでかわしてみせた。
「初手からヘッドショットですか。えげつないことしますね」
「余裕でかわしといてよく言うわよ」
「いい弓ですね。そして……シン様も、よく機を伺ってます」
エニスはそう言って、後ろに軽く跳躍する。その数瞬後、エニスがいた場所を白刃が一閃する。
「外れたか」
慎の剣が横薙ぎに振るわれたのだ。慎はディアーナが矢を放つと同時に飛び出し、エニスが矢に気を取られた一瞬に斬撃を当てるつもりだったのだ。だが、その動きもエニスには読まれていた。エニスは最小限の動きで慎の剣をかわし、表情一つ変えずに佇んでいた。
慎はバックステップでディアーナの横に戻ると、剣を構え直す。
「どうされました? もう終わりですか?」
「まさか。これからですよ!」
今度は慎が先に動き出す。地を蹴り、一気にエニスとの距離を詰める。
「これなら! ペネトレイト!」
あと数歩でエニスに届くといった距離で、慎はさらに蹴り足に力を込め爆発的な瞬発力を生み出しエニス目掛けてペネトレイトを放つ。力の込められた鋭い突きが風斬り音とともにエニスを襲う。
「いい動きです」
慎の動きにエニスは目を見開きながら賞賛の言葉を送る。慎の剣が触れようかと言う刹那、エニスは上体を捻り、すんでのところで切っ先から逃れていた。
「くそ!」
自身の攻撃がかわされ、慎に隙ができてしまう。だがそこはディアーナの出番。慎の隙をエニスに狙わせないために、カバーするようにディアーナが矢で牽制する。
上体を捻ったところ目掛けて、エニスを数多の矢が襲い掛かる。横目で矢を捕らえていたエニスはそのまま両足に力を込め大跳躍して矢から逃れる。ディアーナの矢は虚しく空を斬るだけだった。
空中で身を翻し、エニスはふわりと地に降り立つ。僅かに立ち上がる砂埃。ここまでの攻防で防戦に徹し回避行動を取り続けていたにも関わらず、一切息を切らしていない。
「まだまだ!」
慎はエニスを追撃する。横薙ぎ、刺突、逆袈裟、上段からの振り下ろしとさまざまな攻撃を繰り出す。だがエニスはそのことごとくを紙一重で見切り、合間に飛んでくる矢すらもかわし続ける。そうこうしているうちに慎の息が上がり、剣の勢いが鈍ってきた。
「なるほど……大体わかりました」
迫り来る斬撃と矢から逃れながら、エニスは呟く。そして両の拳に力を込めると大上段から目の前に迫ってきていた慎の剣の横っ腹を殴りつけ、弾き飛ばす。
剣が訓練場の地を滑り、甲高く乾いた音が響き渡った。
「うわっ!」
突然の出来事に慎はあっけに取られる。自分が優勢だと思っていたら、ただの一撃で形勢がひっくり返された。信じ難い事実ではあったが、己の手の中にあったはずの剣が遠くに転がっていること、電撃が走ったかのように両手が痺れていることが、それが真実だと証明していた。
「今度はこちらから行きます」
「ボーっとしてんじゃないわよ! 慎!」
ディアーナの声にハッと我に帰る慎だったが、最早手遅れだった。慎が身構えようとした瞬間にはすでにエニスの準備は整っており、気づいた頃には巨大な鉄球をぶつけられたかのような衝撃が腹部を襲っていた。
「想定外の事態に気を取られるのは命取りですよ」
「がはっっっ!」
尋常ではない勢いで吹き飛ばされ訓練場を2回3回とバウンドしながら転がる慎。その勢いが治まる頃には慎の意識は飛んでいた。
「慎!」
ピクリとも動かない慎の様子を見て、ディアーナは溜まらず叫んでしまう。その隙をエニスは見逃さない。エニスの足元で地面が爆発したかと思うと、一瞬でディアーナの前に現れ、右拳を硬く握り振りかぶっていた。
「他人の心配より、ご自分の心配をしましょう。前衛がいなくては何も出来ない、では生き残れませんよ」
「え、いや、ちょ! ウソでしょ!? 待って――」
「待ちません」
急に目の前に現れたエニスにたじろぎ、引きつった笑みを浮かべるディアーナ。エニスはそんなことお構いなしに拳を全力で振りぬく。
ディアーナの腹部にも重い衝撃が爆発する。身体はくの字に折り曲がり、足は地面から離れ宙に浮く。
「おっぶっっっっっ!」
そして慎と同様、すさまじい勢いで吹き飛ばされ、土埃を巻き上げながら訓練場を転がるディアーナ。終いには壁に激突し、
「ぎゃふん!」
という古典的な悲鳴をあげて、ずるずると崩れ落ちるのだった。
「ぎゃふんと言わされたのは、ディアーナ様の方でしたね」
エニスの涼しげな声が訓練場に静かに響いた。




