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アーツ

「結構人がいるんですね」


「覚えたてのアーツの特訓したり、模擬戦したり、いろんな奴がいるからな!」


 慎とディアーナは、リムリックに連れられて冒険者協会(ギルド)の隣にある訓練場に来ていた。


 訓練場には藁を束ねて作られた案山子を相手に技を磨く者もいれば、お互いに木剣で打ち合う者、魔法の訓練をする者など、様々な冒険者で溢れていた。


「さて、んじゃあの案山子にやって見せるからよ、良く見てろよ?」


 そう言うとリムリックは一つの案山子を選び、5、6歩ほどの距離を開けて対峙する。


 腰の長剣を右手ですらりと抜くと、身体を開き左手を前に突き出す。右手は顔の横くらいの高さまで上げ、突きを放つように長剣を構えた。


「スライムってのは、真ん中に核があんだけどよ、その核を貫くと仕留められるんだよ。こんなふうに、な!」


 リムリックは軽く力を込めた言葉とともに地を蹴ると、案山子に向かって鋭い突きを放つ。リムリックの長剣は藁束の案山子をいとも容易く貫き、案山子の背から剣の刃が突き出ていた。


「速っ! てかすげぇ、あの案山子にあんなに刺さるもんなのか……」


「やるじゃない!」


 慎とディアーナは目の前の光景に驚き、感嘆の声を漏らす。藁で編まれているとは言え、その軸には木材が使われており、そう安々とは貫ける代物ではない。貫けたとしても剣の鍔までは刺さらないだろう。つまり、リムリックの突きがそれほどまでに鋭く、威力があったということだ。


「はは! 伊達にDクラスじゃないぜ? まぁここまでじゃなくても、速く鋭くを意識して、インパクトの瞬間に回転を加えて突ければ倒せると思うぜ」


 リムリックは笑いながら長剣を軽く払い、剣に着いていた藁を振り落とす。


「速く、鋭く……」


 慎はリムリックの言葉を反芻する。


「てか、そんな風に突き刺したらスライムの核駄目になっちゃうんじゃないの?」


 慎が物思いに耽っていると、ディアーナが横から口を挟んだ。確かに、スライムの討伐は討伐自体が目的ではなく、スライムの核の納品が目的である。納品対象を突き刺してしまっては無価値になってしまうのではないかと危惧するのも当然だ。


「その心配はないぜ! スライムの核って結局すり潰して利用するからよ。炎とかでよっぽど品質が変化してなきゃ大抵の場合は問題ないぜ!」


 剣で突き刺して真っ二つ、という程度であれば物の価値としてはほとんど影響が無いようだ。


「ふーん、そんなもんなのね」


「そんなもんさ。実践前にそこいらの案山子で少し練習したほうが良いかもな! あんま時間とっても何だしこれで終わりに……あ、そうだ! 最後にアーツ見せてやるよ!」


「アーツ、ですか?」


「そうそう。これが使えりゃ一撃よ!」


 そう言うとリムリックは再び案山子の前に間を空けて立つと、先ほど同様に突きを放つ体勢を取る。


「んじゃ行くぜ? ……ペネトレイト!」


 次の瞬間、慎とディアーナの目の前からリムリックは消え、案山子の後ろに着地していた。


「は? え?」


「一体何が……って、ちょっと慎! 案山子見て!」


「案山子? おわ!? なんだあれ!?」


 何が起きたのか分からなかった二人だったが、リムリックがアーツを放ったであろう案山子を見て驚愕した。


 案山子の胴体部分が円形に抉られ、今にも崩れ落ちそうな状態になっていたのだ。


「すげぇだろ? 今のがさっきの突きを昇華させたアーツ、『ペネトレイト』だ!」

 

 リムリックは得意げに胸を張ると、腰に下げた鞘に長剣をしまう。


「突きとか斬撃とか、そういう攻撃とかの錬度を上げ続けると昇華してアーツとして習得できるんだよ。これがあればスライムなんて――」


「明らかにオーバーキルですね~そんな一撃スライムに打ち込んだら核ごと弾けちゃいますよ~?」


 饒舌なリムリックを、間延びした女性の声が遮る。慎とディアーナは声がした方向に視線を向け、リムリックはびくりと肩を竦め振り返る。


「げっ! レイシュ!?」


 三人の視線の先にはローブで頭を覆った一人の小柄な女性が立っていた。レイシュ・ポウト。リムリックが所属する冒険者チームの魔法使いだ。菫色の髪と瞳をもつ愛らしい獣人の女性である。頭の上には狼の耳があり、ローブの下からでもその耳がぴんと立っていることが分かる。


 レイシュは両手で杖を抱き、にこにこと朗らかな笑顔を浮かべているが、えもいわれぬ威圧感がその身体から発せられている。笑顔の奥に見える鋭い犬歯はギラリと輝き、ローブの裾から覗く狼の尻尾も毛が逆立っている。どうやら非常に機嫌が悪いようだ。


「リムリックさん~? 何をしているんですか~?」


「あ、いや、これはだな、スライム討伐のコツをね? 実際見たほうがね? 分かるかなって」


「そうですか~。今日は買出し当番でしたよね~? 覚えてますか~?」


「え、も、もちろん覚えてる――」


 リムリックがそこまで言うと、レイシュはカンッと杖で地面を鋭く突く。リムリックはびくっと身体を震わせる。相変わらずレイシュはにこにこと笑顔を浮かべているが、対するリムリックは冷や汗がだらだらと流れていた。


「だったらなんでこんなとこにいるんですか~?」


「……すいません」


「謝る必要はないですよ~? 明日からのゴブリン討伐の準備と荷物運び、お一人でしていただくだけですから~」


「ひ、一人で!? メンバー五人分を!? そんな無茶苦茶――」


 レイシュは再び杖で地面を突く。甲高い音が再度響き渡ると、リムリックは口を閉ざす。


「何か、文句でも~?」


「……ありません」


 レイシュは魂の抜けたようなリムリックを一瞥すると、慎とディアーナに向き直る。


「どうも~シン~。うちの馬鹿リーダーがお邪魔しました~。迷惑じゃなかった~?」


「だ、大丈夫です。リムリックさんにはいろいろ教えてもらってたんですよ。邪魔だなんてとんでもない!」


「ふふ~シンは気遣いできるいい子ですね~」


 その穏やかな口調とほんわかした雰囲気と溢れ出る母性。小柄なのにどこか自分よりとても大きなものに包まれる安心感を感じ、慎は照れくさくなってしまう。


「い、いえ、そんなことないですよ」


「照れてる~? そんなとこも可愛いね~。それじゃ~いつまでも邪魔するわけにもいかないからもう行くね~」


 口元を押さえながら悪戯っぽく笑うレイシュは、リムリックの襟首を掴むとそのままずるずると引き摺って訓練場を出て行った。


 そんな光景を見ていたディアーナが不意に口を開く。


「慎ってば、ああいうのがタイプなの?」


「は!? いやいやそう言うんじゃないって!」


「ふ~ん。ま、そういうことにしといたげるわ」


 ディアーナはにやりと笑い、慎をからかう。


「ちょ!? 違うからな! くっそ! とりあえずちょっと練習したら平原行くぞ!」


「はいはい。わかったわよ」


 慎は適当な案山子を見つけると、リムリックから教わったことを思い出しながら突きの練習を繰り返すのだった。ディアーナはそんな慎の様子を見守りながら、自身も弓の練習を始めるのだった。


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