単発SS 「初恋のひと」
「……あら」
「どうした」
木枯らしが吹き抜ける寒い冬のある日。墓地には一組の老夫婦が訪れていた。息子の眠るお墓の前に立ち、ふと夫人は声を上げた。
「ほら、見て。私の言った通りだったでしょう」
「…ああ、そうだな」
少し嬉しそうに弾む夫人の声と驚きに満ちた夫君の声が風と舞う。二人の視線の先にあるのは、彼らの一族のお墓。その花立に掛かり瑞々しく咲き誇る一束ほどの花たち。
「時々こうしてお花があるのよ。一体どなたが生けて下さるのかしら」
夫人の手が愛でるように花に差し伸べられる。それに応えるように、するりと朝露が夫人の手に滑り落ちた。
「さぁな…住職も違うと言うし、きっとあいつの友達がきてくれているんじゃあないか」
普段より幾分穏やかな声音で夫君は思い馳せる。その中でも手は休むことなく蝋燭を立て、香炉に線香を焚きつける。
「そうかしら…。私はそうは思わないわ」
そう返す夫人は花束の中に、控えめながら確かに差し込まれた一輪の花を見つけていた。
「きっと、あの子にも素敵な人がいたのね」
急に思い立って、一つだけ足したような。満足に茎もない。ただ花だけを花束の中に隠して置いたように、その花は他の花々の茎の間に挟まっていた。
あまりにもささやかで、見逃してしまいそうなそれは。
「ほら、ベゴニアの花だわ」