バレンタインinゲーム 後編
「「「おおー」」」
俺が受け取ることのできた『心のこもったチョコ』を、インベントリから出してみんなに見せる。
これはクラリスさんからのものだ。
彼女の好感度が高いのは承知の上なのか、それについて特にリアクションはない。
代わりに、チョコに対する感想が次々と飛び出す。
「宝石箱? 化粧箱? っぽい。チョコなのに!」
「歯が欠けそう」
「煌びやか!」
「ですが、低俗ではありませんね。むしろ上品です」
商会を象徴するようなチョコだった。
クラリス商会は雑貨品、化粧品、宝飾品などの取り扱いに強く、アクセサリー生産をメインにしているプレイヤーにとってはありがたい存在とのこと。
大陸の反対側、ルスト王国の宝石素材なんかも手に入るそうだ。割高だが。
時短には大変便利である。
「ハインド。アイテムとしての効果は?」
「HP・MP全回復だそうだ」
「え、エリクサー……」
「ああ。正直、使える気がしない……」
個数が限られているし、本当にそれくらいの希少性だ。
あまりに高い性能に、ユーミルも驚いている。
ちなみにチョコは種類を問わず全て譲渡不可、本人のみ使用可となっている。
「……ふむ。これで全部か?」
「……」
話が落ち着いたタイミングで、そうユーミルが切り出してきた。
なんだよ、その据わった目。
しかし鋭い……どうして一つじゃないとわかった?
不穏な気配に、俺はついつい手を後ろに回す。
そう来ると思わなくて、出しちゃったよ。もう一個のチョコ。
「……リコリィス! サイネリアッ!」
「はいっ!」
「は、はい」
ユーミルの下知に従い、二人が俺の背後に回る。
そしてチョコを持った腕を取り、前へと回す。
ああああ……。
「……」
「……」
クラリスさんからのチョコの横に、新たにチョコが置かれる。
そちらも劣らないくらい華美なチョコで、金の飾りが特に目を惹く。
「……誰からだ?」
ユーミルが威圧してくる。
発言こそしていないが、リィズも昏い目でこちらを見ている。
セレーネさんも、ちょっと悲しそうな目をしてくる。
シエスタちゃんは楽しそうに笑っている。
……逃げ場は、どこにもなさそうだった。
「王女様……ティオ殿下からにございます……」
「は?」
俺の答えに、不快そうな声を上げたのはユーミル――ではなく。
己が確保した魔界産チョコを嬉しそうに抱えていた、トビであった。
「有罪! 有罪でござるよ! なんで王族からチョコもらってんの!? 馬鹿なの!?」
強い語気から「俺は魔王ちゃんからもらえなかったのに!」という副音声が聞こえてくる。
しかし、これにも俺ではなく周囲からツッコミが入る。
「ティオ殿下は国家元首じゃありませんよ?」
「どのみち、お前が魔王からチョコをもらえたとは思えん! ジタバタするな! 論点がズレる!」
「うぎぃぃぃぃぃぃぃっ!! ぐやじぃぃぃぃ!」
「あっひゃっひゃっひゃ」
トビの眠らせていた悲しみがぶり返し、シエスタちゃんが邪悪な笑いを漏らす。
なんにせよ、一時的にでも矛先が逸れたことで緊張感が緩和された。
トビ、お前の犠牲は無駄にしない……! 俺は生きる!
そんなことを考えて逃亡を計ったものの、きっちり捕まって詰められた。
理由は「なんか気に入らないから」らしい。
然もありなん。
「大体お前、そんなに高かったか? ティオからの好感度」
「俺も、そこまで高いとは……スキルをもらえたことから、低いわけではなかったんだろうけど」
言ってはなんだが、殿下はチョロい。
故に好感度そのものは上がりやすいキャラであると言える。
「クラリスからと、どっちのチョコが嬉しかった? 正直に言え!」
「く、比べるものじゃないから……」
「フン! では、質問を変えてやる。TB現地人の年下枠の中では?」
「……一番かな」
「ほう。一番好きと」
「先輩、ああいうのが趣味なんですねー。一番ですかー」
「一番、放っておけないって意味だよ!」
将来、悪いやつに騙されないか心配だ。
TBがいつまであるのか、キャラの年齢が加算されるのか、諸々不明ではあるが。
「……言い訳させてくれ」
「聞いてやろう」
手を挙げての発言許可の申し出に、ユーミルが鷹揚にうなずく。
マメにティオ殿下のところに通っていた、それは認める。
しかし、俺がチョコを受け取れた理由は他にもあるのだ。
「ティオ殿下に関しては、他プレイヤーの認知度に差があるんだよ」
「認知度? あまり有名じゃない、という話か?」
ユーミルの言葉に、俺は肯定の意を返した。
ティオ殿下に関しては、妹ということで女王好きの間で話題に上がることはあるものの……。
積極的に関係を持たない限り『国別対抗戦』でしか目にする機会がない人物、ということになる。
「特に、ティオ殿下関係のクエストに問題がある。ユーミル、殿下の所属は憶えているか?」
「む? 確か……王宮戦士団だったか? そこの神官部隊とか聞いたような」
「そうそう。で、王宮戦士団関連のクエストって、国軍強化をやらないと一気に数が減るんだよ」
国軍のステータスが重要なイベント『国別対抗戦』は定例化されており、サーラ王国は大陸内で3・4位を行ったり来たりしている状態だ。
グラドとベリの二国が上にいて、他は横並びという勢力関係が続いている。
国軍強化クエストの報酬は中々だが、イベントに興味が薄いプレイヤーは触りもしないこともあるのだそうで。
「で、戦士団のクエスト窓口はミレス団長だ。すると、どうなる?」
「むっ!? プレイによっては、ティオに会う機会がまるでない!」
「そういうこと」
ティオ殿下の傲慢さが薄れる、という成長イベントは俺たちが済ませてしまった。
NPCの状態変化は不可逆なので、他のプレイヤーが彼女のそうした初期状態を知ることはない。
それはこのゲームのいいところでもあり、悪いところでもある。
よっぽどの有名キャラ以外、共有しにくいんだよな。
キャラクターのエピソードを。
「思うに露出が少ないから、穴場みたいになっているんだな。いいキャラしていると思うし、知れば人気も出ると思うんだけど」
「露出? あいつら王族の服装、充分過激だと思うが?」
「そっちの意味の露出じゃねえ」
「わー。先輩、エローい」
「そっちの意味じゃないって言ったよね!?」
先程から主に俺に絡んでくるのは、ユーミルとシエスタちゃんだが……。
リィズとセレーネさん、サイネリアちゃんからも、種々の感情を含んだ視線が飛んでくる。
そういう目でティオ殿下を見たことは一切ない……とは言わないが、そこまで厳しくしなくても。
「でー、そんなティオちゃまのチョコがこれですねー」
「……そうだね」
もし逆の立場……ゲームの男キャラ云々で女性陣が揉めた時は、寛容であろう。
そう心に決めつつ、俺は色々と諦め、シエスタちゃんの言葉と一緒にチョコに視線を落とした。
ようやく話題が切り替わる。
「豪華ですねー。チョコケーキかな? 金色の飾りがたくさん。職人に作らせた系ですかねー?」
「どうかな? 指導は入っているかもだけど。この辺のナッペとか、菓子全体のクオリティに対して甘いような……」
「つまり、部分的に手作り?」
「かもしれない」
仕上げのチョコのコーティングに関しては、ティオ殿下が手ずから行った可能性がある。
全部がそうではない辺り、ちょっと甘ったれな殿下の性格が出ていて面白い。
……なんというか、俺がもらった二つの『心のこもったチョコ』は、どちらも豪華絢爛だ。
「え? 待って。これ、もしかして一個一個チョコのデザインが違うのでござるか? すごくない?」
「気がついたか……」
発狂後、しばらく静かにしていたトビが目を見開く。
最高ランクに限った話ではあるが、チョコには贈ったキャラクターごとの個性があるようだ。
例えば、村娘のキャラクターならもっと素朴で手作り感のあるチョコをもらえるかもしれない。
「こうなると、他のキャラのチョコも気になるよな。後で掲示板を……」
「拙者は遠慮しておくでござる! 嫉妬で狂いそう!」
「……お前はお前でチョコをもらえたんだから、そのチョコを大事にしろよ」
トビだって短期間で『感謝のチョコ』を複数集められたのだから、戦果は上々だろう。
魔王ちゃんに関しては……まあ、少々かわいそうという気もするが。
「大体、発狂ならさっきしたでしょー? トビおじーちゃん」
「まだ足りないでござる!」
「もういいだろ……」
もう充分、笑ったり悲しんだり怒ったり、喜んだりしたはずだ。
そんなわけで、チョコレート関連についてはここまでということになった。