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工場防衛・挑戦級 前編

「工場防衛にイクゾー!」


 と、チョコ受け取りが終われば、ユーミルがそう言い出すのはわかっていた。

 俺だけでなく、その場の全員がである。

 なので……。


「キタゾー!」


 スムーズにイベントステージに移動したのだった。

 バレンタインは今日で終わる。

 しかしチョコ精霊たちの工場は、もうちょっとだけ稼働の予定だ。


「ヤルゾー!」

「先輩。ユーミル先輩……さっきから、なんで片言(かたこと)なんです?」

「久しぶりの戦闘だから、嬉しいんじゃない?」


 長い付き合いなので、ユーミルの「暴れたいゲージ」が上がっているのが見える。

 生徒会の事務作業や業務が続いたため、その反動なのだろう。

 発散方法はリアルでの運動の他、アクションゲーム、格闘ゲーム、シューティングゲームなどが有効だ。

 昔から変わらない。


「ウデガナルゼー!」

「奇抜な喜び方ですねー……」

「素直に変って言っていいよ」


 シエスタちゃんは、その様子にやや戸惑っているが。

 今回のイベントは、調理場への突破を図る相手を一方的に殴れるケースも多い。

 悪い言い方をすると、サンドバッグ化する敵がいるのだ。

 ユーミルの気分にも合致するだろう。


「……!」


 と、ここで黙ってチャレンジモードのランキングページを見ていたトビが息を飲んだ。

 その後、やや不満そうに唇を尖らせ、一覧を上下に動かす。

 喋っていないのに、表情がうるさい。


「すー、ふぅぅぅぅ……」


 続いて、深呼吸をしてから手で表情筋を解すようにグニグニ。

 メニュー画面を閉じてから、もう一度深呼吸。

 表情をフラットに、怒りを消して無を取得。


「………………」

「……どうした?」


 トビの変な動きに対し、場の全員の注目が集まる。

 それから、トビは穏やかな表情になり一言。


「にこっ」

「にこって口で言ったんですが」

「不気味だな……」


 いつもならスルーするところだが……。

 あまりにも不気味だったため、なにがあったのか()くことにした。


「……で、なにがあった?」

「……」

「……」

「……。にこっ」

「それはもういい」


 作った笑顔でランキングを見ろと(うなが)してくるので、俺はそれに従った。

 ……ランキング上位がセントラルゲームスの名前で埋め尽くされている。

 それがトビとしては気に入らない模様。


「ああ……古参として、舐められたくないってことだな? それで怒りを――」

「わかってる、わかっているでござるよハインド殿! 今回がエンジョイ系イベントで、みんなガチじゃないことくらい! だから他の古参勢も、控えめなやり込みで……でもさああああ!」

「――(おさ)えきれていないじゃねえか。叫ぶな」


 ランキングが存在するというだけで、もう競いあわずにいられないゲーマーの(さが)か。

 運営から見ると、お手軽で扱いやすい上客だろうなぁ、トビのようなやつは。

 セゲムが全力なのは……まあ、動画の再生数っていう普通のプレイヤーにはないリターンがあるからだろうな。


「でも今回は拙者、怒らなーい。張り合わなーい。なぜなら!」

「……なぜなら?」


 もう充分、怒りを(あらわ)にしていた気もするが。

 言葉に合わせて、トビが胸の前で手を組む。

 それから、(ひた)るように目を閉じ……。


「なぜなら総合的には、幸せなバレンタインだったから……!」

「局所的に嫌な思いをしたことは、隠し切れていない感想……ですね」

「微妙に含みがあってむかつくな」

「同感です」


 祈る乙女のようなポーズのトビに、リィズと一緒に冷たい視線を送る。

 なんだろうな?

 来年も大騒ぎするのが確定しているような、そんな嫌な予感を感じさせる。


「そうだ! 贅沢(ぜいたく)を言うな! 去年までの惨状(さんじょう)を思い出してみろ!」

「去年……? うっ! 頭が!」


 トビ……秀平が今日一日、どんなバレンタインを過ごしたかは周知である。

 というか先程、本人が自分から話していた。

 佐藤さんからのチョコがよほど嬉しかったらしい。

 ――と、ユーミルがトビのトラウマを刺激したところで。


「まーまー、いいじゃないですかー。そういうことなら今回は、まったり系の攻略で?」


 手抜きの波動……もとい、エンジョイ系のプレイに行きそうな流れを、シエスタちゃんが鋭敏に察知する。

 流れを作ったトビは、メニュー画面を開き直してからそれに応じる。

 どうもイベント報酬を再確認しているようだ。


「……うん、ランキング報酬もそんな大した物でないでござるし。ハインド殿? どう?」

「いいんじゃないか?」


 運営としても、今回はチョコの受け渡し……要は、NPCとの交流がメインイベントという方針のようだ。

 工場防衛はオマケというか、ミニゲームに近い扱いに感じられる。

 ランキング報酬はもらえるチョコ精霊のチョコがいくつか増える、という程度だ。

 このアイテムの効果は『中級ポーション』相当である。


「ユーミル殿は?」

「む……私も、ランキングと聞くと上位を目指したくはなるが。ハインドがいいなら!」


 ギルドマスターの了解も得られたな。

 言質(げんち)を取ったということで、シエスタちゃんが小さくガッツポーズをする。


「じゃあ、今回は――」


 あ、そうそう。

 ギルドといっても、この場にはもうひとつギルドがある。

 俺はそちらの代表者に視線を向けた。


「――ランキングは程々に、最低限チャレンジモードクリアが目標ってことで。いいかな? リコリスちゃん」

「あっ……!」


 忘れそうになるが、ヒナ鳥はヒナ鳥で別のギルドである。

 そして、リコリスちゃんは今回のイベントキャラ『チョコ精霊』たちをいたくお気に入りだった。

 サイネリアちゃん、セレーネさんと話していたリコリスちゃんに確認を取る。


「はい! チョコ精霊さんたちを助けましょう!」


 チャレンジモードは最後に登場するボスに与えたダメージ量でスコアが上下するとのこと。

 つまり、道中の敵を倒し切ればクリア扱いになる。

 道中の敵も下の難易度より手強いとのことだが、可能な限りリコリスちゃんの願いを叶えよう。

 ……と、そうそう。

 もう一つ、挑むにあたって気にしておくことがあったな。


「――そうだ。せっかくだから、みんなには継承スキル縛りをお願いしてもいいか? ランクインすると、自動でリプレイ上がっちゃうみたいだし。念のため」

「あ、それいいでござるな」

「縛り? このタイミングでの縛りに、どういう意図があるのだ?」


 トビにはすぐに通じたが、ユーミルには駄目だったようだ。

 ……いや、リコリスちゃんもわかっていないけど。

 見回したところ、他のメンバーは大丈夫そうだ。


「どうせなら対人戦イベントで、相手を驚かせてやろうって話だよ。継承スキルは切り札になるから」

「メディウスをへこませるにしても、直接のほうが気持ちいいでござるしなー。協力求む! で、ござるよ」

「なるほど! そういうことなら我慢する!」


 まあ、ユーミルに「ランクインしないよう手加減」なんて注文はできないからな。

 それだったら、最初から使わないことでバレを防止しようという算段だ。

 ……こいつの火力だと、継承スキルなしでもランクインしかねないし。

 言うまでもなく、頻繁に更新してくれるセレーネさんの剣も一級品なので。


「このくらいやらないと、勝てない感触だったもんな。メディウスたちには」

「やつらの身体能力は並かそれ以下でござるが、スキル発動、位置取り、装備選びにシステム理解などは超一級でござる。昔、拙者とプレイしていたころより数段ヤバくなっていたし」

「ふーん。そんなものか?」

「ユーミルも、一度でも対戦してみたらわかると思う」


 こればかりは、実際に対峙(たいじ)してみないと伝わらないだろう。

 ゲームを人生の中心に置いている人たちだからな。

 プレイスキルの厚みというか、地力や対応力の高さに開きが感じられる。


「大体お前たち、そんなにメディウスを倒したがっていたか? いつからだ?」

「以前、決闘で完封されて負けたからな。割と屈辱(くつじょく)だった。やり返したい」

「思い出話もいいでござろう。ここからまた、新たに友誼(ゆうぎ)を深めるのも……しかぁし! それも全て、ボコられた恨みを晴らしてからだぁ!」

「そうか! よくわかった! 協力するぞ!」

「小さ――失礼。みんな、負けず嫌いですねー」


 ……ゲームを生活の中心にしている、という程度なら俺たちもそうだと言えるが。

 私怨(しえん)を晴らしにどこまでも追いかけるのもまた、ゲームの自由なところだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 防衛戦回!…に見せかけて打倒メディウスを意識した回 しっかり対人戦でリベンジするために継承スキル隠すのも分かる [気になる点] >佐藤さんからのチョコがよほど嬉しかったらしい 嬉しいだけ…
[良い点] シエスタちゃんすら引かせ、シエスタちゃんから毒・・・あっ、これたまにあるわ。
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