慢心の先に
「おらっ!」
「グギャァァ!」
バギン、という金属が砕け散る音と同時にゴブリンの悲鳴が木霊する。慎の剣による斬撃がゴブリンの持つぼろぼろの盾を斬り裂き、ゴブリンもろとも一刀両断していた。
「ゴブリンソルジャーもこんなもんか」
慎とディアーナはスライムが生息する北の平原でゴブリン退治をしていた。本来ならばこの平原にはゴブリンは滅多に出現しないのだが、ここ最近目撃報告が多く討伐依頼が出されていたのだ。
「これで2匹目ね。順調順調~」
ディアーナは鼻歌を歌いながら、てきぱきとゴブリンの耳を切り取っている。
「ふぅ」
そんな相棒の様子を見ながら軽く息をつく慎。人型の魔物を斬ることに慣れた訳ではないが、いつまでも泣き言をいっていられない。
「ふんふ~ん。さ、次行くわよ!」
剥ぎ取りの終わったディアーナが威勢よく歩き出す。
「そうだな、あんまり天気も良くないし、さっさと終わらせるか」
慎も剣を腰の鞘に収めるとディアーナに駆け寄り、並んで歩き出す。スライム討伐に来たときとは異なり、空は厚い雲に覆われていた。ともすれば今にも雨が降り出しそうな黒い雲が二人の行く手に広がっていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
二人がしばらく平原を歩いていると、遠くに三つの影が動いているのが見えてきた。
「慎、あそこなんか動いてる」
「ああ……あそこの岩まで近づいて陰から確認しよう」
二人は身を屈め、物音を立てないようにゆっくりと平原にある岩の陰まで移動する。岩の陰から顔を覗かせると、蠢く影の正体が判明する。
「ゴブリンスカウト、ソルジャー、アーチャーまでいるのか……」
影の正体はゴブリンだった。それも3匹。それぞれ斥候、兵士、弓兵とバランスのいい種がそろっている。無策で飛び出しては敵う相手達ではなさそうだ。
「どうする? 3対2はまずいわよね? エニスも言ってたし、引き返したほうが良くない?」
自分たちよりも数が多いゴブリンとは戦うな、とエニスは言っていた。BやAクラスといった冒険者ならいざ知らず、慎達はつい最近Eクラスにあがったばかりの駆け出し。エニスの言に従うのが無難だろう。
幸いゴブリン達は二人に気づいている様子も無く、再び音を殺して移動すれば見つかることなく離れることは容易だろう。
慎は少し考え込む。ここで引き返せば再びゴブリンを探す手間が増える。雲行きは怪しく、今にも雨が降り出しそうだ。雨が降る中でのゴブリンとの戦闘は、それはそれでリスクが伴うが3対2よりは安全だろう。
効率か安全か――エニスの言に従うならば引き返したほうがいいだろう。しかし、ゴブリンスカウト、ゴブリンソルジャーとは戦っており、正直手ごたえは無く雑魚といっていい魔物だった。アーチャーはディアーナに任せれば良い。
慎はエニスの言葉には従わず、ここでゴブリンを殲滅することを選択する。
「ディアーナ、奥にいるアーチャーやれるか?」
「ちょっと、戦うの? エニスに言われたでしょ? 本気?」
「遠距離攻撃が厄介なアーチャーさえ倒せれば2対2だし、残るソルジャーとスカウトは雑魚だからいけると思う」
慎の言葉を聞き、ディアーナも逡巡する。確かにアーチャーさえ倒してしまえば、残るは今まで戦ったことのあるソルジャーとスカウトだ。慎との連携が取れればどうということはないだろう。
「……わかったわ。ちょっと狙いづらいけど、アーチャーは任せて」
「頼むぜ」
岩陰から様子を覗くディアーナ。手前からソルジャー、スカウト、アーチャーの順でのそのそと徘徊している。雨がぽつぽつと降り始め、だんだん視界が悪くなってきた。
一番奥にいるアーチャーに狙いを定め、ぎりぎりと弓を引き絞る。そしてちょうど射線上にアーチャーが重なるその瞬間、ディアーナは掛け声とともに矢を放つ。
「……いけっ!」
ディアーナの放った矢は真っ直ぐに宙を滑り、アーチャーの首もとのあたりを貫いていた。
「グゲ!」
濁った鳴き声とともに倒れるゴブリンアーチャー。急に飛んできた矢に同胞が貫かれ、他の2匹がざわめきだす。
「ゲゲゲ!?」
「ゲギャ!?」
浮き足立っている今が好機とばかりに慎とディアーナが飛び出す。
「慎! 前衛は任せたわ!」
「わかった! 援護を頼む!」
慎は2匹のゴブリンがディアーナに向かわないようにソルジャー相手に斬りかかる。対するゴブリン達も、スカウトが一声掛けるとソルジャーは体勢を立て直し手に持つ盾で慎の斬撃を受け止めた。
「なっ!? 受け止めやがった!」
自分の攻撃が通らず驚愕する慎。別の個体は一撃で盾ごと切り裂くことが出来たのに、目の前にいる個体にはそれが通用しない。
それもそのはずだった。今まで慎が倒してきたゴブリンは奇襲されたがために、ろくに体勢を整えることなく屠られていた。
しかし今相対しているゴブリンは、スカウトがその本領を発揮しソルジャーをサポートすることで、万全の体勢で慎を迎え撃った。慎が剣を振り下ろすより早く盾を掲げ、勢いが乗る前にその斬撃を受け止めたのだ。
だが慎はそれに気づかない。雨がその勢いを増し、早く決着をつけなければいけないという焦りで視野が狭まっていた。
「ゲゲ!」
ソルジャーが盾に力を込め、慎の剣を押し返す。慎も負けじと押し返すが、その横からスカウトが短剣を振りかざして飛び掛って来た。
「うわ!」
慎はたまらず剣を引っ込めると、左手の篭手で短剣を受け流し後ろに飛びのく。スカウトは攻撃したあとすぐさまソルジャーの後ろに回りこみ、慎の間合いから離れていた。
スカウトはソルジャーの後ろから、ニタリと煽るように慎に笑いかける。
「くっそ! ゴブリンのくせに馬鹿にしやがって!」
頭に血が上った慎はスカウトに斬りかかろうとするが、ソルジャーが立ちはだかり邪魔をする。
「ふざけんな! これなら!」
そう言って慎はやや後ずさりした後、力を込め突きを放つ体勢をとり、
「ペネトレイト!」
慎は覚えたばかりの、ろくに使い慣れていないアーツを放った。
「ゲギ!」
「はぁっ!?」
ガギン、とソルジャーが盾で慎のペネトレイトを受け流す。慎は力を受け流されよろよろと前のめりにつんのめってしまう。
ぺネトレイトは強力なアーツではあるが、踏ん張りの利かない場所では体重を乗せられず十全の威力を発揮できない。しかも頭に血が上っている慎はペネトレイトを放つ体勢を隠すことすらしなかった。
これではこれからアーツを放つと言う事を敵に知らせているようなものだった。
ゴブリン達の連携の前に翻弄される慎。その様子をディアーナは弓を構えながら見ていた。無論、援護をしようと何度も矢を射ようとはしていたのだが、冷静さを失った慎が好き勝手に動くせいで射線が遮られ矢が撃てない状況だった。
「ちょっと慎! 射線上に出ないで!」
「はぁ!? こっちも一杯一杯なんだよ!」
慎もディアーナも全く連携が取れておらず、ゴブリン相手に苦戦を強いられていた。
これがゴブリンが手錬れでも苦戦するといわれる所以だった。単体はそれほどの強さを持っていないのだが、複数体集まり連携を取り始めると厄介さが増す相手なのだ。
「いい加減に……!」
慎のイライラが頂点に達そうとしていたその時だった。ヒュッと何かが慎の頬を掠め後ろに飛んで行った。
慎の頬を生暖かい液体が伝う。頬が僅かに切れ、血が流れていたのだ。
「なっ!? 一体何……」
急に傷つけられたことに気を取られていた慎は、自分の後ろの状況をまるで把握していなかった。慎の横を掠めて飛んで行ったものは、当然のことながら慎の後ろに向かっていく。
慎の後ろには、やや離れたところにディアーナがいる。それはつまり――
「あぐっ!?」
ディアーナのうめき声が慎の耳に飛び込んできた。慎の眼に飛び込んで気たのは、右肩に矢を受けうずくまっているディアーナの姿だった。




