理世の交友事情
チョコ、チョコとは言うが、学校で受け渡しが可能かどうかは校風による。
ウチの学校のように、生徒の自治性が強い高校は基本的に問題ない。
また、過去に目立った事件が起きていないというのも大きい。
「隣町のS高、去年暴行事件があったらしいよ? 怖いねー」
「チョコを巡って?」
「チョコを巡って。亘ちゃんも、チョコを渡す時は気をつけなきゃダメよ?」
「俺が渡す側なんですか……?」
と、そんな会話を少し前に井山先輩とした。
料理部で色々企画できるのも、これまでの積み重ねがあってこそだ。
禁止されやすいのは治安が悪くなりがちな――例えば井山先輩が挙げたような、隣町の高校。
それとは逆に、規律の厳しい進学校なども該当する。
つまり、だ。
「我が家では今、理世の友チョコ作製&交換会が開催中なのである」
「誰に言っているのだ? 亘」
横から未祐に首を傾げられたが、特に気にしない。
現状確認を声にしただけだ。
「学校で交換できないからってことね……それはいいんだけどさ、わっち」
「なんだ?」
ひそひそと、存在を消すかの如く小さな声での会話。
一階にある和室のこたつを挟んで、対面に座る秀平が話しやすいよう顔を寄せてくる。
「どうして俺たち、こんな窮屈な思いを?」
キッチンのほうからは、女子同士の和気藹々とした声が聞こえる。
こちらが静かな分、余計に差を感じるというか。
取り巻く空気の落差が大きい。
「うーん……我が家のキッチンはさ、俺の聖域――もとい、領域な訳で」
「うん。理世ちゃんとお友だちーズに侵入されたから、わっちの聖域じゃなくなったね」
「なにかあったときのために、待機はしておかなきゃならん。器具の場所がわからない時とかに教えたり、あー……手を切った時に治療したりとか。念のため」
「そっか、確かに。危ないのはチョコ刻むときくらいだろうけど」
「でも、邪魔をするのも気が引ける……ってことで、和室で静かにしているわけだ。チョコ作り中、真横に友だちの兄が立っていたら嫌だろ?」
「嫌だねぇ。納得の距離感」
「お前らしい気の遣い方だな!」
最後に未祐が会話を締め、俺たちは顔を寄せ合っていた前傾姿勢から戻る。
よく考えたら、ここまでしなくても邪魔にはならないだろう。キッチンは賑やかだし。
ただ静かに座っていても不気味なので、俺は勉強用のテキストを持ってきている。
自室に籠っていると、なにかあっても理世は呼ぶのを遠慮するだろうから。
緊急時のことを考えると、この位置がベストというわけだ。
もちろん、なにも起きなければそれに越したことはない。
「逆に問いたいんだけど、なんでお前ら来たの?」
やや声量を上げつつ、俺は二人に問いかける。
事前に「今日は家が居心地のいい状態ではないので、来ないほうがいい」と言ったのだが。
休日で暇だったからか、二人は忠告も聞かずに家に来てしまった。
秀平が頭を掻きながら答える。
「いやあ。理世ちゃんの同級生に、かわいい子はいないかなぁと」
「有罪。火あぶり」
「牛裂きの刑」
「ちょちょちょ、判決早いって!? しかも刑が残酷なんだけど! ぎゃああああ!」
俺がこたつを「強」に設定し、未祐が秀平の腕を極めて引っ張る。
最悪の動機である。
しかも面のせいというかおかげというか、第一印象だけはいいので始末に悪い。
「未祐は?」
問うと、牛になりきって秀平の腕を引っ張っていた未祐がぴたりと止まる。
つかんでいた腕をぽいっと投げ捨て、こたつに戻ってから口を開く。
「うむ。あいつが友だちと一緒ということは、どうあれ邪魔されずに亘と過ごせるチャンス! そんな魂胆!」
「自分で魂胆とか言うな」
「おお。未祐っちらしからぬ計算高い動き」
未祐がドヤり、秀平が褒めているのか貶しているのか微妙な言い回しをする。
そんなことをしなくても、放課後なんかは割と二人きりでいることは多いのだが。
「……そんなわけだから、秀平。今すぐ帰っていいぞ?」
「いい笑顔でなんてこと言うのこの人」
ドヤっていた未祐が、笑顔で秀平に帰宅を勧める。
そもそも俺としては今日、どちらも招いた記憶はないのだが……。
「ところで、理世ちゃんの友だちってどういう層? 俺、会ったことも見たこともないんだけど」
あくまで帰るつもりはないのか、話題を変えてこたつに潜りなおす秀平。
もう諦めたので、俺は勉強の手を止めて応じる。
「理世の交友関係か……広く浅くじゃないってのは、お前らのイメージ通りだと思うけど」
「うむ、私も二人くらいしか会ったことがないしな。初めて見た時は、こいつ友だちいたのか……!? と思ったものだ」
「未祐っち、ひでえ……わかるけど」
「わかるなよ。しかし、そうだなぁ……」
改めて、どういうタイプが多いかと問われれば……。
俺は未祐、秀平と順番に見てからひとつ頷く。
「まず、基本は繊細なタイプが多くて……」
「む?」
「学力だけじゃなくて、本当に頭のいい子ばっかりでさ。だから、空気が読めるというか相手に踏み込みすぎないっていうか……」
「へえ? そうなの?」
「……勝手に人の家に来たりしない子たちかな!」
お前たちみたいにな。
そう言外に込めてみるが、未祐と秀平は互いを指差してこう言った。
「つまり、秀平と真逆のタイプか!」
「未祐っちと逆のタイプかぁ」
「……あ?」
「……ん?」
駄目だこいつら。どうにもならん。
……不毛な睨みあいを見ていても仕方ないので、話を続ける。
「ただ、例外はいてさ。楓ちゃんっていう子が、理世の友人にしては元気な子で――」
「私の名前を呼ばれた気が!」
スパァン! と、ギリギリ痛まない範囲で勢いよく襖が開かれる。
待ち構えていたかのようなタイミングだが、話している途中から足音はしていた。
だから偶然なのだろう。
「おにーさん、お久しぶりです! 綺麗なキッチンを提供していただき、ありがとうございます! ありがとうございます! 大感謝っ!」
「はい、楓ちゃん久しぶり」
「未祐ねーさん、少し見ないうちに益々綺麗になりましたね!? これ以上、理世の人生の難易度を上げるのはやめたげてよぉ! ライバル強すぎっ! 最強っ! 最強クラスッ!」
「うむ、ありが……む?」
「そっちの人が秀平さんですね!? わぁ、聞きしに勝るアイドルおフェイス……代わりに中身が残念って、本当ですか!?」
「本当だよ」
「わっち!? 勝手に答えないでくれる!? えっと、俺はね――」
「後で完成したチョコ、こっちにも持ってきますね! せめてものお礼です! では!」
スパァン! と、開けられた時とほとんど同じ強さで襖が閉められた。
代わりに、状況に置いていかれた秀平の口がぽっかりと開いたままだ。
「……と、このように」
「うむ。平常運転だったな」
「――あれで!? 嵐のような子だったけど!?」
楓ちゃんが去っていった襖を指差し、信じられないといった様子の秀平。
続けて「話が違う」といった顔をこちらに向けてくる。
家に来た理世の友人は全部で三人、残りの二人はおとなしい子たちである。
言ったろ? 例外だって。
「なんか俺、理世ちゃんが小春ちゃんみたいな子に甘い理由がわかった気がする……」
少し経って落ち着いたのか、秀平はゲーム内の人間関係に絡めた話をはじめた。
確かに、楓ちゃんの勢いは小春ちゃんを連想させたかもしれない。
「そういえば、他に比べて当たりがきつくないな。私がちょっと至らないことを言うと、般若だか仁王だかのような顔をするくせに」
「み、未祐っちは理世ちゃんにとって特別というか……悪い意味で」
出会いから今の仲になるまで、色々あったからなぁ……。
今更、態度を変えるのも難しいのだろう。付き合いの長さ故に。
それを思えば「特別」という秀平の言葉は間違っていない。
「しかし、わっち。小春ちゃんにああなのは、近いタイプの子と仲がいいからだったんだねぇ」
「まさに。小春ちゃんの元気に頭の回転を足すと、楓ちゃんっぽくなるからな」
小春ちゃんは元気で行動的なタイプだが、楓ちゃんの場合は舌もよく回る。
加えて楓ちゃんは未祐のように無神経ではないため、理世と上手くやれているのだろう。
全員が元気なタイプでも、それぞれ少しずつ違っている。当然だが。
「ま、とにかくだ。ああいう気が利く子もいるし、よほどのことがない限り、俺にお呼びはかからないわけだけど……それでも心配なのが、兄心」
「あいつの場合は平気だろうが、一般的な妹からは嫌われそうなムーヴだな! ウザムーヴ!」
「確かにうざいな。邪魔にならないよう、外出でもしておくのがいいんだろう。普通は」
ただ、相手が理世だからな。
意味はあるのか? そんなことをして。
……と、そういう気持ちにはなる。
「ま、いいんじゃないの? 理世ちゃんなら喜ぶでしょ。わっちが心配して、近くに控えてくれているとか」
「邪魔者二名も控えているがな! 乱入してきていいか!?」
「やめておけ。暇なら、ほら。お前らも」
俺は自分用のテキストの下から、それぞれの苦手科目のテキストを取り出した。
こうなる予感がしたので、予め用意しておいたものだ。
受け取りを拒否されるよりも速く、二人の目の前にテキストを滑りこませる。
「うっ!」
「マジ? 遊びに来たのに、勉強させられるとかマジ?」
「マジだ」
嫌がりつつも、二人とも手持ち無沙汰なようだったので……。
その後は即席の勉強会ということになり、楓ちゃんたちがチョコのおすそわけをしに来るまで続いた。
結果的に、悪くない時間の使い方になったと思う。