遭遇! スライム!
訓練場で鍛錬を終えたあと、慎とディアーナはスライムの生息する北の平原に出るために門を目指していた。
「時間食っちまったな。さっさと平原目指すか」
「そうね。まだ昼前とはいえ、移動を考えたら悠長にはしてられないわね」
陽が昇り、もう一刻もすれば頂点に到達するかといった時間帯であった。街は暖かさが増し、道に並んでいる露店も賑わっている。
スライムの核の納品は今日の日没まで。街から平原までは徒歩での移動となるが、片道は半刻かからないほど。しかし、スライムの討伐にどれだけの時間がかかるか分からない以上、早めに行動するに越したことはないだろう。
二人は少し速めに歩を進め、門へと辿り着く。街と外をつなぐ門は相変わらず重厚な造りをしており、威風堂々と聳え立っている。二人が最初にアヴァグドゥの街に来たときもこの門から街へと入った。その時と異なるのは、今は開門しており外の景色が一望できる状態だった。
「あの時は夜だったし、何がなんだかわかんねぇ感じだったけど、街の外ってこんなんだったんだな」
「そうね。これはこれでいい景色よね」
二人の眼前には、北の平原とその先のオウルベアの森へ続く一本の街道。そしてその街道の周りにはそよ風になびく若葉色の草木。特別な何かがあるわけではない。しかし豊かな自然に包まれた、のどかな風景だった。
「シンとディアーナじゃないか!」
風景を見入っていると、聞きなれた声が二人の耳に入ってきた。
「ダンキンさん!」
「あら、ダンキンじゃない」
声を掛けてきたのはオウルベアの森で二人を助け、この街での生活の手段を得る面倒まで見てくれたアヴァグトゥの門番統括、ダンキン・ダウナーだった。 ダンキンは着込んだぴプレートメイルをガチャガチャと鳴らしながら、二人の下へと歩いてきた。
「元気そうだな。この街での生活は慣れたか?」
「お久しぶりです、ダンキンさん。その節はお世話になりました。やっと少しずつ冒険者稼業にも慣れて来ました」
「それは何よりだ。今日はどうしたんだ? 街の外に出かけるのか?」
「そうよ。これからスライム討伐に行くの」
ディアーナが慎の代わりに返事をする。答えを聞いたダンキンは少し驚いたような表情を見せると、破顔し口を開く。
「おお! そうか、討伐依頼っていうことは二人ともクラスアップしたんだな。気をつけていくんだぞ。ここ最近、ゴブリンどもの動きが活発になってるみたいだしな」
「はい! わかりました。ありがとうございます。行ってきます!」
「行ってくるわ!」
二人はダンキンに見送られながら門をくぐる。街道に出ると、同じ冒険者や行商に向かう者、馬車に乗り合わせ他の街へ移動する者、他の街から訪れた者など様々な人々が行き来していた。
「よし! 行くか!」
「そうね!」
二人は平原を目指す。日差しは暑すぎず、風も心地よい。依頼が無ければ小高い丘でも探して食事をとってもよいような天気だ。
「天気がよくてよかったな。こっから平原まで結構あるしな」
「足元わるいんじゃ、時間かかっちゃうもんね」
目指す北の平原までひたすらに歩く。陽はまだ頭上でさんさんと大地を照らしている。この分なら余裕を持ってスライムのいる北の平原に辿り着けそうである。
道中、別の依頼を受けたであろう冒険者や、数台の馬車とすれ違いながら歩くこと半刻。
「やっとついたわね」
「ここが北の平原か」
二人の目の前には、見渡す限り緑の絨毯につつまれた広大な平原が広がっている。奥には二人がこの世界に始めてやってきたときにいたオウルベアの森が見える。
「……っ!」
ディアーナがあたりを見回し、ふとオウルベアの森の方向へ視線を送ったときだった。何か懐かしいような、郷愁的な不思議な感覚に襲われ、思わず森をじーっと凝視していた。
「どうした、ディアーナ?」
慎がディアーナの様子を不思議に思って声を掛けるが、ディアーナは変わらず森を眺め続ける。
「ディアーナ?」
ディアーナは慎の呼びかけに我に帰り、頭を軽く振って森を見るめるが、その不思議な感覚は消え去っていた。
「……なんでもないわ。ところで慎」
「なんだよディアーナ」
「スライム、どこにいんの?」
心地よい日差しと、風に揺れる草花が奏でる音色が響く。二人の目の前にはだだっ広い平原が果てしなく広がっている。
「……わかんね」
「こっから探すの?」
「しかねぇだろうな」
二人は顔を見合わせて、大きなため息をつく。この広大な平原の中からスライムを探さなくてはならない。
「見る限りスライムっぽいのなんかいないんだけど……」
「そう言ってもなぁ……生息地なんだから普通に居ると思うんだけど」
草花は素知らぬ顔で風に揺れ続けている。いくら生息地とはいえ、そう易々と見つかるとはどうにも考えにくい。と二人が考えているその時だった。目の前に生い茂る草ががさがさと不自然に揺れた。
「ディアーナ!」
「わかってる!」
慎は剣を、ディアーナは弓矢を構え目の前の茂みを見据える。この平原はスライムの生息地ではあるが、他の魔物が生息していないという情報はない。目の前に何が飛び出してきても対応できるように、二人は臨戦態勢を取る。
茂みのゆれが激しくなる。
「くるぞ!」
「ええ!」
そして、遂に茂みから何かが飛び出してきた。飛び出してきた何かは、二人の目の前でぼよんぼよんと跳ねて転がっている。
「えっと……」
「これが、スライムなの?」
「そうみたいだな……」
茂みから飛び出してきたのは捜し求めていたスライムだった。何か危険な魔物が現れるのではと武器を構えていた二人であったが、スライムを見て拍子抜けしてしまう。
スライムはそんな二人の事情などお構いなしに、そのまん丸で水色の身体をぶるぶると震わせ、身体の下に生えている草を食べている。
「これ、倒せばいいの? なんかすごくやりづらくない?」
「あの真ん中にある紅い核を持って帰ればいいんだけど……やりづらいな」
スライムは二人に攻撃するでもなく、黙々と食事を続けている。そんなスライムを突き刺し、核を回収する。明確な敵意を持って攻撃してこない分どうにも戦いづらさを感じてしまう二人であった。
しばらくスライムを眺める二人。スライムは相変わらずもしゃもしゃと草を食べている。
「……はぁ。でもしょうがないわよね。依頼があれの納品なんだもの。やらなきゃ」
「そうだな。いつまでもこうしてるわけにはいかないよな」
二人は気持ちを切り替え、武器を構える。
「食事中に悪いけど、その核いただくぜ!」
慎はリムリックに教わったことを思い出しながら、剣を引き、勢いを乗せて全力でスライム目掛け突きを放つ。スライムの身体に当たった瞬間に回転を加えることを忘れない。
取った。と慎がそう思ったときだった。
ぶるん。
「へ!? おわ! ちょっ!」
慎の剣はスライムの身体の表面を滑り、あらぬ方向へ受け流されていた。予想外のことに対応が遅れ、慎は剣を突き出したままバランスを崩し、前のめりに転んでしまう。
スライムはぼよんぼよんと跳ねて転がるが大したダメージを受けた様子も無く、再び自身の身体の下に生える草を貪り始めるのだった。




