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弱さと悔しさと

「くっ! おらっ!」


「ゲゲゲ!」


 慎はソルジャーを倒すべく全力で斬りかかる。対するソルジャーも負けじと盾で受け流す。一進一退の攻防が続いていた。


 早く止めを刺さなければと焦りが募っていく。だが、ここで焦って仕損じれば無駄に戦闘が長引くだけ。慎は逸る気持ちを抑えつつ、ソルジャーの隙をうかがう。


 スカウトはまだ奥で転げまわっており、戦闘に復帰してくる様子はない。


 雨脚が一段と強くなり、足元がぬかるんできていた。


 ――くそっ雨が強くなって、足元が……足、元?


 慎はそこまで考えてはたと気づく。足元の地面は雨で濡れて()()()()()()()


「これだ! おりゃあ!」


 慎は思い切り足を蹴り上げ、足元の泥をソルジャーの顔面目掛けてぶつける。


「ゲッ!?」


 予想外の慎の攻撃にソルジャーは反応できず、顔面に泥をもろに受ける。目に付いた泥を取ろうともがくソルジャー。その隙が命取りだった。


「そこだっ!」


 慎は大上段から渾身の力を込めて剣を振り下ろす。ソルジャーが視界を取り戻した瞬間に目にしたのは、眼前に迫る白刃だった。


 ぐしゃっ、と頭蓋の砕ける音と肉が引き裂かれる音が走ると、脳天を割られたソルジャーが大地に崩れ落ちた。


「っはぁはぁ……次はお前だ」


 慎は剣を握り直し、地面に座り込んでいるスカウトの元へ向かう。スカウトは慎から逃れようと背を向けて地べたをはいずりまわるが、わき腹の痛みのせいで上手く身体が動かせないようだ。


 そんな光景を目にし、逃げる相手にこれから止めをささなければいけないのかと、苦い思いを感じる慎。


「悪いな……」


 しかし慎は再び剣を頭上に振り上げると、一抹の罪悪感とともに一気に剣を振り下ろす。


 やっとのことでゴブリンを倒した慎。雨で身体が濡れて必要以上に体力を失ってしまっているのか、寒気を感じながらも、すぐさま倒れ臥すディアーナの元へと走る。


「ディアーナ! おいっ! ディアーナっ!」


 ディアーナの華奢な身体を抱き起こし必死で呼びかけるが、ディアーナは浅い呼吸を繰り返すばかりで一向に返事をしない。


 ディアーナの身体は酷い熱をもっており、肩の傷も血が溢れて止まらない。素人目に見ても危ない状況であることは明白だった。


 ――オウルベアの森では毒草がとれるんですよ!


 慎の頭にエニスの言葉が浮かぶ。もしゴブリンが矢にオウルベアの森で取れる毒草の毒を塗っていたとしたら。


「……くそ! とにかく速く街にもどらねぇと!」


 この場ではろくな手当てもできないし、そもそも慎にそんな心得もない。応急手当の仕方くらい学ぶべきだったと後悔する慎だが、そんなことを言っていても始まらない。とにかく今は一刻も早くアヴァグドゥの街に戻ることが先決だった。


 慎はディアーナを背負い、街に向かって走り出す。


 長い戦闘の後に人一人を背負って走る。体力は限界に近かったが、それでもここで諦めるわけにはいかない。ディアーナの命が掛かっている。


 なんどもぬかるみに足を取られ、転びそうになりながらも必死に足を動かす。容赦ない雨が慎の体力を奪っていく。


「はぁ、ぜっ、はっ」


 息も絶え絶えに街へ向かう。雨で冷えて足の感覚は鈍く、ずっとディアーナを背負っているせいか手の感覚もほとんどない。ただただディアーナを落とさないように、きつく手に力を込める。


「くそっ……」


 走っている最中、慎はずっと自責の念に駆られていた。自分が無理な選択をしなければこんなことにはならなかったのではないのか、エニスの言いつけを守り、時間が掛かっても慎重に依頼(クエスト)をこなすべきだったのではないのかと。


 どんどん足が重くなる。未だ街の外壁は見えてこない。雨は体温を奪い、ぬかるんだ大地は体力を奪う。いっそ諦めたくなる慎だが、己の背には自身の行動の結果で傷ついてしまったディアーナがいる。


 悔いても失敗は取り戻せない。今は考えずに街に向かうべきだと自分に言い聞かせ走り続けた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 そうしてどれくらい走っただろうか。足も手も、感覚がほとんど無くなってしまった頃、ようやく街の外壁が慎の眼に飛び込んできた。


「やっと……!」


 やっとだ。街が見えてきたことで、少しだけ気力が沸いて来る。背中のディアーナは変わらず浅い呼吸を繰り返し、熱もひいていない。予断を許さない状況だ。


 慎は一心不乱に走り続けた。外壁へと辿り着き、開かれている門を潜り抜ける。途中、ダンキンに声を掛けられたが、返事をしている余裕も無くそのまま通り過ぎる。


 大通りを駆け抜け、大勢の人々の視線を受けながらも、一切合切を気に留めずただひたすらに冒険者協会(ギルド)を目指した。


 冒険者協会の扉が見えてくると、震える足に最後の力を込めさらに石畳を蹴り、冒険者協会へ転がり込む。


「うわっ」

「きゃっ!」


 勢い良く開け放たれた扉と、そこへ人がいきなり転がり込んできたのだ。中にいた冒険者でなくても何事かと驚くだろう。


 冒険者協会がにわかにざわめきだす。


「はっ、ぜぇっ、はっ、ぐっ、あっ、だ、れか……」


 慎は荒い呼吸をしながら搾り出すように声を出す。酸欠で目の前はちかちかし、手足に力が入らない。今にでも倒れこんで休んでしまいたいところだが、そうはいかない。


 誰か、治療が出来る人間にディアーナを診てもらわなければならない。


「何事ですか……シン様! ディアーナ様!」


 入り口が急に騒がしくなり、様子を見に来たエニスが慎とディアーナを見つけ、近くに駆け寄る。


「大丈夫ですか!? どうされたんですか!?」


「はっ、はっ、ご、ぶりんに、ディアー、ナが……早、く診て、いただけま、せんか……」


 その言葉を聞きエニスは、やはり恐れていた事態が起きてしまったと内心で歯噛みする。


「この症状はオウルベアの森の……わかりました。治癒師を手配します」


 エニスは手の空いている協会職員に声を掛け、ディアーナを診ることのできる人間を手配し始めた。


 エニスの言葉で職員たちがバタバタと走り出し、必要な手続きを始める。


「ディア、ーナを……お願い、します」


 数名の協会職員がディアーナを担架に乗せて運んでいく。


 慎はひとまず安堵する。まだディアーナの治療が始まったわけではないし、状態がはっきりしたわけではないが、それでも誰かに頼ることができるというのは大きな安心感を得られるものだ。


 安心感から、慎はその場に倒れこんでしまいたい衝動に駆られる。しかし、やはり出来る限りディアーナの傍についていたかった。


 慎は両腕に力を込め、身体を無理矢理起こすとディアーナを運ぶ協会職員の後について、医務室の方へ歩き出そうとする。


「シン様はこちらでお待ちください」


「でも!」


「治療の妨げになります。こちらでお待ちください」


 協会職員はそう言って無情にも医務室の扉を閉める。慎はただ立ち尽くすしかなかった。確かに慎がついていたところで治療に協力できるわけでもなく、何も出来ない。慎は拳を固く握り締めることしか出来ない。


「シン様」


 そんなとき、慎に声を掛ける人物がいた。エニスだ。エニスは表情変えることなく、じっと慎を見据えていた。


「エニスさん! ……俺も、中に……」


「それはできません」


「でも! 俺のせいでディアーナが!」


「今のあなたには何もできません。出来ることがありません。ご理解ください」


「……っ!」


 切り捨てられるように告げられ、慎は唇を噛み締める。切れた唇から血が流れ、口の中に鉄の味が広がる。


「シン様。多数のゴブリンと戦いましたね?」


「それは……」


 エニスは鋭い目つきで慎を見据えながら淡々と問うた。冒険者協会から出発する前、エニスに言われたことを思い出し、慎は咄嗟に目をそらしてしまう。忠告に耳を貸さずに慢心した結果がこれだ。とてもエニスの顔を直視できなかった。


「……私も、もう少し強く忠告しておくべきでした」


 確かにエニスはあのとき二人に忠告をしていた。忠告を聞き入れなかったのは二人の責任だ。だが駆け出しが増長し命を落とす、再起不能になることなどよくあることだからこそ、協会職員は可能な限り生還できるようにサポートするべきなのだ。


 慎とディアーナが増長していたことなど火を見るより明らかだったのに、強く引きとめもせず送り出してしまったことに、エニス自身後悔していた。そして恐れていた事態になってしまった。


「送り出した冒険者の方が帰ってこないことの辛さを、わかっていたはずなのにっ!」


 エニスは語気を強めた。表情は変わらずいつものままだが、制服の裾をきつく握る拳が白く変わっていることからも、決して平気でいるわけではないのだ。 


 そんなエニスの様子を見て、慎はうなだれ口をつぐむ。エニスも自分の無力さに打ちひしがれていることがわかってしまったからだ。


 しばし、二人の間に沈黙が流れる。


 医務室の扉の向こうの状況はわからない。


 二人は己の無力さを痛感し、ただ立ち尽くすしかなかった。

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