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装備調達

 夜が明けて、朝露が木々の葉や草花を濡らす時間。早朝はまだ少し肌寒い空気が支配している。


 慎とディアーナは冒険者協会(ギルド)の扉の前に立っていた。


「おっし! 行くか!」


「そうね! さっさとこなしてクラスアップよ!」


 慎は協会の扉をゆっくりと押し開ける。ぎぎぎ、と軋んだ音を鳴らし木製の扉はさしたる抵抗も見せずに開いていく。奥に見えるカウンターにエニスの姿が見える。朝早くから依頼(クエスト)の整理や事務仕事をこなしているらしい。


 二人はずんずんと歩いて行き、エニスがいるカウンターの前に立つ。


「おはようございます! エニスさん。クラスアップ試験、受けに来ました」


 慎に声を掛けられたエニスはぺこりとお辞儀をすると、にっこりと微笑んだ。


「おはようございます。やる気十分ですね! 少々お待ちください」


 カウンターの下をなにやらごそごそと探るエニス。引っ張り出したのは、依頼掲示版(クエストボード)に張ってある依頼書と同じ様式の紙だった。ただひとつ違うのは、右上に「試験用」の文字が刻まれている、試験専用の依頼書だということだ。


「これがクラスアップ試験用の依頼になります」


 依頼書には以下のように記されていた。


 依頼クラス:Eクラス

 依頼内容:街の下水道に生息するビッグマウス討伐 

 討伐数:5匹

 報酬:5000ウェルズ 追加討伐1匹につき500ウェルズ

 

「このビッグマウスっていうのを5匹討伐すればいいんですね?」


「そうです。討伐達成証明にビッグマウスの尾を本日中に5本納品していただきます」


 依頼内容としては単純な魔物討伐だ。報酬は破格の5000ウェルズ。しかも追加で討伐すれば1匹につき500ウェルズまで支払われる。受けない手はないが、報酬がいやに高いのが少し気になる慎であった。


「5000ウェルズにしかも追加討伐報酬って、結構破格だと思うんですけどビッグマウスって厄介なんですか?」


「大きい個体で1メートルほどでしょうか口が大きいねずみ系の魔物です。ビッグマウスの由来ですね。すばしっこいくらいでそれほど手を焼くことは無いと思いますよ。金額が高いのは昇級祝い込みだからですね。2回目以降は3000ウェルズ、追加討伐報酬は250ウェルズになります」


「そういうことですか。わかりました」


 協会からの駆け出し冒険者への粋な計らいとでも言うことだろう。初回達成報酬のみ高額に設定されているようだ。


 必要な情報を聞き終えた慎とディアーナは協会を後にする。早速討伐に向かいたいところではあったが、その前に立ち寄らなければいけない場所があった。


「ディアーナ、お前、武器何か使えるのか?」


「私は弓ね。『狩猟』の権能はないけど何とかなるでしょ」


「俺は……やっぱ剣かなぁ」


 そう武具店である。ビッグマウス自体、そこまで驚異的な魔物というわけでもなさそうだが、素手で倒せるほど甘いわけでもないだろう。なけなしの金で武具を調達する必要があった。


 呉服店の失敗を繰り返さないために、協会推奨の店を教えてもらい、二人はその店を目指す。


 やや薄暗かった街も陽が昇るに連れて明るさと活気を増し、通りには人の往来が増えつつあった。


 二人は目的の武具店に辿り着く。看板にはカリガライン武具店と書かれていた。


 慎は店の扉を押し開け、店内を見回した。小さい店内には様々な武具が展示されている。壁には高級そうな装飾を施された剣や短剣、無骨な斧といった武器が掛けられており、安そうな武器は傘立てのような筒に雑多に詰め込まれて置かれている。プレートメイルや盾といった防具も並べられていた。


「すいませーん!」


 店の中は武具は展示されているものの、人の気配がしなかった。きょろきょと店内を見回した慎は店の奥に向かって声を上げた。ディアーナは店の中にある弓のコーナーを熱心に見つめていた。


「あぁん? なんだ、お前ら?」


 慎の声が聞こえたのだろう、店の奥からのそのそと体格のいい筋骨隆々のドワーフの男が現れた。kの店の主人だろうか。男は慎の前に立つ。頭二つ分くらいの身長差があり、慎は男を見上げていた。


「あの、ぼ、冒険者協会にこのお店を紹介してもらって、武器を買いたいん、です、けど……」


 男の迫力に圧され、しどろもどろに話し始めた慎。慎の言葉を聞き、男はじろりと二人を一瞥するとぶっきらぼうに口を開く。


「なんだ、客か。クラスは?」


 どうやらこの店の店主のようだ。


「えっと、Fです」


「駆け出しじゃねぇか。お前、武器使ったことあんのか?」


 店主は見下ろすように慎を睨みつける。当然のことながら、今までの人生で武器を扱ったことなどない。刃物など、料理をするときの包丁か鋏ぐらいが関の山だ。どうやら気難しそうな店主のようだ、下手にごまかすよりは正直に答えたほうが身のためだと思った慎は正直に答える。


「いえ、特には……」


「チッ……そっちの嬢ちゃんは?」


 店主は不機嫌そうに舌打ちすると今度はディアーナに尋ねる。ディアーナは飾られている弓を興味深げに見ながら答えた。


「弓なら扱えるわ。ここに飾ってあるの手にとって見てもいいの?」


 そう言ってディアーナは壁に掛けてある弓を指差す。そこには美しく磨かれた木材と輝く絹糸のような弦が張られた弓が飾られていた。大きさはディアーナの身長よりやや短いといったところか。


「見るのはかまわねぇが、その細腕でそこの弓は引けねぇだろ。こっちの短弓にしろ」


「見るのはいいのね? ちょっと見せてもらうわよ」


 店主はディアーナの申し出が無謀なものだと思ったらしい、別の扱いやすそうな弓を勧めてきた。だがディアーナは店主の言うことを無視し、壁に掛けてある弓を手にとる。


「ふん。好きに――!?」


 自身の忠告を聞き入れないディアーナに対し諦めたようにため息をついた店主であったが、次の瞬間信じられない光景が店主の目に飛び込んでくる。


「ふぅん、まぁまぁね」


 ディアーナが軽々と弓を引いていたのだ。引き心地を確かめるようになんども弓を引いては弾くを繰り替えすディアーナ。店主はあんぐりと口を空けていた。


「じ、嬢ちゃん、ナニモンだ? その弓はCクラス冒険者でも扱うのがままならない奴がいるような代物だぞ?」


「は? 月の女神たる私にしたら、このぐらいの弓どうってことないわ。他のも見せてもらうわよ」


 次々と展示されている弓を手に取り物色し始めるディアーナ。店主は理解できないものを見るような眼でその光景を見守るしかなかった。


「ま、まぁ、嬢ちゃんの方は問題ねぇみてぇだな。おい、お前……あー、名前は?」


 急に声を掛けられた慎はびくりと肩を竦ませて返事をする。


「は、はい!? し、慎です」


「シンか。こっちにこい。お前でも使えそうなもん見繕ってやる」


 そう言って店主は剣が置いてあるコーナーへとずんずん歩いていく。慎も言われるがままその背についていく。


「こいつは……素人にゃ難しいか……こっちは……」


 店主はぶつぶつ言いながら、雑多に詰め込まれた様々な剣を取り出しては戻す。そんなことを何度か繰り返した後、ようやく納得の行く一振りが決まったらしい。一つの剣を携えて慎に向き直った。


「おい、こいつを持ってみろ」


 店主は無造作に剣を慎に手渡す。両手で剣を受け取ると、その重みでバランスを崩しそうになる慎。


「ったく、その程度でよろよろしてんじゃねぇ! こう持つんだよ!」


 店主は呆れたようにぼやき、慎の面倒を見る。剣など持ったことがないのだからしょうがないだろうと思いながらも、慎は改めて渡された剣を握り、自身の目の前に掲げる。


 特になんの変哲もない、鋼鉄の剣。これといった特徴があるわけではないが、その分癖がなく扱うことが出来そうだ。


「素人にゃそれで十分だろ。下手に癖のある武器もっても戦えねぇだろうしな」


「そう、ですね」


 正直なところ、慎には剣のよしあしなどわからない。であれば、店主が勧めてくれたものを特に断る理由がないが、問題なのは金額である。勧めてくれはしたがそもそも買えのかが気がかりだった。


「でも、俺たちあんまり金持って無くて……」


「知ってる。この店に来る駆け出しに金なんざ期待してねぇ。その剣も出来としちゃいまいちだ。そんなんでたけぇ金はとらねぇ」


 店主は慎と目を合わせることなく淡々と話す。慎が持つ剣がいまいちの出来らしい。慎からみれば立派な剣ではあるが、職人である本人にしかわからないこだわりがあるのだろう。慎は余計な口を挟むことはせず、ただ剣を眺めるだけだった。


「慎も決まったのね。私はこれにするわ」


 わずかに弾む、機嫌のよさそうな声が響く。弓を手にしたディアーナだった。慎と店主があれこれやり取りをしているうちに一通り弓を物色し終え、結局最初に見ていた弓に行き着いたようだ。


「これにするって……それ、いくらすんだよ?」


 慎が心配するのも無理は無い。安物のように雑多に保管されて居わけではなく、きっちり展示されていた商品。弓本体はしっかりと磨き上げられており、弦も美しく煌いている。素人目に見ても良い物だと言うのがわかる。


「そいつは……そうだな、10000ウェルズだ。物はいいんだが、情けねぇことに扱える奴がなかなかいなくてな」


 どうやら売れ残ってしまっているらしい。値引いて10000ウェルズと言う事なのだろう。店主としてはこだわりを持って作った武器を安易に値引きたくは無いようだが、ものが売れなければ商売がなりたたない。不本意そうに唇を尖らせていた。


「10000……」


 思ったほど高くはない。高くは無いがそれでも今の二人にはおいそれと手が出せる金額ではなかった。


「……嬢ちゃん、それがいいのか?」


 逡巡する慎をよそに、店主は低い声でディアーナに問う。


「嬢ちゃんじゃないわ。ディアーナよ。私はこれがいいわ」


 対するディアーナも店主の目を真っ直ぐに見つめてはっきりと答えた。しばらく沈黙が続いた後、店主が破顔し、にっと歯をむき出しにした。


「気に入った! ディアーナ。それ売ってやる。あと好きな胸当てと……おいシン! お前の武器、鎧もあわせて10000ウェルズでいいぞ」


「え!? いいの!? ありがとう!」


「その代わり、なんか面白い素材が手に入ったら真っ先に俺のとこにもってこい。加工してやる」


 なにやら慎を置いてけぼりにして話が進んでいるようだ。いい方向に纏まったのだから文句はないのだが、蚊帳の外にいる慎としてはどうにも釈然としない思いであった。しかし、武具が一式10000ウェルズで揃うのだ、そこまでの値引きをしてくれた店主に頭を下げないわけにはいかない。


「ありがとうございます! えっと……」


 と、礼を言おうとして慎はこの店主の名前を聞いていないことに気づく。その様子を察したのか、店主が口を開く。


「ガラドだ。ガラド・カリガライン。鍛冶師をやっている。シン、お前もディアーナに負けてんじゃねぇぞ。もちっと鍛えたら来い。そしたらお前に合う武器、また見繕ってやる」


 ガラドは相変わらずのぶっきらぼうな口調で言い放つ。態度はそっけないがディアーナに忠告したり、慎の武器を見繕ったりと面倒見はいい男らしい。


「はい、ガラドさん! 武具一式、ありがとうございました」


 慎も、最初はその図体と態度で恐怖心を抱いていたが、根はいい男なのだと気づくと恐怖心はいつのまにかなくなっていた。

 

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