工場防衛・挑戦級 後編
「ここに八人のプレイヤーがおるじゃろう?」
フガフガとした口調で、ユーミルが俺に向かって告げる。
面倒そうなノリだったが、無視するのもかわいそうだったので乗ってみる。
「はいはい、わかっていますよ。この中からひとり――」
「この中から、五人のプレイヤーを選ぶんじゃ」
「――五人もいいんですか!?」
どこかで聞いたような会話から始まり、即座に脱線していくユーミル。
脱線というか、状況にあったアレンジと言えなくもないけれど。
「うむ。そして候補の八人の中には、お主も含まれておる」
「!?」
「そしてワシもじゃ」
「!?!?」
雑談していたメンバーからの視線も集まったところで……。
ユーミルはエア髭を撫でる動作を、俺は驚いていた顔を戻す。
「……はい。ってことで五人はイベント参加、三人は待機です」
「ワシ――じゃない、私は行くからな! 残り四人!」
「なんです? 今の小芝居」
細かいことはともかく、意図は伝わったはずだ。
今回は助っ人込みで十人、とはいかなかったので五人が出撃。
三人はお休みということにする。
「そういうことなら、私はお休みしまーす」
「えー……今回の形式だと、回復と攻撃を兼ねるシエスタちゃんは最適なのに」
神官の均等型は、回復と魔法攻撃の両方を行使可能な職だ。
バフ・範囲回復などは支援型に劣るが、二つの役割を平均以上にこなすことができる。
そう、平均以上だ。
「そういう面倒が嫌で、尖っていない器用貧乏風味の職を選んだんですけどねー……なんでちゃんと強いんです?」
だから、シエスタちゃんの言うように「器用貧乏」ではなく後衛としては「万能」に近い。
パーティの攻撃力を落とさずに回復の手を増やしたい、という時には特に重宝される存在だ。
「こういうゲームで、自分の職の強さに文句を言っている人……初めて見たでござるよ」
「俺も。弱い、上方修正しろ! とか言う人はいっぱい知っているけど」
あるいは他が強すぎる下方しろ、というやつだな。
TBにはこれまで、極端な職性能のバランス調整は入っていない。
初期に弓術士が強いと言われたくらいで、そこまで大きな声が上がったこともない。
種類も数も多い継承スキル関連では、さすがに色々と不満が出るだろうが……。
それはまだ、少し先の話であろう。
場所は移って――いないが、先程までと比べて人数は減っている。
参加を表明しなかった三人は、生産活動などをしに拠点に帰っていった。
止まり木のメンバーとも合流して、畑や家畜などの様子を見に行ってくれるそうだ。
「……よし。体力が有り余っているバトル組、集合ー!」
「はい!」
「うむ!」
「拙者……参上!」
「余っていませんが、はい」
俺を含めた元気のある四人、リコリスちゃん・ユーミル・トビ――と、最後にちょっと元気のないリィズ。
この五人で、工場防衛の挑戦モードを攻略していくわけだが……。
「……大丈夫か? 顔色は……普通だけど」
リィズが心配である。
貧血を起こしている時の顔ではない。
ただ、少し疲労の色が見える。
「大丈夫です、ハインドさん。チョコ作りに全力だったので……体力はありませんが、気力は残っています」
「お、おう」
「今日は……いえ、可能ならいつも、常になのですが。今日はなるべくハインドさんと一緒にいたいので。参加します、気力で」
疲れを押してまでやることではないと思うが……。
リィズにとっては大事なことなのだろう。
俺としては帰って休んでもらいたいが、そう決意のこもった発言をされると難しい。
「気力だけで動くな! 妖怪め!」
「リィズ殿……ハインド殿絡みの時だけ気力無限になるの、ガチで怖い」
「本当に大丈夫ですか……?」
「好き勝手に言ってくれますね。リコリスさん以外の二人、後で覚えていなさい」
気力エンジンで稼働しているからか、恨み言も真に迫っている。
しかし、ちょっとふらついている気がしたので再確認。
「……倒れたりしないよな?」
「平気です。平気ですが……ハインドさんが私を心配してくださっている。その事実だけで、今また気力が回復しました。全快です」
「いや、あの、体力……まあいいや。無理な時は言えよ? 遊んでいて倒れたとか、本末転倒だからな」
「はい」
こういう時、強引に休ませようとしても、あまりいい結果にならないことは知っている。
……仕方ない。
明日は消化が良くて、栄養価の高い食事でも用意しよう。
「そしたらパーティリーダーのリコリスちゃん。そろそろ始めようか?」
「はい!」
そんなわけで、リコリスちゃんが入り口横にいるチョコ精霊に話しかけて任務を受領。
目標低め設定の、エンジョイ系戦闘が始まった。
戦闘開始から数分後。
「――OK、増援なし。第三ウェーブも、これで終了だな」
ここまでのステージ構成は、地獄級からあまり変化がないようだった。
五人の内の三人が初見ではないということもあり、スムーズに進行している。
「はっはっは! 余裕!」
「パーティが上手く機能していますね。悪くない感触です」
「はい! いい感じでした! 動きやすかったです!」
「そうでござるなぁ。偶然とはいえ前衛三、後衛二で安定感抜群では? 火力はちょっと不足気味でござるが」
と、低火力の一因であるトビがパーティバランスを評する。
それに反目したのは、ダメージディーラーのユーミル。
「あ? 私の火力に不満でも?」
「ち、違うでござるよ! ええと、ええと……ハインド殿、お助けをぉ!」
「休んでいる三人入りに比べると、今は防御寄りの構成って話だろ? 文句とかじゃないぞ」
「む、なんだそうか」
俺のフォローに、トビが胸を撫で下ろす。
パーティを火力重視に寄せるなら、当然だがタンクを一人ないし0人にするのが望ましい。
引き換えに、今の戦いのような安定感は捨てることになるが。
「ふむ、このまま狙うか! ランク1位!」
「1位は難しいけど、下のほうにランクインは狙えるかも――来たな」
工場内が暗くなり、不穏な空気が立ち込める。
ボス登場の演出だ。
入口付近を吹き飛ばしつつ、現れたのは……。
「のおおおお! 熱い! 熱い! なんだこいつ!」
地獄級で出現したのと同じ『灼熱の巨人』だ。
マグマで構成された体は炎を纏っており、地を揺らしながらゆっくり前進してくる。
「なんだこいつ! ……じゃねえのよ。敵情報は教えただろうが、さっき」
「鳥頭が」
「ユーミル殿、さすがに拙者も引く……」
「ひどくないか!? ちょっと気が動転しただけなのに!」
「ユーミル先輩、バトンタッチです! 私が抑えますから、横から攻撃してください!」
「た、頼む! リコリス!」
リコリスちゃんが盾で抑えに回り、ユーミルが攻撃に転じる。
トビはこちらの回復に負担がかからない程度にチクチクと、リィズはデバフだ。
数回斬ったところで、手応えのなさにユーミルが眉をしかめる。
「――なんだこいつ!? 体力無限か!?」
「ああ。こいつに与えたダメージ量で順位が決まるみたいだ」
「倒せないのか!? それはそれとして……前進は止めないといかんのだが!」
巨人はダメージを与えると動きが鈍くなるが、工場内のチョコ精霊たちに向かって進み続けている。
一定時間毎に足を止め、拳で周囲を薙ぎ払うような攻撃。
それから力を溜めた後、強い熱波を放ってくるというパターン。
攻撃していない時は熱で周囲にスリップダメージを与えつつ、前進という流れだ。
「押すなぁぁぁっ! 溶ける! チョコが溶ける! 私も溶ける!」
「ユーミル、ノックバックが大きいスキルを使え! ……リコリスちゃん!」
「はい! 妖精さんたちとチョコと、ユーミル先輩たちは私が守ります!」
「り、リコリス……! 少し見ないうちに強く頼もしく、そして欲張りになって……!」
欲張りは余計な気もしたが、ともかく。
特攻があるのか、リコリスちゃんの『シールドバッシュ』を受けると巨人は大きく仰け反ってさがる。
動きの大きい薙ぎ払いにはカウンターを、そして遂にはタイミングの難しい熱波攻撃にもカウンターを合わせ始める。
リコリスちゃん、本当に成長して……。
サーベル捌きも、バウアーさんの指導を受け続けているだけあって堂に入っている。
「拙者も忘れないでほしいでござるよ!」
トビも前回の経験を活かし『影縫い』で短時間だが動きを止める。
そして今回は、特に行動阻害が得意なリィズがいる。
デバフで速度を下げ、重力で更に鈍化させてと……巨人に対する拘束力は抜群だ。
「――デバフ適用、全て完了しました。今が好機です」
「みんな集まれ! 熱のスリップダメージはエリアヒールで誤魔化す! ――ユーミル、バフも乗っけた! 殴りまくれ!」
「よっしゃぁぁぁぁぁっ!!」
場が整った上で、ユーミルが完全にフリーな状態になる。
視界内に表示されたダメージカウンターが一気に跳ね上がった。