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いかなる空模様よりも不機嫌である男がそこにいた。
誰とも口をきかない。誰とも関わらない。誰とも目を合わせない。それだけを心がけ、ひたすらに存在感を殺す毎日。やろうと思えば簡単なことだ。おかげでクラスメイトは誰も自分を気にしない。教師はひどく扱いに苦慮しているようだった。
それでいい、と思う。放っておいてくれてよかったし、そのためにこうしているのだ。このまま背景と溶けてグチャグチャに混じって消えてしまえばいい。自分はその程度の存在なのだから。
薄暗い、誰もいない教室。時刻はもう六時過ぎだ。寝ぼけまなこを擦りながら窓の外へ視線を向ける。野球部だろうか。非常にやかましいが、エネルギーに満ち溢れているのが伝わってくる。「生命力」という観点で考えたとき、自分と彼らの間には雲泥の差があるだろう。
そろそろ校舎に鍵がかかる時間だ。もう帰らなければならない。うめき声をあげながら体をほぐす。首がとても痛い。かばんに手をかけ、立ち上がろうとした時、視界の端を何かが横切った。同時に、左半身に寒気が走った。
何だ、今のは。ボーっとしていた思考が本能的な危機を感じ、急速にクリアになってゆく。
何かと、目が合った。何か、いる。そう認識したときには、もう、そいつは目の前にいた。
嫌な汗がじんわりと滲み出す。誰かの瞳がすぐ目の前で俺をのぞき込んでいる。その視線は目を逸らすことを許してくれなかった。呼吸すら忘れてしまうほどの息苦しい沈黙が続く。思わず喉を鳴らしたその瞬間
「私が見えるみたいね」
目の前の女は口元を不気味に歪めた。




