己の弱さを思い知る
「ディアーナァァ!」
慎は絶叫し、わき目も振らずディアーナに駆け寄ろうとする。しかしディアーナが痛みに顔を歪めながらも声を張り上げそれを静止する。
「慎っ! あんたはそっち片付けなさい! アーチャーがまだ生きてる!」
ディアーナの言葉を受け、剣を構えてすばやく辺りに目を配る慎。すると、奥でアーチャーがよろよろとしながらも弓を構えている姿が目に入ってきた。
すぐにでもディアーナの傍に向かいたい思いに駆られる慎であったが、ここで不用意に動いては後ろから射抜かれかねない。慎は断腸の思いで再びゴブリン達に向き直る。
ゴブリン達は醜悪な笑みを浮かべている。その様子に腹立たしさを覚える慎だが、今は一刻も早くソルジャーとスカウトを倒さなければならない。慎は一呼吸置くと、改めて剣を握り直し2匹のゴブリンへと駆け出していった。
「ごめん! ディアーナ! すぐに片付けるから!」
剣と盾が打ち合う音が、篭手と短剣がぶつかる音が響く。慎はできるだけディアーナから離れるように2匹を相手取る。
ディアーナは慎が2匹のゴブリンと戦う音を聞きながら、アーチャーを倒すべく弓矢を構えていた。弱かった雨がその勢いを増し、頬を、手を、身体に容赦なく打ちつけてくる。
射抜かれた右肩が疼き、灼熱感を伴って激しく痛む。いつもはなんら問題なく引けていた弦も、今は酷く重く感じる。
「まったく落ちぶれたもんね……まあいいわ。この女神たる私を傷つけた罪、万死に値するわよ」
だがそんな痛みなどはどうでもいい。一介の魔物風情に女神たる自身が傷をつけられたという事実が、そこまで落ちぶれてしまった自分への怒りが、ディアーナを燃え上がらせていた。
「ギッ、ギギ…!」
対するアーチャーもよろよろではあるが矢を射ろうと弓を構える。
「もう外さない!」
ディアーナは奥歯を噛み締めながら、弦を限界まで引き絞る。この一撃は外さない。外せない。先の一射でアーチャーを確実に仕留めていれば、こんな事態にはならなかったはずだ。
「疾っ!」
醜い緑色の頭に狙いを定め、弦から手を離す。矢は雨を弾きながら一直線にアーチャー目掛けて飛んでいく。
ディアーナに遅れること数瞬、アーチャーも矢を射る。
お互いの矢が宙ですれ違う。先に相手に到達したのはディアーナの矢だった。ディアーナが放った矢はアーチャーの眉間を正面から貫き、その脳天をも貫通していた。
「ゲギャッ!」
短い断末魔とともに、アーチャーがどちゃりと地面に倒れぴくりとも動かなくなった。
「ふん!」
ディアーナはアーチャーが矢を射った瞬間、僅かに頭を左に傾け狙いをずらしていた。
頬を掠めて飛んでいく矢。僅かに頬を切ったようだが、致命傷は避けた。
「……はぁ、参ったわね……こんなに弱くなってたなんて……」
一度ならず二度までも魔物に攻撃を受けてしまった。女神としての権能がない自分などこの程度だったのかと、今までどれだけ権能に頼り切っていたのか思い知ったディアーナだった。
だが、いつまでも落ち込んでなどいられない。今は戦闘の真っ最中だ。自分が弱くなっていたことなど権能を失った時点でわかっていた。今回の戦闘でどれだけ弱くなっていたか判明したのだ、頭を切り替えて先に進むべきだ。
そう自分の中で決着をつけると、未だ2匹を相手取る慎の援護をすべく、ディアーナは右肩の鈍痛に耐えつつ再び弓に矢を番える。ふらり、と急な眩暈に襲われるがここで倒れては慎が圧倒的に不利になってしまう。襲い来る眩暈と肩の痛みをねじ伏せる。
慎の方へ目を向けると、慎は未だに攻めあぐねていた。ソルジャーの防御とスカウトのヒットアンドアウェイに翻弄されている。致命傷を負っているわけではないようだが細かい切り傷が増えていた。
「くっそ……単体はそんなに強くないのに!」
剣と盾が打ち合う音が響き続ける。ディアーナはゆらゆらと揺れる身体を大地に縫い付けるように両足に力を込め地面を踏みしめた。
「世話、が……焼けるわ、ね! 慎! 真横に……飛んで!」
「えっ?」
少し離れた後方から聞こえたディアーナの声に反応し、慎は後ろに目を向ける。そこには今にも矢を射んとするディアーナの姿があった。
「ちょっ!? おわっ!?」
その姿を見た慎はすぐに横に飛びのく。次の瞬間、慎がいた空間を矢が滑るように駆け抜けていった。
「グギッ!?」
勢い良く宙を走った矢はその先にいたスカウトの右わき腹を貫き、その痛みに耐えられなかったスカウトが大地を転げまわる。
「助かる! ディアーナ!」
ディアーナは酷い眩暈に苛まされ続け、身体を支えられなくなり遂に地に両膝をついてしまう。
「ディアーナっ!」
「慎……後、は、任せた、からね……」
ようやくできたゴブリン達の隙。ディアーナのことは心配だが、この期を逃しては決着が長引くだけだ。慎は唇をきつく噛み締めゴブリン達を倒すべく走り出す。
「ぐっ……今度こそ! すぐ終わらせる!」
「それでいいのよ……あ、ちょっと、こ、れマジでやば、いかも……」
弓を支えに座り込んでいたディアーナであったが、その姿勢ですらも辛くなり、終いには大地に倒れこんでしまった。
倒れこんだ大地は雨で濡れており、火照った身体に伝わる水の冷たさを心地よく感じるディアーナ。どうやら痛みや眩暈だけではなく発熱もしていたらしい。
「ホン、ト……最悪……も、無理……」
遠くに響く剣戟の音を聞きながら、ディアーナはゆっくりと意識を手離してしまった。




