バレンタインinゲーム 前編
ゲームにログインすると『お気に入りのキャラに会って、チョコを受け取ろう!』というメッセージが表示された。
続けて、バレンタインチョコ受け取りの詳細説明となっているのだが……。
「余計なお世話だゴラァ!」
他のプレイヤーがキレていらっしゃる。
俺と同じようなタイミングで王都の広場にログインしてきたプレイヤーだ。
確かに、NPCの好感度を気にせずプレイしている人にとっては余計なお世話なのだろう。
「うっ、ううっ……」
そう思って横目で見ていたら、今度は泣きだした。
情緒不安定だな……彼に一体なにがあったのだろう。
「……ギルドホームに行くか」
現実でチョコを贈ってくれたみんなに、直接お礼を言わないと。
王都と王都の周囲は今日も騒がしい。
PK合戦・闇討ちも、決闘も今日が本番! といった様相である。
現に今も、広場では決闘が開催中だ。
巻き込まれるのは勘弁。
俺は広場を後にし、ギルドホームへと足を向け――
「え?」
――ようとしたところで、メールが着信。
内容を確認すると、チョコの受け取りをしてから集合! とあった。
差出人はユーミルで、ギルメンとヒナ鳥たちへ一斉送信のようだ。
「ああ、そうか……なるほど」
前回のログアウト地点がバラバラだったので、手間と時間の無駄を減らそうという考えのようだ。
気が利くじゃないか。
こういうところは、生徒会長をやっている経験が活きているのだろう。
「了解、と」
一斉送信への返信なので、ここは短文で。
決定ボタンを押してメニュー画面を閉じ、周囲を見回す。
「さて、どこから回って――」
「ぶっへぇ!」
「うわぁ!」
広場の決闘で負けたと思しきプレイヤーが、決闘フィールドを突き破って吹っ飛んできた。
普通なら起こりえない現象なのだが、人が多いせいか? 処理落ちか?
さすがに足元に転がってきた人を放っておくのもどうかと思ったので、声をかけて立ち上がらせる。
「だ、大丈夫ですか……?」
広場では、もう次の決闘が始まっている。
野次馬も多く、さながら祭りのような状態だ。
「あ、ありがとう……大丈夫だ」
「お、お大事にー……」
「畜生……負けた……負けた……」
負けたことで血の気が下がったか、男はフラフラと立ち去っていった。
前回ここでログアウトしたのは失敗だったな……人が多くて動きが取りづらい。
広場は安全地帯ではあるが、決闘可能な場所だったのを失念していた。
――それはそれとして、改めて移動開始だ。
俺は少し悩み……まずは、商店街へと足を向けるのだった。
「あ、おかえりなさーい」
「む、帰ったか」
「あれ?」
チョコ行脚を終え、ギルドホームの談話室に入って目にしたのは……。
待ちかねた、といった様子の女性陣。
もう少し遅かったら、生産活動なり戦闘なりに出かけていそうな雰囲気だ。
「トビ以外だと……俺が最後?」
「そりゃーそうでしょ。ウチで一番、NPCと熱心に交流しているのって先輩ですもん」
待ち時間が長かったせいか、シエスタちゃんはすっかりだらけモードだ。
そういえばこの子らから、気に入った男性キャラの話とかって聞かないな?
ゲームに対するスタンスは人それぞれだし、居たら居たで複雑な気持ちにはなりそうなので……。
あえて、自分からそれに触れる気はないが。
「私たちは商店街、それから城を軽く回って終了でした」
「あー、そっか。いや、俺も回った場所は似たようなもんだけどさ」
普段のNPCとの交流を考えると、リィズが言った通りのルートでほぼカバーが可能だ。
……その割に誰にも会わなかったけれど、単にタイミングの問題だろうな。
もしかしたら、最初から俺が最後尾だったのかもしれない。
商店街のキャラって、みんな話が長いしなぁ。
「でも、この“感謝のチョコ”の数は中々」
『感謝のチョコレート』は中ランクのチョコレートだ。
効果はHP・MPを五割ずつ回復と高い性能を有している。
成果を見せあっていたのか、それがテーブルの上に山積みになっていた。
「私たち、国への貢献度が高いですからねー。女王様からの評価も上々ですし」
「国家元首のチョコはないけど、所属NPCに補正はかかるって説明あったもんね」
「はい! みんな、偉いねーって褒めてくれました!」
商店街のマダムたちに褒められるリコリスちゃんの図。
そういう意味では、魔界に的を絞ったトビは正し――いや、正しいか?
あいつの魔王ちゃんからの評価……うん。
これ以上、深く考えるのはやめておこう。
「しばらく回復アイテムには困らんな! 味は飽きそうだが!」
「破格の回復量だもんなぁ……」
バレンタインチョコは特別仕様で、食品の中で唯一、戦闘中に食べることで効果を発揮するアイテムだ。
しかもこのチョコ、通常のポーションと使用カテゴリが別になっている。
ポーションが使用不能な時間に使えるというのは大きい。
数量限定なので勿体ない気もするが、危険な時は齧りつくと安心だ。
ちなみに『義理チョコ』はHP三割回復のみと、やや控えめな効果になっている。
「あ、そうそう。みんな、チョコありがとう――現実のほうの話ね?」
話が落ち着いたところで、俺はみんなにお礼を言った。
魔界へ行ったトビがまだ戻っていないので、このタイミングがちょうどいいだろう。
あいつがいると色々と面倒だからな。
「いえいえー。お返しは私のお世話をしてくれる券でいいですよー」
そうそう、そうやって具体的にお返しを要求してくれると気が楽――うん?
それはなにかおかしくないか? シエスタちゃん。
「……それって、何枚綴りで?」
「百枚くらい?」
「お、多くない?」
「永年パスなら一枚で済みますよー。おすすめ」
「……」
なんだろう、デジャビュ。
打ちあわせでもしているのかとユーミルとリィズを見るが、特にそういうことはなさそうだ。
マシュマロチョコの感想と、改めてのお礼を言って視線をスライド。
「ハインド先輩、頭から行きましたか!? それともお尻から!?」
「あ、頭から」
「わぁ!」
と、これはリコリスちゃんとの会話だ。
そんなふうに言われると、食べたことに罪悪感が湧いてくる。
ひよこさん……。
「あ、えっと、いつもお世話になっているので……こちらこそ、ありがとうございます」
「いえいえ、そんな。おいしかったよ、チョコ羊羹」
お返しは、俺も和風の……いや、いっそガチガチに洋菓子ってのもいいな。
内心どうあれ、サイネリアちゃんとの会話は至って平和である。
ノーマルなチョコじゃなかったあたり、かなり悩んでくれたんだろうなぁ。
ありがたいね。
「お酒、苦くなかった? 好みに合っていたなら、よかったんだけど……」
「バッチリでした。フルーツ系のチョコは難しいのに、とてもいい味で」
あれはブランデーだったのかな?
もちろんお酒は飲んだことがないので、香りからの判断だが。
いつか、セレーネさんと一緒にお酒を飲みたいなぁ……などと考えてみる。
三年後の自分に期待だ。
「そういえば、どうしてトビのやつは戻ってこないのだ?」
俺のにやけ面をつまらなそうな顔で見ていたユーミルが、ここで話題を変える。
同じ考えだったのか、リィズが乗っかる。
「大方、無駄な足掻きをしているのでしょう。本当に無駄ですが」
「受け取り可能数も、リストで名前の一覧も出ているのにな……」
ちなみに『義理チョコ』の場合は、直接ではなく運営メールから一括で届く。
無味乾燥で寂しい仕様だ。
そして俺がトビと期間ギリギリで好感度稼ぎをした魔族さんは二、三人程度。
同伴した俺も対象になっていたので、メインで動いていたトビには間違いなく『感謝のチョコ』があったはずだが……。
「あー。先輩は、魔界……」
「後回しにした。でも、トビは魔界に直行したと思うんだよね。サーラは見込みなしって言っていたから」
「ですかー。にしては、遅いですねー」
魔界に向かったとはいえ、今は転移装置がある。
時間的に、とっくに戻っていなければおかしい。
どこをほっつき歩いているんだ? あいつは。
「ふん、まあいい。ところで、お前のもらったチョコはどうだったのだ? ハインド。早くテーブルの上にぶちまけろ! 砕け散るくらいの勢いでっ!」
「なんでだよ! くれた人に失礼すぎるだろ!」
サーラ内を回って、得たチョコを丁寧にテーブルに乗せていく。
あんなことを言ってはいたが、ユーミルも積んだチョコを崩すような真似はしなかった。
……大体、『感謝のチョコ』は二十くらいだろうか? 大部分はショップ店員のNPCからだ。
これでもお得意様だからな、一応。特に食材関係については。
「おー? かなりの数ですねー。でも先輩、心のこもったチョコは?」
「あるのでしょう? ハインドさん」
「あ、あるんだよね? やっぱり……」
「さっさと出せ!」
「……」
みんなの関心は、どうやら最上位ランクの『心のこもったチョコ』にあるらしい。
やましい気持ちはなかったが、そう露骨に迫られると……。
出すのを躊躇してしまうな。かなり出しにくい雰囲気。
「待って、順番だから。別に隠す気とかないから」
「どういうチョコだったんです? 気になります!」
「あ、う、うん。今――」
「ただいま帰ったでござる!」
思い切ってインベントリから取り出そうとしたところで、意気を挫くように割って入る声があった。
魔界産の『感謝のチョコ』を持ち、上機嫌で戻ってきたトビである。
戻ってきたトビは、異状を察して視線を彷徨わせる。
「あれ? なにこの空気」
何度目かわからないな、お前のその台詞。
それにしても……今じゃない。
今じゃないんだよ、トビ……。