バレンタインin自宅 後編
「ごちそうさま」
結論から言うと、二人のチョコを一度に完食するのは無理だった。
高カカオで、甘さ控えめな理世のチョコ。
甘くて大きな、食べ応え抜群な未祐のチョコ。
きっちり半分ずつ食べたところで、俺の胃袋は限界を迎えた。
リビングのテーブルで、満腹感と幸福感を得つつ手を合わせる。
「……未祐さんのチョコが無駄に大きくて甘いからですよ」
「お前のコーヒーとチョコが苦すぎたのではないか?」
二人には、料理部の企画で余った材料を用いたチョコレートケーキを出した。
飲み物は紅茶で、二人ともストレートで飲んだ。
ケーキが甘めだったからだろう。
「貶し合うなよ。せっかく、どっちも美味しかったんだから。残りは後でもらうな」
「はい」
「うむ」
無節操なようだが、交互に食べるとちょうどよかった。
それと、理世が淹れてくれたコーヒー。
もちろん、熟練者のマスターほどとはいかなかったが……。
頑張りが感じられる味で、何度も淹れる練習をしてくれたんだと思うと胸が暖かくなった。
「あ、そうそう。お返しは期待していてくれ」
ここまでしっかりした贈り物をされると、ホワイトデーに向けて俄然気合が入る。
そんな俺の宣言に、二人の反応はというと……。
「え? 十年後まで亘の料理を食べ放題?」
「言ってねえ」
「じゃあ百年か?」
「譲歩している風な言い方で増やすな。理世は?」
「お返しは兄さん自身でお願いします」
「どういうこと?」
なんか重かった。
いや、「いいよ」と返したいくらい今日は嬉しかったけれど。
「……なんにしても、一旦解散すっか。いい加減、制服を着替えてこようぜ」
流れでというか、三人とも制服のままでおやつタイムと相成ってしまった。
幸い食べこぼしはなかったと思うので、早いところ着替えてしまいたい。
「む、そうだな。ところで亘、今日のTBはどうする? バレンタインイベント、参加するのだろう?」
未祐が僅かに残っていた紅茶を飲み干し、テーブルに置いてから問いかけてくる。
「いつも通り、夕飯の後でいいだろ。それまでにやることを終わらせておこうぜ」
「そうしましょう。今日は特別な日ですが、だからこそルーティンは崩すべきではありません」
理世、その発言はちょっと意識高い系っぽい。
……のだが、実力が伴っている人間が言うと変じゃないんだよなぁ。
学力お化けだし、生活リズムもしっかりしているし。
「うん。そしたら、夕飯になったら呼ぶから。二人とも――」
『ピンポーン』
一時解散を呼びかけようとしたところで、インターフォンが鳴った。
今度は十六連射じゃない。
一回だけだ。
「――お! 来たか!」
珍しいことに、未祐が一早く反応。
受話器を取らずに玄関へと駆けていく。
それを受けて理世のほうに視線をやると、なにやら事情が分かっているような反応。
……なんだ?
「――岸上……亘さんへのお荷物ですね」
「はい!」
「ご家族の方ですか?」
「はい!」
こんなやり取りが玄関のほうから聞こえてきたが――うん、まあ、もうなにも言うまい。
実質家族だからいいや。
若干、理世が物言いたげというかお怒りの様子だが。
「ドアを開けてくれ、亘!」
「はいはい」
未祐が出ていった際に、半開きになっていたリビングのドアを開けてやる。
通路を空けるとすぐに、四つの小さな段ボールを両手で持った未祐が入ってきた。
「荷物が四つ、ドーン! 誰からのだ!」
「四つ……TBフレンズか?」
「正解です」
「おお……」
察するに、時間を指定して送ってくれたのか。
多分だが、配送会社も統一して……未祐が急いで帰ったのは、荷物の受け取りのためでもあったのだろう。
「さあ! どのチョコが誰からのか当ててみろ!」
「なんかはじまった」
「当ててみろ!」
「わかった、わかったって」
感動に浸る間もなく、未祐がどんどん開封して中身を渡してくる。
クール便で届いたので、受け取った箱はひんやりとしている。
「うーん……」
急かされ、四つのチョコをテーブルに並べてみる。
手をウェットシートで除菌してから、中身を拝見。
……すごいな、四つとも全部手作り。
見た感じ、既製品が一つもない。
「順番に行くぞ! まずは……ひよこ型のかわいいチョコ!」
焦れたのか、理世がそのうちの一つを目の前に突きつけてくる。
ひよこチョコと目が合い、俺は脳裏に閃いた名をそのまま口にする。
「確かにかわいい。小春ちゃんか?」
「むっ……次! チョコ羊羹!」
「羊羹……和洋の融合、渋くて素敵だな。椿ちゃん?」
「オレンジピールチョコ!」
「これ、洋酒入り? 大人の味かぁ……和紗さんっぽい」
「最後! マシュマロチョコッ!」
「ふかふかで甘そう。愛衣ちゃん?」
ポンポンと、未祐が示すのに合わせて答えていく。
特に深い考えはなく、イメージに合う名を挙げているだけだ。
「――なぜわかる!?」
「え? 合ってんの?」
出題者の未祐は悔しそうにしている。
俺は視線をスライドさせ、理世のほうを見た。
「全て正解……さすがです。兄さん」
「おおう。みんな特徴的」
しかも一つも被りがない。
打ち合わせしたにしても、これは見事だ。
「一つくらい外せ! つまらん!」
「なんでだよ」
大体、間違わせたいなら、最初に妹分の小春ちゃんのチョコを出すのが悪い。
単純なやつめ……。
まあ、それはそれとしてだ。
「こりゃ、今日はしっかりログインしてお礼しないと。味の感想も言いたいから、夕食は軽めにして。食後に……」
『ピンポーン』
「ん!?」
またも言葉を遮られ、俺はその場で動きを止めた。
今度は誰も反応しなかったので、自分がインターフォンへと向かう。
玄関カメラの画像を見ると、またも配達員らしき人の姿が映っていた。
「あれ、また荷物か? 未祐?」
「私は知らんぞ」
「理世は?」
「私も心当たりはありません」
「……」
もちろん俺にも心当たりはない。
ただ、玄関に人がいるということは、未祐が着替えに帰りにくい状況だ。
「とにかく、出てみるか……悪いけど、食器を洗っておいてくれるか?」
「うむ、任せろ!」
「私は鞄を二階に置いてきますね。兄さんのも」
「ああ、頼む」
二人には片付けをお願いして、玄関へと向かう。
インターフォン越しに用件を聞いてからでもいいが、なにかしらを届けにきているのはわかっている。
直接、応対しても問題ないだろう。
そんなわけで、解錠してドアノブを捻る。
「はい」
「岸上亘様ですね?」
「は、はい」
あれ、よく見たらこの人。
普通の配達員と制服が少し違うような……口調もやや丁寧だ。
そんなことを考えている間に、荷物の受け渡しが終わる。
俺は疑問を抱えつつも、謎の箱を持ってリビングへと戻った。
箱を置くと、横っ面にロゴがあるのが目に入る。
このロゴには見覚えがあった。有名企業のものだ。
「なんかSW食品名義で、でかい荷物が……」
二人にそう言っている最中で、俺はようやく気がついた。
未祐と理世も、企業名を聞いた時点で正体を察したようだ。
「SW……ドリル!」
「マリーさんですね」
「だよなぁ……」
SW食品というのは、シュルツ家が経営している系列企業だ。
日本国内でも結構な知名度があり、その辺のスーパーでも普通に商品が流通している。
添付されているメッセージカードを開くと、マリーと……。
それから、静さん、司からのバレンタインチョコということだった。
……え? 司も?
「郷に入っては郷に従え……と書いてあるな。達筆。うん、間違いなくマリーの字だ」
「開けていいか!?」
「いいぞ」
「どるぁぁぁぁっ!!」
許可を得るなり、大きめな段ボール箱を豪快に開封する未祐。バリバリバリ。
中には複数の高級そうな箱に入ったチョコがあり、みんなで食べてほしい旨が追記してあった。
誰か個人に、というより岸上家に宛てたチョコということだな。
「ドリル型チョコ……じゃない!?」
「どこに驚いてんだ。某山菜型のチョコなんかは、ドリルっぽいといえばドリルっぽいけども」
「む。では、今度からあれをドリルチョコと――」
「やめなさい」
「英語はいいとして……この辺りの箱、どの国のチョコでしょうね? 書かれた言語がバラバラなようです」
「すげえな。世界一周チョコみたいになってるじゃん」
国際派なマリーたちは、贈るチョコも国際派のようだった。
今更、値段がどうだの野暮なことは言うまい。
ありがとうマリー、静さん、司。
「ところで、郷に入っては……とは、どういう意味で書いたのだ?」
「海外……マリーさんの出身地におけるバレンタインデーは、男性から女性へ贈り物をする日ですから」
「日本ではクリスマスと同じくらい、バレンタインも曲がって伝わっているってこと」
「む? つまり……いつもの照れ隠しだな!」
「……その理解でも、あながち間違っているとは言い切れませんね」
「……そうだな」
つまりマリーの口調に沿って要約すると「日本の風習に従って、贈り物をしますわ!」ということになる。
……うん、想像するのが容易だ。微笑ましいね。