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バレンタインin放課後

 我が校でチョコの受け渡しが本格的になるのは、主に放課後である。

 特に部活や課外活動に(いそ)しむ生徒にとっては、放課後からが本番と言ってもいい。

 ただ、秀平(しゅうへい)のような帰宅部にとってはそうではない。

 そういった面々のピークは、おおよそ昼休みといったところだろうか?


「ま、まだ余裕! 午前だし! ここからだから! ここから100個くらいもらえるから!」


 そんなわけで秀平も、昼休み前までは強がっていたが。


「ま、まだ……まだ……ぐふっ。だ、誰かぁ。せめて1個……()っちゃいので、義理でいいから……」


 放課後が近づくにつれて、秀平の元気は目に見えて減っていった。

 そして――


「0個……チョコ0個……」

「……」


 ――現在の時間は、既に放課後。

 秀平は俺の席で放心していた。

 ……いや、放心するのはいいんだけど。

 なんで人の席でやってんだ? こいつは。


「おお……おおぉぉぉ……」


 悲しみと構ってオーラがすごい。

 放っておいても「俺にはTBのチョコがまだ残っているし!」などと言って、復活するには違いないが。


「おい」

「おおぉぉぉ……お?」

「帰る前に、ちょっと付き合え」


 望み通り、俺は(なげ)く秀平に声をかけた。

 っていうか、ひとまず席を立てよ。

 帰る準備ができないだろうが。




 帰り支度(じたく)を整えた俺は、秀平を伴い実習棟へと向かっていた。

「彼女」の性格を考えると、教室よりこちらがいいだろう。

 秀平を連れて、人気の少ないほうへと誘導していく。

 ……これで駄目だったら、今年のチョコは諦めてもらおう。

 どこに連れていくのかと、秀平が疑問の声を上げるよりも早く――


津金(つがね)

「へ?」


 ――目的の人物は声をかけてきた。

 ふっ、計画通り……! とか考えている場合じゃないな。

 秀平が背後を向くのと同時に、俺はそそくさとその場を退散した。




 それから数分後。


「ぃやったぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 昇降口で靴を()きかえる俺のところへ、秀平は息を(はず)ませながら駆けよってきた。

 早いな。


「わっち、やった! 俺、やった! やったよぉぉぉぉ!!」

「うるさい」


 はじめてのチョコじゃあるまいし。

 この感じだと、渡すものを渡して追い払ったな……。

 あの人らしいというか、照れの誤魔化し方が力技というか。


「よかったな。チョコもらえて」

「え!? 俺、まだなにも言っていないよね!?」

「言わなくてもわかるっつーの」


 声をかけてくれたのは、当然だが――いや、当然というと失礼か。


「どうせ“目の前で(さわ)ぐな。リアクションは自分が去ってからにしろ”とか言われたんだろ?」

「!?」

佐藤(さとう)さんの苛立(いらだ)ち半分、照れ半分の顔が目に浮かぶわ」

「すげえ!? 完全一致! エスパーじゃん、わっち!」


 佐藤さんしかいない。

 そして詳細は聞かなくてもわかる。

 実際に、秀平とどういったやり取りをしたのかも大体想像がつく。


「ちゃんとお礼言ったか? 失礼はなかったか? ありがとうは人としての基本だぞ? 笑顔で言えたか? いつも感謝の気持ちを忘れるな?」

「おかん!? おかんなの!? エスパーじゃなくておかんなの!?」

「どっちかっていうと、小学生向けの標語っぽくねえ? おかんではない。断じてない」


 話しつつも自分の下駄箱をぱかぱかと開閉し、最終確認して若干の落胆を(のぞ)かせる秀平。

 しかし、すぐに佐藤さんから受け取ったチョコを見てニヤつきだす。

 ……わかりやすいやつだなぁ。

 1個と0個では全然違う、と言っていたのは心底本音だったらしい。

 それはそれとして、だ。


「浮かれるのはいいけど、ホワイトデーのお返しはちゃんとしろよ」

「おか……えし……?」

「はじめて聞いた言葉だ、みたいな反応すんな」


 全く考えていなかったのか?

 まあ、今はチョコをもらった感動と嬉しさに(ひた)らせてやってもいいのだが……。

 あまりにあんまりな反応に、不安が(つの)る。

 中学時代、それと去年のこいつはどうだったっけ? と、少し思い出してみる。

 ……が、ホワイトデーにこいつがお返しなんて行為を女子にしていた記憶がない。


「まさかお前、今までは……」

「してなかった」

「クソかよ」

「クソだね……我ながら……」


 どうせ大作ゲームの発売日と被ったとか、単純にド忘れしたとか。

 そういったしょうもない理由なのだろう。多分だが、悪意はない。


「そりゃ、誰もチョコをくれなくなるわな。もちろん、お返しが全て! ってわけじゃないけど。勇気を出して渡した側からすると、手応えがなくて(むな)しくなる」

「お、おっしゃるとおりで……」


 特に今回ばかりは、そういう秀平の「しょうもない性格」も込みでチョコをくれた相手だ。

 希少で貴重で、大事で得難(えがた)い相手なのは間違いない。

 (そろ)って昇降口を出て、帰路につきながら会話を続ける。


「今回はするんだろう? お返し」

「う、うん……するつもりだけど。ホワイトデーが近くなったら、わっちにアドバイスもらっていい?」

「いいぞ、別に。俺の意見が参考になるかはわかんないけど」

「大丈夫。わっち、女子力高めだから」

「……あぁ?」

「ご、ごめんって! アドバイスが欲しいのは本当だから! 頼むよ!」


 秀平も佐藤さんが(まれ)な存在なことはわかっているのか、いつもより真剣な様子だ。

 真剣に考え、考え……改めて贈られたチョコを確認して、秀平は首を(かし)げた。


「……」

「どうした?」


 秀平はそのまま、丁寧に青の包みでラッピングされた箱をひっくり返す。

 中身がしっかりしているためか、動かしても音はしない。

 秀平の持ち方からして、重さもそれなりにありそうだ。


「わっち。これ、なにチョコだと思う?」

「……俺に()くなよ」


 本命チョコだろ、と即答しそうになったのはここだけの秘密だ。

 俺が口にしていいことじゃない。

 それを言っていいのは佐藤さんだけだ。


「そもそも、なんでいいんちょは俺にチョコくれたん?」

「お前があんまり(あわ)れだから」

「って、いいんちょも言っていたけど。それだけ? 急には用意できないでしょ? ただの義理にしてはでかいし、ラッピングもしっかりしているし。みんなには一口チョコ配ってたよ?」

「お前……」


 どうして今日に限って(するど)いんだ。

 ギラついた目で一日を過ごしたからか、教室内の状態がよく見えていたようだし。

 ……。

 俺はどう答えるか少し考え、ずり落ちた通学鞄を肩にかけ直した。


「その意味を考えるのも、受け取ったお前の責任じゃないの?」

「そ、そういうもん?」

「そうらしいぞ。俺も朝、似たようなことを言われた」


 他ならぬ佐藤さんに。

 斎藤(さいとう)さんにチョコをもらったことは……言わなくてもいいか。

 秀平も特に追及してくる様子はないし。


「へー……ん!? 似たようなってことは――わっち!?」

「なんだ?」

「なにしれっと、俺に内緒でチョコを受け取ってんの!? 殴るよ!?」

「なんでだよ」

「だって、隠れて敗北者の俺を笑っていたんでしょ!? 許せねえ!」

「笑ってねえし。ついさっきお前、敗北者じゃなくなったじゃん」

「そうだけど! 誰!? 誰からなの!?」


 そう思っていたら、チョコを受け取ったことに気づかれた。

 佐藤さん経由で受け取ったチョコということもあり、結局……。

 あらぬ誤解を生まないために、全て話す羽目に。

 話し終えると、秀平は驚きで目が点になった。


「マジ? 斎藤さん?」

「マジ」

「モテ・オブ・モテなあの斎藤さん? いいんちょの親友で、俺らと同じ班の? 女テニの部長の?」

「その斎藤さん」

「……クラスのみんなに教えていい?」

「やめろ!」


 学校内には、斎藤さんに振られた男たちが軽く二桁はいるのだ。

 斎藤さんだって、こうして人伝(ひとづて)に渡してきたわけだから……。

 大っぴらになることを望んでいるわけがない。

 また、俺も男たちからの嫉妬を受け止めきれる気がしない。


「そっかぁ。仲がいいなぁ、とは思っていたけど……そっかぁ」

「……」

「あ、未祐(みゆ)っちには言ってもいい? 理世(りせ)ちゃんは?」

「勝手にしてくれ」

「そっちは止めないんだ。さすがっていうか、なんていうか」


 未祐も理世も、俺に対して隠しごとをしまいとしてくれているからな。

 俺だけそうではない、というのはなしだろう。

 訊かれたら素直に答えるつもりだ。


「そういや、わっち。その未祐っちは? 今日は生徒会活動ないんでしょ? 別行動?」

「ああ。一緒に帰ろうとしたんだけど、爆速で逃げられた」

「ええ……まあ、悪い意味で逃げたんじゃないだろうけど……」

「だろうけど。ちょっと傷ついた」


 自惚(うぬぼ)れでなければ、先に帰って準備してくれているのだろう。

 俺たちの場合、家が近所だ。

 学校でなにか渡すのも変な話だからな。


「……わっち。俺、今日はこのまま帰ったほうがいいよね?」


 分岐路(ぶんきろ)に差しかかったあたりで、秀平が足を止めた。

 津金家はこの道を右だ。

 寄り道をしない時は、いつもここで別れることにしている。


「そりゃあ、せっかくチョコをもらったんだから。帰ってすぐ食べるなり、大事に保管するなりしろよ。どうする気だったんだ?」

「一個もチョコをもらえなかったら、わっちにチョコパフェのやけ食いに付き合ってもらおうと思って。ほら、あそこにあるじゃん? いっつも女子しかいない駅前の――」

「駅前? まさか……あのファンシーな看板の店か!?」

「うん」

「90分、洋菓子食べ放題の!?」

「うん」

「野郎二人で!?」

「うん」

「地獄じゃねえか!」


 うなずいている時の秀平の目は、(うつ)ろでありながらも本気の目だった。

 どこで意志の強さを発揮してんだ。力の使い所がおかしいにも程がある。

 もしかしたら今ごろ、全く同じことをしている男子生徒がいるかもしれないが……。


「実現しなくてよかったよ、本当……」

「俺もそう思う」


 店内で周囲から()さる視線と居たたまれなさは、言語に絶するものがあるだろう。

 想像しただけで寒気がする。

 俺が言うのも変だが……佐藤さんには、心の底から感謝だ。

 秀平にチョコをくれてありがとう、佐藤さん。

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― 新着の感想 ―
[一言]  口を開けば開くほど、秀平の事を好きになれなくなっていくんだが、佐藤さんはまじでどこが良かったんだろう?
[良い点] 今回も面白かったです! 佐藤さん…チョコ渡せて良かったね! 流石の秀平も″義理ではない″可能性を思い浮かべられたし…!コレはワンチャンあるで!! あと亘くんの未祐&理世への信頼感&誠実さ…
[良い点] その覚悟はいらない… [気になる点] 男子中学生となると脳味噌ガキとはいえ、どこに出しても恥ずかしくないクソですな…
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