チョコレート工場防衛線 後編
パーンというか、プアーンというか。
とにかく景気のいい効果音と共にイベントステージが開始された。
視界の右上あたりには『防衛完了まで』――ではなく『チョコ完成まで五分』と表示されている。
そして、視界のやや下部に『チョコ精霊気力』と称された体力バーに近いゲージが見える。
このゲージがなくならないよう五分間、精霊を守り切ればクリア! とのことだ。
「あー、敵が向かってきてくれるから楽ぅー」
イベントステージの造りから予想できたことではあるが。
序盤のうちは、一方向から順番に柔らかい敵が向かってくるだけだ。
シエスタちゃんが適当に下級魔法を唱え、一歩も動かずにモンスターを消していく。
「ヘドロとかネズミとか、衛生的にやばいモンスターばかりなのはわざとでござるか?」
と、これはトビの言葉だ。
まだトビの軽い攻撃でも一発で沈むので、パーティメンバー全員に余裕がある。
押し寄せてくる数も大したことはない。
「確かに不潔だな。虫系じゃないだけマシだが」
「Gでござるな!?」
「やめなさい」
本当に出てきたらどうする。
そもそもモンスターは全般、不衛生な生き物である。
一部の毛繕いする系、水浴びする系と火属性、それから幻獣チックな美しい系は別だが……あれ?
意外といるな、綺麗系モンスター。
「というかこのイベステ……火力第一だよな? 俺らの構成、厳しくないか?」
まだ序盤だが、戦ってみると感覚的に「合っていない」という思いが強い。
イベント形式に俺たちの編成が合っていない。
俺たちギルドメンバーの中で最も高いダメージを出せるのは、無論ユーミルである。
次いでセレーネさん、三番手にサイネリアちゃん、四番目がリィズとシエスタちゃんで横並びといったところ。
「そうでござるな。防御も回復も、なんなら拙者の回避も活きづらいというか」
「私もダメージはカウンター頼りです! ……あれ? こうなると、頼りになるのは……?」
トビとリコリスちゃんが言うように、トビは回避盾なので低火力。
リコリスちゃんも防御特化でダメージ源はカウンターな騎士・防御型。
カウンターは上手く嵌まれば最高打点は中々だが、可能かどうかは相手による。
支援型の俺は言うまでもなし。
今の編成で、安定して中程度のダメージを出せる職は一人。
「シエスタちゃんだな」
「シエスタ殿でござるな」
「頑張って、シーちゃん!」
「えー……過重労働、やだぁ……」
神官・均等型のシエスタちゃんである。
光攻撃魔法は抵抗力を持つ魔物が少なく、このイベントに限らず安定感という点では抜群だ。
「考えようによっては、一歩も動かなくなってよくなったのでは? 楽だよ、楽。楽」
「そうでござるよ! チャージして魔法を撃つ固定砲台でオーケー! ラクチン!」
「頑張って、シーちゃん!」
「そうやって、上手く乗せようとしてー……リコはもうちょっと考えて話そうね?」
「え?」
そんな会話をしつつ、自然とシエスタちゃんを中心とした陣形に変わっていく。
前衛にトビとリコリスちゃん。
中衛に俺、後衛にシエスタちゃんという構えだ。
「おっ、影縫いがいい感じでござるよ! ゲームルールにベストマッチ!」
「妹さんがいたら、グラビティが刺さりそうですねぇ。あれも足止め系だし」
「影縫いは単体特化だから、ボスクラスにいいかもな」
「よくわかりませんが、みんな止めます!」
回復・支援関係を俺に任せてもらえば、シエスタちゃんはアタッカーに専念できる。
二人の前衛を抜けてきた敵がいた場合だけ、体で止め――おふっ!?
「み、みぞおちに……と、トビ……リコリスちゃん……小さいのが抜けてきてる……」
「あっ、名乗り利かないんですね!? すみません!」
「やはり挑発は無効でござるか! ルール的にやむなし!」
「うあー、先輩が撃ち漏らしたネズミがー」
と、このようにバタバタしたものの。
シエスタちゃんは文句を言いつつもしっかり火力を出し、トビは廃ゲーマーらしく短い時間で動きを最適化。
俺は良くも悪くもいつも通り。
そして……そんな中でも、特にリコリスちゃんの活躍が目覚ましかった。
「おお、またカウンター取った……」
カウンターを決めやすい大型敵だけでなく、小型の突進にも発動・成功させている。
さすがに魔法・ブレスなどの射撃に対しては失敗することもあるが、以前までのリコリスちゃんとは見違えるようだ。
これは進歩というよりも――
「進化しているなぁ、リコリスちゃん」
――進化と言っていいレベルで強くなっていた。
同職トップランカーのちょっと下くらいのプレイヤースキルになっている。
驚いたな……。
「あー、あれですか? フィリーのおかげですねぇ」
「フィリアちゃんの?」
敵の波が引きつつあるタイミングで、シエスタちゃんが俺の言葉に反応する。
どうにかこうにか、制限時間を見るにイベントステージは終盤に差し掛かりつつある。
俺は全体の攻撃系バフをかけ直すと、シエスタちゃんに余ったMPを譲渡した。
「あ、どもですー。でー、ですね? 前のイベントでリコとフィリーが仲直りした後、色々ありましてー」
「……その色々の内容を聞きたいんだけど」
「えー、面倒なので嫌です。お察しくだせえ」
「なんでじゃ……」
「大丈夫大丈夫。先輩ならできるー」
シエスタちゃんは戦いの疲労で話す気力が足りないらしい。
察しろとだけ言って、攻撃の準備に入ってしまった。
そう言われてもな……。
まあでも、フィリアちゃんの動きは横で見ていて参考になるだろうし。
フィリアちゃんは仲がいい人ほど要求が高くなるらしく、仲直りで双方の遠慮はなくなった。
フィリアちゃんが指摘し、頑張り屋なリコリスちゃんが愚直に改善を目指す。
イベント期間中、何度もその繰り返しがあったとすれば……。
「……そうか。色々か」
「ですです、多分その想像で合っています。さすが先輩ー」
なんとなくは察したけど、それでいいのだろうか?
……ともかく。
リコリスちゃんの獅子奮迅の働きもあり、そこから約一分後。
「楽勝でござったな!」
「チョコ精霊ちゃんはみんな、私たちが守ります! 余裕です!」
難易度『地獄級』を四人でクリアしたのだった。
開始時とはまた違う、景気のいいファンファーレが鳴り響く。
ただし……。
「楽勝……?」
「辛勝ですよねぇ……? あー、疲れた」
HPはギリギリ、MPはスカスカ。
ピンチ状態なので視界は真っ赤っかである。
二人の言葉が強がりにしか聞こえない状態だ。
「そ、そうでござるな……正直、最後の“灼熱の巨人”とかいうのはひどかった」
「チョコが全部溶けちゃうところでした」
「最後の最後で熱攻撃だものなぁ。要回復で、俺の存在意義ができたのはよかったけど」
「出現と同時に、小さい敵も一緒に燃えたのだけは楽でしたねー」
最後に出現したボスは、全身マグマのような姿をした火属性の巨人だった。
スリップダメージを受けながら四人で押し返したので、こんなにHPがボロボロになってしまったというわけだ。
近づくだけでHPが減る厄介な敵だった。
「あのボスって、倒せるんですかね? 時間切れで退場しましたけど、えらいHPバーが長かったようなー……」
「よほどの攻撃力がないと無理じゃないかな? もっとクリアまでの時間が長い、上の難易度があれば別だろうけれど」
そんな言葉を口にした直後。
妖精さんたちから感謝の言葉と報酬のチョコを受け取るよりも先に『チャレンジモードが開放されました!』という表示が目の前に現れた。
細かい仕様も同時に表示されるが、簡単に言うと地獄より難しいランキング付きの……真の最高難易度のようだ。
「ハインド殿……」
「いや、俺のせいではないだろう?」
トビが複雑そうな顔で俺を見てきたが、別に高難易度を口寄せしたわけではない。
情報を集めずに来たせいで知らなかったな……。
ランキングの集計情報は、イベント後半から開示となっている。
そして、その内容をざっと読んだ俺たちの意見は即座に一致した。
「今日はここまでかな……戻って生産作業でもしようか?」
「そーしましょー。パーティバランスも悪いですしー、おすしー」
「人数も足りないでござるしな……せめてフルパじゃないと」
「うう……ごめんね、チャレンジ難易度のチョコ精霊さんたち……」
そんなわけで、ランキング挑戦は後日ということになった。
リコリスちゃんは悲しそうだったが、地獄難易度の報酬を精霊たちからもらう際には嬉しそうだった。
大活躍だったものな、リコリスちゃん。