エニス・キルケギア
ディアーナが目を覚ましてから数日。二人は冒険者協会の訓練場に来ていた。
慎とディアーナはだだっ広い訓練場でぽつんと立ち尽くす。いつもは訓練に勤しむ冒険者達で賑わっているのだが、今日は誰もいない。
「いつまで待たせんのよ。てかなんで誰もいないのよ?」
「そんなん俺が知るかよ。俺もこの時間に来るようにってことしか聞いてないし……」
先日エニスから提案のあった元Bクラス冒険者からの訓練が今日から始まるため、訓練場に来るようにと通達があり、訓練場で待っているのだが一向に人が来る気配がない。
慎がふと何かを思い出したかのように口を開いた。
「肩の傷痕、本当に残したままでよかったのかよ? 治癒魔法なら痕残らないんだろ?」
ディアーナは、先日のゴブリン討伐依頼の際、ゴブリンアーチャーから肩に矢傷を受けていた。傷自体は治癒師のおかげで完治しているのだが、傷痕はまだ肩に刻まれたままだった。
治癒師曰く、治癒魔法を用いれば傷痕などすぐに消えるとのことだ。慎も治癒師も消すことを勧めたのだが、ディアーナがそれを頑として拒んだのだ。曰く、
この傷痕は自分が弱いことの証明であり、この傷痕が目に入れば驕りや慢心などせずにいられる、と。
「いいの。これは私自身への戒めなんだから」
「まぁ、ディアーナがいいならいいけどよ……」
あっけらかんとしているディアーナを見ると、慎はそれ以上なにも言えなくなってしまう。肩の傷を作ってしまった原因の一旦を担っている身としては、どうにも申し訳なさを抱いてしまうのだが、本人がいいと言っている以上、無理に勧めるのも自分の我儘かなどともんもんと考える慎であった。
そうこうしているうちに、聞きなれた声が二人の耳に入ってきた。
「お待たせしました。シン様、ディアーナ様」
二人が声のした方向に視線を向けると、そこにはエニスが立っていた。いつもと同じ協会職員の制服を身に纏っている。
「ちょっとエニス! 遅いじゃない!」
長々と待たされ不機嫌なディアーナは、むすっとした様子でエニスを非難する。
「申し訳ありません。準備に少々手間取ってしまいまして」
恭しく頭を垂れるエニス。どこか気品が感じられる振る舞いだ。
「まぁいいわ。それで……」
エニスの謝罪を受け入れると、ディアーナは早々に今日の訓練のことへと頭を切り替える。元Bクラス冒険者が訓練をつけてくれるはずなのだが、その姿が無い。訓練場にいるのは慎とディアーナ、後はエニスだけだ。
「教えてくれるって言う元Bクラス冒険者はどこにいんのよ?」
そう、それらしき人物の姿がどこにもないのだ。この場にはもう一人、元Bクラス冒険者がいなければおかしい。だがエニスは、
「おりますよ?」
首を傾げ、きょとんとした表情で二人を見つめる。
「どこにいんのよ?」
「えっと、エニスさん。ここには俺達とエニスさん以外誰も……」
慎はそこまで口に出してはっと思い至る。ここには自分たちとエニス以外誰も居ない。自分たちは教えを請う側。であれば残る教える側は一人しかいない。
「そういえば、お話しておりませんでしたね。本日からお二人の訓練を担当します元Bクラス冒険者の、エニス・キルケギアです。冒険者協会で受付もさせていただいております」
エニスは再び、スカートの端をもちあげ恭しくお辞儀をする。二人に訓練をつける元Bクラス冒険者とは、エニスのことだったのだ。
「ウソ!? エニスが!?」
「まさかとは思いましたけど、エニスさんが……」
「信じられませんか?」
「いえ、そういうわけではないんですけど……」
俄かには信じ難い話だ。いつも冒険者協会で受付をしてくれる女性が冒険者だったなどと誰が思い至るだろうか。まして、エニスは見た目が細身でありとてもではないが冒険者をしていたとは思えない。
慎もディアーナも半信半疑だった。
「うーん、それでは私のステータスプレートご覧になりますか?」
「いいんですか?」
「構いませんよ。それに、そういった疑念は晴らしておかないと、後に響くかもしれませんので」
そう言ってエニスは自身のステータスプレートを表示した協会証を慎に手渡す。
長方形の金属板の上に浮かび上がる半透明な水色の板には、エニスのステータスが表示されていた。
名前;エニス・キルケギア
レベル:87
年齢:28
種族:人間
ジョブ:冒険者協会職員 元冒険者
冒険者クラス:元Bクラス
アーツ:スラッシュ インパクト 兜割り 縮地 大地割り アースバレット アースグレイブ アナライズ
ユニークアーツ:シュトゥルム・ラブランデス
補正スキル:操斧術(極) 剛体 剛力 敏捷上昇(中) 耐魔(中)
スキル適性:操斧
称号;戦斧の大嵐 操斧を極みし者
「はえ!? レベル87!?」
「ちょ、なによこれ!? よくわかんない技いっぱいあるし魔法まで!? ユニークアーツってなに!? こんなの私たちのにないじゃない!」
二人は目を丸くした。エニスのステータスプレートが想像の遥か上を行っていたからだ。このステータスを見せられたらエニスが元Bクラス冒険者であったと言う事は信じざるをえないだろう。
加えて二人のステータスプレートには無い項目すら表示されている。ユニークアーツについてディアーナが問うと、エニスはこともなげに答えた。
「ああ、ユニークアーツですか? それは私のオリジナルアーツですね。シン様もディアーナ様も鍛錬を積めばいずれ使えるようになる……かも?」
「何で疑問系なのよ?」
「ユニークアーツの習得には長い鍛錬と相応の適性が必要ですので、現段階では習得できるかもわからないからですね」
どうやら生半可な鍛錬では習得できるものではないようだ。
「期待もたせないでよ……」
「ふふふっ。申し訳ありません。でも、お二人ならいずれ習得できそうな気がします」
「何を根拠に言ってんのよ」
「私の冒険者の勘ですかね?」
エニスは優しげな笑みを浮かべて悪戯っぽく答える。対するディアーナと慎は肩を竦め、お互いに顔を見合わせるのだった。




