-序章- *閉ざされた森にて ???
伸びをしようと、ゆっくりと体を起こした。すると、それに伴って苔や草木が持ち上がり、ガサガサと音を立てる。それに驚いた鳥達は慌てて飛び上がる。
また驚かせてしまったな、あとで謝ってやらなければと、肩をすくめた。
そうすると、再び草木が揺れる。今度は誰も飛び去りはしなかったが、しばらくの間、木々のざわめきが余韻として残った。
しかし、それが止むと森はまた静かになった。鳥のさえずり、虫の鳴き声、動物の仲間を呼ぶ声。植物が風に撫でられる音、川のせせらぎ。
耳障りでやかましい音など一切しない、落ち着いた空間が戻ってくる。
と思ったが、今度はまた別の理由でそれは切り裂かれた。
『何度言えばわかるんですか、急に動かれたらびっくりしますよ』
頭上から降ってくる、もう何度目かもわからないお小言に思わずため息を漏らす。
「わかっているとも、しかし仕方ないだろう」
少し体を揺らしただけのつもりが、彼らにとっては大地震と化す。その認識の差異がどれだけ大きいかお前はわかっていないのか。
『えぇ、わかっていますとも。でも、それでもせめて声をかけてくださいな。小さな者共に気を使ってください』
声が近づいてきたかと思うと、眉間のあたりに何かが止まった。気をつけろだとか、気を使えだとか言う割には、自分は悪げも無く人の顔に乗るのだからなんで説得力のないやつだ。
暫くののちに、逃げてしまった鳥達が戻ってくる。彼らもまた、我が身に止まり、羽を休ませる。
それからさらに暫くすると、苔や木の実、止まった虫をついばみ始める。なんとも不躾ではないか。もっとも、我よりはるかに小さな彼らが何をしようと、文字通り痛くもかゆくもないのだから構いはしないが。
角や尻尾についた虫を取ってくれるのは、まぁありがたいと言えばありがたいのだし。
『聞いておられますかな、主様よ』
バササッと羽音が響くと、目の前を紺碧色の物体が横切る。
それは一度我の頭上でくるりと旋回すると、我の鼻先で華麗なホバリングを披露する。
と言っても、我に鼻らしい鼻などないのだが。
我の前でパタパタと羽ばたく者...澄み切った青空のような、深い青色の羽根をした小さな鳥は、むすっとした様子でこちらを見据えていた。
「聞いているとも」
疑いの眼差しを向ける彼は、我の御付きの鳥。
我は御付きなどいらんと何度も言ったのだが、それは小さな説教をされなくなってから言えとさらに叱責されてしまい、未だに御付きとしてつきまとわれている。
主様と呼ばれ、崇められてはいるが、こう毎日のようにお小言を言われてわどちらが上の者かわからなくなってしまう。もう少し静かにしてくれれば助かるのだが...。
『それと、主様はもう少しこの森の長としての自覚をお持ちになった方が良いですよ』
お小言が長くなってきたな、こうなるとなかなか終わらないのだ。早くお説教から逃れてゆっくりと昼寝でもしたいところなのだがな。
『だから主様、聞いておられますかな』
「聞いているとも」
再び同じ問答を繰り返す。
我と御付きとでは、十数メートルと体格差がある。力の差も歴然としているし、何より我は長だといわれている。なのにこのようでは、森の長というものはどれほどに窮屈で威厳のないものなのだろうかと、常々思わされるのだった。