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治療と提案

 医務室の前の長椅子でうなだれる慎。隣にはエニスが座っているが、エニスもどこと無く気落ちした様子だった。


 外はすでに陽が落ち、未だ降り続く雨が石畳を打つ音が響いている。


「ディアーナ……」


 祈るような声を絞り出す慎。だが医務室の扉は一向に開く様子を見せず、中からはどたどたと慌しい気配だけが伝わってくる。


「……おそらく、解毒に手間取っているんでしょう」


「そんなに厄介なんですか……?」


「はい。オウル草は致死性はないのですが、長引きます。治癒師の解毒魔法での分解が難しいのでしょう」


「俺が……俺がゴブリンを見くびらなければこんなことには……」


 慎は両手で顔を覆う。致死性がないという言葉に僅かに安堵するが、それでも悲痛な思いは変わらない。


 浮かんでくるのは後悔の念ばかりだった。自分の慢心でディアーナを傷つけたというのに、今はその治療を手伝うことすら叶わない。無力感で圧し潰されそうだった。


「この街の治癒師はオウルベアの森の毒には慣れています……大丈夫、ですよ」


 エニスは慎を励ますように声を掛ける。だがその言葉は自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。


 二人の間に再び重苦しい沈黙が流れる。


 いつもは賑やかな冒険者協会(ギルド)も、夜中になろうかという時間ではしんと静まり返っている。その静けさが沈黙を際立たせていた。


 その沈黙を破ったのはエニスだった。


「……シン様」


「……はい」


「元Bクラス冒険者から手ほどきをお受けになりませんか?」


 エニスの言葉は意外なものだった。


「元Bクラス冒険者、から?」


「はい。もともと駆け出し冒険者向けの講習のようなものはあるのですが、実が伴っておらず形骸化してしまっていて……そこで元上位冒険者から駆け出しへ訓練してはどうか、と協会内で案が出ていて、モデルケースを探していたんです」


「そんな話が、あったんですね……」


「もっと早くにお伝えすべきでした……私の落ち度です……」


「いえ、ろくに知ろうともしなかったのは俺ですから」


 慎はいつか考えた駆け出し向けの講習のことについて思い出す。ビッグマウスの初討伐後、確かに慎は自分の力不足を感じていた。先延ばしにした結果がディアーナの怪我である。あの時もっときちんと考えていれば、と悔やまれるが今更言っても後の祭りだ。


「ディアーナが元気になったら、そのときは一緒にお願いします……」


「……わかりました。手配しておきますね」


 外の雨の音は鳴り止まない。医務室の扉は未だに硬く閉ざされたままだった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 酷く長い時間が過ぎた、と慎は感じていた。ディアーナの治療が終わるのを医務室の前で待ち続けてどれくらい経ったのだろうか。外はまだ雨が降り続け、暗闇が支配している。


 時間としては恐らくそれほど長く経過したわけではないのだろうが、体感ではとてつもなく長い時間が経ったように慎は感じていた。


 待つ、と言う事はこれほどまでに長くそして苦痛を感じるものだっただろうか。


 慎がうつむき床を眺めていると、扉が軋む音が響機きわたった。


「っっっ!」


 慎が勢い良く顔を上げると、目の前の医務室の扉がゆっくりと開かれているところだった。


「お待たせしましたシン様。ディアーナ様の治療が終わりましたよ」


「ディアーナ!」


 治癒師の言葉を聞いてすぐに慎は医務室へと飛び込む。


 消毒液だろうか、ツンとした刺さるような匂いが鼻を突く。


 医務室の中は白を基調に清潔感が溢れる内装だった。5つあるベッドの一番端、窓際の白いベッドに毛布を掛けられてディアーナが横になっていた。


 慎は駆け寄り、ディアーナの様子を伺う。


 額には玉のような汗が浮かび、顔も全体的に火照っているように見える。意識は無い様だが時折苦しそうにうなされていた。美しい銀色の髪も汗で湿り、頬に張り付いている。


 そして何より、肩に捲かれた血のにじむ包帯が酷く痛々しい。


「シン様、お静かに。やっと今ほど寝入ったところです」


「はい、すいません……」


 苦しそうに息をするディアーナを見て、慎は唇を噛み締める。ディアーナをこんな状態にしてしまった自分に、悔しさしか沸いてこなかった。


「ディアーナは、大丈夫なんでしょうか?」


「2、3日もすれば回復すると思います。肩の傷が膿まないように気をつける必要はありますが、命に別状はありませんよ」


「……よかっ、たぁ……」


 エニスからあらかじめ大丈夫だろうとは聞いていたものの、治癒を生業とする者から改めて無事と言われ、深いため息とともにその場にへたり込んだ。


「ディアーナ様は私たちが診ていますから、シン様ももうお休みください」


 ひとまずはディアーナの無事を知り、常に張り詰めていた緊張の糸が切れ急激な倦怠感と眠気が慎を襲う。


「はい……ディアーナを、お願いします……」


 だるい身体を引き摺りながら、慎は宿へと戻る。ディアーナのそばについていたかったが、専門的な知識も治癒の魔法も使えない自分では何も出来ず、治癒師達の邪魔になってしまう。


 安堵と悔しさの入り混じった複雑な想いを抱いて、慎は冒険者協会を後にした。




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