出来ることをする
夜半に振った雨は止み長い夜が明けた。昇りかけた太陽が雨に濡れた街を照らし出していた。
「う……くそ、ろくに寝れなかった……」
慎は粗悪なうすっぺらい布団の上で目を伸びをする。治癒師に言われるがまま冒険者協会にディアーナを残して宿に戻った慎であったが、結局、ディアーナのことが気にかかりろくに眠ることが出来なかったのだ。
「ディアーっ……協会、行くか」
いつも隣にいて、時に憎まれ口を叩き、時に笑いあい、そしていくつかの依頼を共にこなして来た存在がいないことがこんなにも空虚であることを思い知る慎。
慎はすぐに支度をして冒険者協会へと向かう。
朝早いせいか、街の通りにはまばらにしか人がおらず、露店も閉まっている店の方が多い。街は朝の静けさに支配されていた。
静けさの中を歩く慎。いつも隣で騒ぐディアーナがいないだけで、いつもの朝の街が酷く静かに感じられた。
冒険者協会に辿り着くと、慎は一直線に医務室を目指した。
医務室の扉を開ける。鼻を突く薬品の匂いは昨夜と変わらず部屋に漂っている。
「おや、シン様。おはようございます。ディアーナ様ならまだ眠っておられますよ」
中にいた女性治癒師が手に持っていた本をパタンと閉じると、静かな口調で語りかけてきた。どうやら夜勤当番の治癒師らしい。医務室の番をしながら暇つぶしに読書をしていたようだ。
「おはようございます。ディアーナの具合は……?」
「昨晩よりはいくらか回復していると思いますよ。熱も引いてきたようです」
「本当ですか!? よかった。ありがとうございます」
「いえいえ、務めですから。気にしないでください」
治癒師はにこりと微笑む。安心感を与える笑みだった。
慎はかるく会釈をしてディアーナが眠るベッドの横へと移動する。ベッドの上で眠るディアーナは、治癒師が言うとおり昨日に比べて顔色がいくらかよくなっているようだ。
まだ軽い火照りは残っているようだが、汗も引き呼吸も穏やかなものになっていた。
「……」
慎は静かに寝入るディアーナを見つめる。早く目覚めて欲しい想いと目覚めたときどんな顔をして、どう謝ったらいいのか。そんな想いがない交ぜになった複雑な心境だった。
頭を振り、考えを切り替える。ディアーナが目覚めた後のことはそのときに考えればいい。今はどんなに微力でも良い、出来ることを探すべきだ。
慎は治癒師に向き直り尋ねる。
「俺に、なにか出来ることはありませんか?」
治癒師は慎の瞳をじっと見つめたあと、考え込むような仕草をして答えた。
「それでは……そうですね、薬草の採取をお願いします。ディアーナ様の解毒で大量の薬草を使いましたので、補充をお願いできますか?」
「はいっ!」
「それでは協会へ依頼として出しておきますので、よろしくお願いします」
それから慎は治癒師の言葉通りに張り出された薬草採取の依頼を受注し、街の周辺へ薬草を摘みにいく。
門から出て、街の周りに生える薬草を無言で摘む慎。日差しは暖かく、風も心地よい。草と土の匂いも長閑さを引き立てている。
「ふぅ……」
しゃがみ続けたせいで腰に鈍い痛みを感じ、ぐっと伸びをする。
朝から摘み続け、時刻は昼前ころだろうか、街道に人通りが多くなってきた。横目で人の流れを眺める。
しばらく休憩した後、薬草摘みを再開する。手に持っている袋は薬草でそこそこ一杯になってきていた。
今の自分に出来ることは薬草を摘むことくらい。慎はただひたすらに薬草を摘み続けた。
そうして陽が傾き、夜の帳が降りてくるころになって、慎はやっと薬草摘みを終える。
袋は薬草でパンパンになっていた。再び門をくぐって冒険者協会にもどり、薬草の納品をする。報酬の2000ウェルズを受け取り、医務室へ向かう。
医務室の扉をノックすると、朝とは違う声が聞こえてきた。
「どうぞ、お入りください」
扉を開け、中に入ると朝にいた治癒師とは別の治癒師が慎を見ていた。
「ディアーナ様の容態は順調ですよ。これなら明日には目を覚ますかもしれませんね」
「っ! 本当ですか!?」
「ええ、熱も治まりましたし、顔色もいいです。肩の傷はすぐにとは行きませんが……」
治癒師の言葉を聞き、ほっとする慎。ディアーナの傍に歩み寄り、様子を伺う。
確かに朝より顔色もよく、寝息も非常に穏やかになっていた。これならば近いうちに目を覚ますというのも頷ける。
目が覚めたら何を話そうか。まずは謝ることからだろうか。そうしたらエニスの言っていた訓練の話もしなければならない。日にちとしてはせいぜい2日程度。だがその2日は酷く長く感じられた。
早くディアーナが目を覚ますことを祈る慎であった。




