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働いたあとの

 それから二人は必死に働いた。ある日は薬草を摘みに街はずれの丘に足を伸ばし、またある日は王都からやって来た荷馬車の荷物運びを手伝い、またある日は崩れかかった石壁の修繕作業に参加した。


 そうこうしているうちに20日近くが経とうとしていた。


「くっはー! 働いた後の麦酒は旨いな!」


「あぁー! 本当ね! このために生きてるって感じだわ!」


 二人は冒険者協会(ギルド)の食堂で麦酒を呷っていた。本物のエールとはかけ離れた粗悪な酒だが、働いたあとの身体に染み渡る感覚は安酒だろうとそこに違いは無かった。


 週に一度の働いた後の麦酒。これが二人の間での決まりごとになっていた。この世界では十五歳からが成人であるため、酒を嗜むことに口を出す人間もいない。


「これで一杯50ウェルズってんだから、ありがたい話だよな」


 粗悪品なだけにかなりの安さだが、そもそも本物のエールなど高価すぎて到底手が出ない。今の二人にとってはありがたい値段であった。


「よう! ディアーナちゃん! また店手伝ってくれよ! 女の子が居ると華があるんだよな!」


 声を掛けてきたのは街の大通りに露店を出す串焼き屋の親父だった。親父も協会の食堂で食事にありついていたようだ。


「ふふん! 串焼き一本くれるのなら考えてもいいわよ!」


「串焼き一本で働いてくれるのなら安いもんだぜ! ディアーナちゃんがいると売り上げ倍なんだよ!」


「流石私ね!」


 この街で働いて三週間。どうやらディアーナは街の人間たちと上手くなじんでいるようだ。若干なじみすぎて本当に元女神なのかと疑いたくなるほどに俗っぽさが増していることは、触れてはいけないのだろう。


 対する慎はというと、慎は慎で仕事仲間や飲み仲間があちこちにいる。元来物怖じするような性格ではなく、わりと誰とでも話すことできる慎はすぐに街の人間とも打ち解けていた。


「シン! 今度また飲もうぜ! 俺が奢るからよ!」


 慎に声を掛けてきたのはDクラス冒険者のリムリック・ヴァルトだった。軽鎧に長剣を腰に差した三十半ばくらいの男だ。普段はパーティーで行動しているのだが、どうやら今日は一人のようだ。


「是非! ありがとうございます! リムリックさん」


「いいってことよ! Dクラス冒険者の俺からすりゃ酒の一杯や二杯どうってことないぜ! きょうはちょっと用事あるからよ! 悪いな!」


 リムリックも食堂に慎がいるのを見て、声だけかけに来たようだ。自分も随分となじんだものだなと、感慨深く思いながら麦酒を呷る。苦味と炭酸がのどを通り抜ける感覚がなんともいえない爽快感を演出する。


「っぷは。明日、どうするよ? ディアーナ?」


「んー、そうねぇ……」


 ディアーナは離れていく親父に手をひらひらと振りながら、フォークで腸詰を突き刺しながら頬張る。口の中で腸詰が弾け、肉汁があふれ出す。


「はふっ、あひたは、やくほうへもふみひひほうはひら」


「食ってから話せっつの」


 腸詰をもごもごさせながらしゃべるディアーナに呆れる慎。ディアーナは薬草摘みにいくらしい。つんできた薬草の数に応じて報酬が支払われる。Fクラスでは悪くは無い依頼だ。さて自分はどうするか。などと考えていると、ふと聞きなれた声が耳に入ってきた。


「悩むまでもないと思いますけれど?」


「エニスさん! 悩むまでもないってどういうことですか?」


 声を掛けてきたのはエニスだった。いつもの職員の制服ではなく私服に布の袋を肩からかけている。どうやら仕事が終わり、帰宅するところだったようだ。そのエニスが悩むまでも無いと口にした。最初、慎はエニスが何を言っているのか分からなかった。


「シン様、ディアーナ様。お二人とも今日の依頼でFクラスの依頼達成数いくつになりました?」


「あっ!」


 そう言って慎はすぐさまステータスプレートを確認する。そこには、



 達成記録:Fクラス 20



 の文字が確かに刻まれていた。ディアーナも言われるがままプレートを呼び出しし、同じく達成記録が20になっていることを確認する。


「エニスさん、これはつまり?」


「はい。明日、クラスアップ試験を受けることが可能です。というかクラスアップを忘れるって、どれだけ街に馴染んでるんですか」


「依頼こなしてるうちに街の人と仲良くなっちゃって……Fクラスの依頼も悪くないかななんて」


 エニスは肩を竦め、冷ややかな視線を慎に送る。慎は後ろ頭をぽりぽりとかきながらさっと目を逸らしていた。


「Fクラスにとどまるのも自由ですけれどね。ただ、借金返済できないと……わかってますね?」


「うぐっ! それはもう!」


「でしたらいいんですけど。クラスアップどうするか、考えておいてくださいね。それでは、私はこれで」


 エニスは軽く会釈をすると、くるりと振り返って協会の出口の方へと歩いていった。纏められた栗色の髪が、エニスの歩に合わせてふわふわと揺れていた。


「ディアーナ」


「ごく、ぷはっ! なによ?」


 慎とエニスが話している間もディアーナは腸詰を食べたり、野菜の酢漬けを食べたりしていた。今も口の中に溜め込んでいた食べ物を麦酒で流し込んで、慎に返事をしたところだった。そんな様子をみて慎は頭を抱える。


「お前は……話、聞いてたか?」

 

「聞いてたわよ。クラスアップ試験でしょ? やってやろうじゃないの」


 食べ物に夢中かと思えば、意外にも話を聞いていたらしい。クラスアップ試験にやる気を見せるディアーナであった。


「わかってんなら話は早いな。明日、試験受けようぜ」


「オーケー! そうと決まればさっさと食べて宿に戻るわよ! 慎!」


 ディアーナはグラスに残っていた麦酒を豪快に飲み干すと、さっと席を立ち上がり帰り支度を始める。


「ちょ、ちょっと待てって! 俺まだ食ってない!」


 宿に帰ろうとするディアーナを見て焦った慎は、目の前にある自分の皿に残っている腸詰や酢漬けをかっ込み麦酒で押し流す。


「明日が楽しみね! 行くわよ! 慎!」


「わ、わかったから、ちょっと待てって!」


 意気揚々と歩き出すディアーナに慌てて着いていく慎。明日はクラスアップ試験だ。今日は早めに休むために、二人は宿へ向けて歩を進めるのだった。

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