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前兆

「ぜっ、ぜぇ、はぁ、はぁ……エ、ニスさん。これをお願い、じまず……」


「こ、れで……依頼(クエスト)、達成、よね?」


 慎とディアーナはなんとかギリギリ日没前に冒険者協会(ギルド)に辿り着き、スライムの核をエニスに渡していた。街にも戻る途中、ゴブリンと交戦したがために無駄に時間を食ってしまい、ほとんど全力疾走してきたのだ。


「お、お受け取りしますね……」


 息も絶え絶えの二人からスライムの核を受け取るエニスの顔には、引きつった笑みが浮かんでいる。


「期限内にスライムの核の納品、確認しました。今報酬をお持ちしますので、そちらに掛けてお休みください」


 慎とディアーナは肩で息をしながら、エニスに指し示されたソファーにどかっと腰を下ろした。


「なん、とか……間に、あった、な……」


「ぎり、ぎ、りだった……わね……」


 二人ともソファーの背もたれに身を預け、天を仰ぎ荒い呼吸を繰り返す。てんやわんやな一日ではあったが、どうにか依頼達成することができた。


「次から……もうちょっと余裕もって動くか……」


「期限がぎりぎりなのはもうこりごりだわ……」


「そういやディアーナ、ゴブリンの耳はエニスさんに渡したのか?」


「あ。そういえば忘れてたわね」


「まぁ、報酬もらう時にでも渡せばいいだろ」


 ゴブリンの討伐証明部位である耳はディアーナが切り取りを行い、そのまま保管していた。依頼の期限が切迫しすぎておりスライムの核の納品時に渡すことを忘れていたようだ。


 とは言え今は疲れてソファーに根が張ったように動くことが出来ない。エニスから声が掛かるまでしばらく二人はぐったりしていた。


 そうこうしているうちに、どうやらエニスが諸々の処理を終えたようだ。カウンターの奥からエニスが現れ、ソファーでだらけている二人を発見して苦笑いを浮かべる。


「シン様、ディアーナ様。お疲れのところ申し訳ありませんが、報酬の準備ができました」


 二人はだらけきった身体に力を込め、一気に立ち上がりエニスの元へ向かう。


「ありがとうございます。スライムがあんなに手強いとは思いませんでした……」


「ある意味駆け出し冒険者の登竜門ですから。無事乗り越えられて何よりです。こちらが報酬ですね」


 いつものようにプレートに硬貨が乗せられ、報酬が支払われる。慎は硬貨を懐にしまいながら、ディアーナに話を振る。


「ほれ、あれ出せよ」


「わかってるわよ……」


 ディアーナはごそごそと荷物袋を漁りだす。対するエニスは何事かと不思議顔だ。


「どうかされましたか?」


「討伐証明部位もってきたから納品したいのよ、っと……あった!」


「整理しとけよ……」


「うっさいわね」


 やっとのことで荷物袋から取り出したのは街に戻る途中に討伐したゴブリンの耳だった。カウンターに置かれた魔物の一部を見て、エニスの目つきが鋭くなる。


「これはゴブリンの……これをどちらで?」


「ん? 街道で帰りに遭遇したからやっつけたのよ。引き取ってくれないの?」


「いえ、きちんと報酬は支払われます。ですが……もう少し詳しくお話を聞かせていただけますか?」


「別に良いけど……?」


 それからゴブリンとの戦闘や戦闘にいたるまでの経緯を、根掘り葉掘りエニスに問い詰められる二人。


 どうやら普段、ゴブリンは街の近くに出没することはほとんどなく、オウルベアの森の奥にある洞窟で群れを成して生活しているらしい。


 慎とディアーナが討伐したのはゴブリンスカウトというゴブリンの中で斥候に位置する種だった。単体では戦闘力は高くない。

 

 だが、そんな魔物が普段は現れない街の近くに出没した。それは森で何かが起きていることを示していた。


「ここ最近、オウルベアの森の街道にも頻繁に出没するようでして、討伐依頼と調査依頼が多く張り出されているのですが、街の近くでの報告はこれが初めてですね……」


「なにかまずいんですか?」


「現段階ではなんとも……上に報告して今後の対応を検討、でしょうか。ただお二人とも、街の外に出るときは十分ご注意ください」


「いまいちはっきりしないわね。まぁ、私たちがやることは変わらないわね」


「まぁ、そうだな。依頼こなして借金返済ってのは変わらないな」


 いまいち釈然としないものを抱えながら、二人は自分を納得させる。


「申し訳ありません。ご理解ください……ところで近々部屋代支払いの期限ですが、ご準備されてますか?」


「ええ、なんとか……そのときに借金の一部返済しても大丈夫ですか?」


「構いませんよ。部屋代と一緒にお持ちください」


 二人がこの街に来てからもう少しで一ヶ月。時が経つのは早いもので、もう最初の支払期限が迫っていた。借金自体は一括でも分割でも返済できるが、ディアーナの服の買取代金とこれまでの依頼報酬で手元に3万ウェルズ以上は残っている。


 慎は、まず部屋代込みで2万5千ウェルズほどを支払うつもりでいた。


「借金て聞くだけで気が滅入るわね……」


 ディアーナが口を尖らせながらため息をついた。


「仕方ないだろ? こうでもしなきゃ生きていけないんだからよ」


「わかってるわよ……また明日から依頼漬けの日々ね」


「一歩一歩着実に、ですよ。何事も一足飛びに行くことはありませんから」


 エニスは微笑みながら、ディアーナを諭す。そう、どんなことでも日々積み重ねなければ実を結ぶことはない。急いてことを仕損じてしまっては元も子もない。


「肝に銘じておくわ。今日はその辺でご飯でも食べて帰りましょ、慎」


「わかったよ……じゃあ、エニスさん。また来ます!」


「はい。お待ちしております」


 慎とディアーナは冒険者協会を後にする。エニスは二人の背を見送り続け、やがてドアをくぐり見えなくなると、カウンターで独り言ちた。


「街道にゴブリンスカウト……早急に対応する必要がありますね」


 エニスは最悪の事態を想定して動く。事と次第によってはこの街にいる全ての冒険者を巻き込んでの騒動になりかねない。


 協会の階段を登り、2階にあるギルドマスターの部屋へと向かう。2階にある、他とは違うやや豪華な扉をコンコンと軽くノックをするエニス。


「エニスです。ギルマス、よろしいですか?」


「ああ、エニス君か。開いているよ」


 扉の奥から渋く低い声が聞こえてきた。エニスはドアノブに手を掛け、ゆっくりと回す。ドアはゆっくりと開かれ、エニスはその奥へと進んでいくのだった。

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