後悔先に立たず
「お二人ともよくお似合いですよ」
ウェックスは手を揉みながら、媚びたような笑みを浮かべわざとらしく褒め称える。
「……ありがとうございます。じゃあ、あとはこれをお願いします」
胡散臭く思いながらも、慎はつなぎをウェックスに手渡す。つなぎが手から離れる瞬間に一抹の寂しさを感じるが、それでもここで買い取ってもらわなければ今着ている服の代金さえ払えない。慎は頭をかるく振り、寂しさを振り払う。
「それでは査定させていただきます。少々お待ちください」
ウェックスはつなぎを広げ、隅々を調べ始めた。その様子を見ていたディアーナがおずおずと慎に話しかける。
「……よかったの?」
「何が?」
「その、服、売っちゃって……」
「まぁ、しょうがないだろ」
どこか申し訳なさそうに話すディアーナを不思議に思いながらも、慎はこともなげに答えた。
「そう……よね」
なにか言いたげではあったが、結局言葉にすることはせずそれきりディアーナは黙りこくってしまう。慎は様子のおかしいディアーナに頭を捻りながらも、査定が終わるのを待つしかなかった。
ウェックスはつなぎを裏返したり、軽く引っ張ったりしている。強度や痛み具合を調べているようだが、その目つきは真剣そのものだった。胡散臭さはあるものの、服飾や衣服に関しては意外に誠実に向き合っているのかもしれない、などと慎が考えていると当のウェックスはつなぎを丁寧に畳み、慎に声を掛ける。
「お待たせいたしました。査定が終わりましてございます」
どうやら査定が終わったようだ。はやる気持ちを抑え、慎は問う。
「それで、いくらでしょう?」
「そうですね……ところどころほつれや破れがありますが非常に生地が丈夫で良い物です。買取が2000ウェルズ、ご購入いただく商品が1500ウェルズで差し引き500ウェルズのお返しでいかがでしょう?」
この世界での衣服を手に入れられた上に僅かではあるが軍資金も得られる。500ウェルズあれば今日の食費くらいにはなるだろう。慎達には断る理由がなかった。本音を言えばもう少し高く買い取ってもらえればこれからの生活が楽にはなるのだが、贅沢は言ってられなかった。
「じゃあそれで――」
「ちょっと待ちなさい!」
「ど、どうしたんだよ?」
商談が成立したかと思ったその時、ディアーナが声を張り上げた。慎はぎょっとして思わず隣を見る。
「……私の、これはいくらで買い取れるの?」
そう言ってディアーナは抱えていた自身が着ていたドレスをウェックスに差し出す。
「お、おい! 別に無理に服売らなくても……」
「いいのよ! それにあんたのあんな顔見せられて、女神たる私が甘えっぱなしってわけにいかないのよ!」
慎が時折見せる寂しげな様子にディアーナは耐えられなかった。本来庇護すべき人間に助けられ、甘えっぱなし。挙句、もとの世界との唯一の繋がりさえ捨てざるを得ない状況になってしまった。対して自分は何もしていない。そんなのは女神たる己の矜持が許さなかった。
「ま、まあ、ディアーナがいいならいいけど……」
ディアーナの気迫に圧され、慎はそれ以上は何も言わなかった。
「お話は纏まりましたでしょうか?」
「ええ」
「では失礼して」
ウェックスは今度はディアーナの服を受け取った。服を手にし調べ始めた瞬間、ウェックスは目の色を変える。
――な、なんだ、この服は!? 酷く薄い生地を使っているにもかかわらず強度が尋常じゃない。その上透けることもないだと!? しかも縫い目が見当たらない!? こんなものが存在するのか!?
ウェックスは驚愕し息を呑む。だが、ここで動揺を露にしてしまえば自分に有利に商談を持っていくことが出来なくなってしまう。ウェックスは努めて冷静に査定を続けた。
「それで、ど、どうなのよ?」
ディアーナは居丈高に口を開くが、どこかそわそわした様子も見受けられる。慎に大口を叩いた手前、自分の服の査定結果が気になるのだろう。ウェックスがその様子を見逃すことはなかった。
「とても素晴らしいドレスです。古着ということを加味しても、それなりの値段……6000ウェルズでいかがでしょうか?」
「ふ、ふん! まぁまぁね!」
「6000、ですか……」
ディアーナは胸を張って鼻をならすが、慎は少し考え込むような様子を見せる。ディアーナのドレスが高価なものだと言うことが見れば明らかだったからだ。6000ウェルズは慎のつなぎの三倍だが、もう少し買い取り価格を引き上げられるのではないかと考えていた。
「ふむ、では25000ウェルズでいかがですか?」
「2、25000!?」
慎の様子を伺っていたウェックスはダメ押しとばかりに一気に値段を吊り上げてきた。一度に25000もの大金が手に入れば借金返済やこれからの生活に必要なものの頭金には十分だ。
「じゃ、じゃあそれでお願いします!」
「こんどこそ商談成立ですね」
慎とウェックスは握手を交わし、買取の手続きに入るのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ありがとうございました、今後ともご贔屓に」
呉服店の扉に取り付けられた呼び鈴が再びけたたましい音を立てる。二人の冒険者を見送ったウェックスは店内でほくそ笑んでいた。
「オーナー、相変わらずですねぇ」
店員が雑多に積まれた生地や衣服を畳みながら淡々と話しかける。
「んー、なんのことですか?」
「そのドレス、25000どころじゃきかないですよね?」
店員が指差す先には、ディアーナが売っていったドレスがカウンターの上に置かれていた。
「そうですねぇ。10万、いえ100万は固いですね。出すとこに出せばさらに値段がつくかもしれません」
ウェックスはドレスを丁重に扱いながらこともなげに答えた。
「ぼろもうけですね。冒険者さんかわいそ~」
「なにを言いますか。満足されてたではないですか。それに、商売とはそういうものですよ」
ほっほっほと店内に陽気な笑い声が響く。
後日、冒険者協会でエニスに「ドレス買取にだされたんですか。10万ウェルズはくだらなかったんじゃないですか?」と言われ、二人は買い叩かれたことに気づくのだが、時すでに遅し。その頃にはドレスは手の届かない状態になってしまう。この件を契機に商談に臨む姿勢を考え直した慎は、いい勉強になったとこの日の出来事を胸に刻むしかないのだった。