クラスアップと昇級祝い
街は夕陽に包まれ、人々は家路についていた。
ビッグマウスの討伐を終えた慎とディアーナは、討伐証明の尻尾を冒険者協会のエニスに渡して達成報告をしていた。
「お疲れ様です。初討伐で7匹はすごいですね! こちらが報酬とお預かりしていた協会証になります」
エニスはプレートに報酬である6000ウェルズと二人の協会証を乗せて持ってくる。
「ありがとうございます」
慎は銀貨を受け取り、懐の硬貨入れにしまう。僅かな硬貨の重さでさえ手にずしりとくる。ビッグマウスとの戦闘で想像以上に腕に負担がかかっているらしい。
「初討伐は堪えましたか?」
「そうですね。想像以上でした……」
「それも経験ですよ。でもこれで晴れてEクラスですね。どうぞ、ステータスの確認してみてください。レベルも上がっていると思いますよ」
エニスに言われ、慎とディアーナは協会証を握りステータスプレートを呼び出す。
名前;シン・イチジョウ
レベル:3
年齢:18
種族:人間
ジョブ:冒険者
冒険者クラス:E
アーツ:-
補正スキル:剣術(微)
スキル適性:騎乗
称号;女神を名乗るイタい女の保護者
名前:ディアーナ・イチジョウ
レベル:4
年齢;18
種族:人間
ジョブ:冒険者
冒険者クラス:E
アーツ:-
補正スキル:弓術(小)
スキル適性:光魔法、闇魔法、治癒魔法、自然魔法、弓術
称号:女神を名乗るイタい女
「ホントだ、レベル上がってる! クラスもEになってるわね」
「そりゃ、クラスアップ試験達成したからな。あ、なんかスキルも習得してるみたいだな」
「魔物を倒した経験が魂に刻まれて、スキルとして発現したんですね。これからは剣や弓を扱うときに補正がかかって扱いやすくなると思いますよ」
ビッグマウスの討伐は正直なところ必死すぎて、慎にとっては経験になったのかどうか判断が難しいところではあったが、こうしてスキルという形で目の当たりにすると一つのことを成し遂げたのだという実感が沸いて来る慎であった。
「これで明日からはEクラスの依頼が受けられるってことよね?」
「そうですね」
「これで借金返済に一歩近づいたわね」
ディアーナの言うとおり、明日からはEクラスの依頼を受けることができる。Eクラスとなれば報酬もFクラスよりは高額だ。着実に借金返済への道を歩む二人だった。
「お疲れ様でした。今日は早めにお休みすることをオススメいたします」
「そうですね、そうします」
初めての魔物討伐依頼は成功だった。だが、ディアーナはともかく慎は最下級の魔物相手にお世辞にも上手く立ち回れたとは言い難い結果であり、課題も浮き彫りになった一日だった。
ともあれ、二人とも今日は疲労困憊だ。早めに休養を取るというエニスの提案を素直に受けいれたほうが懸命であろう。
慎とディアーナはエニスに別れを告げると冒険者協会を後にする。
「あーあ、疲れた~。さっさと宿に戻りましょ」
「あ、その前にガラドさんとこちょこっと寄って良いか? すぐ済むから」
冒険者協会を出て歩き出したところで、慎が思い出したかのように声を上げた。
「いいけど、下水道で集めてた鼠の素材持ってくの?」
「ああ、何かに使えるかなーって」
下水道でビッグマウスを討伐し、尻尾を集め終わったあと、体力の回復した慎はビッグマウスの前歯を7匹分集めていたのだった。最下級の魔物とはいえその前歯は思いのほか硬質であり、何かの素材に使えるのではないかと踏んだのだ。
「珍しいものもってこいとは言ってたけど、鼠の前歯なんて珍しくもなんともないんじゃない?」
「まぁなぁ。でも何かには使えそうなんだよなぁ。だめもとで持ってってみようぜ」
「まぁいいけど」
ディアーナは特に深い興味も無い様子で返事をした。二人は連れ立ってカリガライン武具店を目指す。時間は夕暮れ時。街の石畳に影法師が伸びている。
しばらく歩くと、二人はカリガライン武具店に到着した。店からは僅かな灯りが漏れており、鎚を打つ甲高い音が微かに聞こえてくる。どうやらガラドはまだ店で作業をしているようだ。
「すいませーーーん!」
慎は朝とは違って声を張って、店の奥にいるであろうガラドに呼びかける。
慎の声が響き渡ると続いていた鎚の音が鳴り止み、しばらくするとのそのそと店の奥からガラドが現れる。
「どこのどいつだ、もう店じまい……なんだ、シンとディアーナか」
店に現れた人物に怒鳴りかけて、相手が慎とディアーナだとわかるとガラドは怒気を引っ込める。
「何しに来た?」
「実は、ビッグマウスの前歯がいくつかあるんですけど、何かに使えないかなと思って相談に来ました」
「ああ、鼠野郎の前歯か。珍しくもなんともねぇが……とりあえず見せてみろ」
ガラドはぶっきらぼうな口調で催促する。店も終わろうかという時間の相談であるにもかかわらず話を断らない辺りやはり根はいい男のようだ。
慎は言われるがまま荷物袋からビッグマウスの前歯を取り出しカウンターに置く。白色の四角い物体はごとりと音を立ててカウンターに鎮座する。音からも分かるとおり相応の硬さを持っていることが伺える。
「まあまあだな。クラスアップ試験でも受けたのか?」
「え? はい、そうです。でも、なんでそれを?」
「駆け出しとビッグマウスの組み合わせなんざ相場が決まってる。昇級祝いだ、こいつを使って無料でオーダーメイドで作っといてやる。明日の朝また来い。」
ガラドはそう言ってカウンターに置かれたビッグマウスの前歯を乱暴に鷲づかみにし、木箱に仕舞う。
「いいんですか!?」
「昇級祝いだっつったろうが。次からは金取るぞ」
「ありがとうございます!」
慎は勢い良く頭を下げる。ガラドはつまらなそうにそっぽを向いて鼻を鳴らすが、どこと無く嬉しそうな様子であった。
ガラドに礼を言った慎とディアーナは軋む扉を開き、カリガライン武具店を後にする。
「頼んでみるもんね」
「まったくだな。ガラドさん様々だな」
「にしてもガラドってば意外とお人好しよね」
「だよな! 最初はおっかなかったけど、面倒見いいよな」
二人はカリガライン武具店を看板を見つめながら、不器用な店主の不器用な優しさに感謝して笑いあう。と、店の中から
「うるせぇぞお前ら! 聞こえてんだよ! 誰がお人好しだ!」
古い扉を打ち破らんばかりのガラドの怒号が飛んできた。
どうやら会話を聞かれていたらしい。二人は一瞬肩を竦ませるが、すぐにそれがガラドの照れ隠しだと気づくと、くすくす笑いながら歩き出すのだった。