スライムについて
翌日、二人は冒険者協会を訪れていた。
「おはようございます、シン様、ディアーナ様。おや、お二人ともその篭手は?」
依頼と教習の相談をしようとカウンターに向かうと、図らずもエニスの方から声を掛けてきた。
「ああ、これですか? 昇級祝いって言ってガラドさんが作ってくれたんです。ホント、頭が上がんないですよ」
「昨日会ったばっかなのにね」
そう答える慎とディアーナの左手には、白い菱形の物体が鱗状に取り付けられた篭手が装備されていた。エナメル質の光沢を放つその篭手は昨日ガラドに預けていたビッグマウスの前歯から作られた逸品だった。
二人は冒険者協会に来る前に、言われたとおりに朝にカリガライン武具店を訪れていた。店には目の下に隈を作ったガラドが二つの篭手を用意して待っていた。
――久しぶりにいいものが出来た。興が乗っちまった。俺はこれから寝る。
どうやら徹夜をして仕上げたらしい。二人に篭手を預けるとそのまま店の奥に引っ込んでいったのだった。
そんな顛末をエニスに話すと、
「ふふっ。随分とガラドさんに気に入られましたね」
手で口元を隠しながらくすくすと笑う。
「初対面でオーダーメイドしてくれるなんて、相当ですよ? 人付き合いは苦手な方ですけど、この街の鍛冶師協会随一の腕の持ち主ですから」
「あー、そうなんですね。それは……大体ディアーナのお陰ですかね」
慎は隣のディアーナにちらりと視線を移す。当のディアーナはきょとんとして首をかしげている。自分が弓を簡単に扱ったことでガラドに気に入られたという自覚が無いようだ。
「そうなんですか? シン様も頑張らないといけませんね」
エニスは微笑みながら茶化す。慎は苦笑いを浮かべながら、
「善処します」
と答えるので精一杯だった。
ひとしきり慎をいじって満足したのか、エニスは軽く咳払いをすると真面目な口調で話を変える。
「ところで、今日はどうされますか?」
「依頼受けようと思うんですけど、お勧めの依頼とかありますかね?」
「そうですね……今はこれといったものが……お勧めとも言いがたいですが、スライム討伐くらいでしょうか」
「スライム……」
スライム。慎がいた世界では、いわずと知れた雑魚魔物の代表格。ゲームや漫画の中でしかその存在を知らない慎だが、その出で立ちはいずれもねばねばした粘性体であったり、ぷるぷるしたゼリーやグミのような形状をした魔物だ。
「ねばねばしたりプルプルしてる魔物ですか?」
「そうですねぇ。プルプルと言うより、強いて言うならばぶるんぶるんでしょうか」
「ぶ、ぶるんぶるん?」
「はい。ぶるんぶるんです。動きものろくて危険な攻撃はしてこないんですが、いかんせん攻撃が通りづらいですね」
「な、なるほど……」
「スライムの核は錬金や調合など様々な用途があって、常時依頼版に張り出されております。まずは1匹の討伐依頼を受注することをお勧めいたします」
そう言ってエニスは協会に設置されている依頼版を差す。だがここで慎は疑問に思う。慎の中ではスライムは雑魚魔物だ。エニスの話を聞いていた限りでも特に危険度が高いわけではなさそうだ。
しかし、エニスは1匹の討伐依頼を受けろと言った。雑魚であれば苦も無く討伐できるはずであり、わざわざ1匹の依頼を勧める理由が分からなかった。
「1匹、ですか? スライムって弱い魔物なんじゃないんですか?」
「弱いですよ。雷や炎の魔法なら一撃です。ただ、物理攻撃で倒すためにはコツがいるみたいで、恐らく1匹倒すのにも相当時間がかかると思います。スライム討伐の依頼は駆け出しの方が武器の扱いをおさらいするのに最適なんですけど、討伐数が多くて間に合わずに失敗、なんて話もザラなんですよ」
「そうなんですね……因みにそのコツっていうのは?」
「私の専門ではないので詳しくは存じ上げませんが、どうやら刺突に弱いみたいですね。あとはお知り合いの冒険者の方に聞かれたほうがよろしいかと思いますよ」
「突き、ですか……わかりました! ありがとうございます! 他の人にも聞いてみようと思います」
一通り話し終えると、慎とディアーナは所狭しと依頼が掲示された依頼版からスライム討伐の依頼を探す。
「あ、これじゃない?」
ディアーナが慎の肩をぽんぽんと叩き、一枚の依頼を指差すした。
依頼クラス:Eクラス
依頼内容:スライムの核の納品 至急必要なため日没までに納品すること
納品数:1個
報酬:3000ウェルズ 追加1個につき1000ウェルズ
「これだな。日没までか……」
慎は僅かに思案する。スライムは危険度は高くないが、討伐にコツと慣れが必要な魔物のようだ。初討伐でどの程度時間がかかるかまったく見当がつかない。
今から受注してスライムが生息していると言われる平原まで移動し、討伐する。流石に日没までに間に合わないと言う事はないだろうが、期限が長いものを選んだほうが無難だろう。
だが、他を探してみてもスライム討伐依頼はあっても、討伐数が2以上で期限が短いものばかりで、ちょうど良いものが見当たらなかった。
「仕方ないか。これ受けようぜ」
「日没まででしょ? まだ時間あるじゃない。なんとかなるわよ」
最悪の場合、依頼失敗を考える慎対し、ディアーナは暢気に答え、べりっと依頼をはがしてエニスのところへ持っていってしまう。
慎は苦笑いしながら、その背中を見送っていた。
「よ、シン! なんだ、スライム討伐するのか?」
ふと、背後から慎に声を掛ける人間がいた。
「あ、リムリックさん! おはようございます。ええ、スライム討伐の依頼を受注しようと思ってたところです」
冒険者の先輩であるリムリックだった。冒険者協会に顔を出しているうちに顔見知りになり、酒を飲み交わす間柄になってからは、何かと慎の世話を焼いてくれる人物だった。
「懐かしいなー! 俺もEクラスのとき結構受けてたぜ! 最初の頃なんか、たかがスライムって舐めてたら失敗しちまってよ、あの時は参ったなー!」
リムリックはその垂れた目で遠くを見つめながら、芝居がかった仕草で過去の自分の失敗をあっけらかんと話す。
「リムリックさんがですか?」
「おう。まぁ駆け出しも駆け出しのときだけどな」
「スライム討伐ってそんなに時間かかるんですか?」
「初めてだと結構かかるかもな」
「刺突に弱いって聞いたんですけど、ただ突き刺すだけじゃ駄目なんですか?」
「あー確かに突きに弱いんだけどよ、アーツのな、突き技で、ええっと……あー、めんどくせぇ! 口じゃ説明しにくいから訓練場行くぞ!」
リムリックはがしがしと頭をかいて叫ぶ。そこに、依頼の受注を終えたディアーナが戻ってきた。
「あら、リムリックじゃない。何してるのよ?」
「お、ディアーナちゃんか! ちょうど良い。これからシンにスライム討伐のコツを伝授してやろうと思ってな! ディアーナちゃんも来るだろ?」
「いいけど、さっさと終わらせてよね。今日中にスライムの核とってこないといけないんだから!」
スライムの核の納品は今日の日没まで。訓練場で悠長に訓練していたのでは期限に間に合わないかも知れない。依頼に失敗すれば違約金を払わなければならない。借金を抱えている二人は、それだけはなんとしても避けなければいけなかった。
「大丈夫大丈夫! すぐ終わるって! そんじゃ行くぞ!」
リムリックはそう言って慎を訓練場に引っ張っていく。ディアーナはその後ろについて同じく訓練場を目指すのだった。