チョコレート工場防衛戦 前編
ログインして向かった先は、ギルドホームの談話室。いつもの場所だ。
時刻は午後八時、今からならゆとりのあるゲームプレイが可能だろう。
「よーし。時間もいい感じだし、今日は……」
「イベントステージ攻略ですね! 二日前からオープンの!」
バレンタイン限定イベントステージ。
詳しい場所は不明だが、ワープを使用した先に存在するステージでの戦闘をクリアするという形式だ。
合いの手を入れてくれたリコリスちゃんは、本日も元気いっぱいだ。
「うん。期間が短いから、早めにやっておきたいと思って」
難易度は初級、中級、上級と地獄級の四つに分かれている。
推奨レベルなどから見たところ初級は初心者、ゲームに慣れていればソロでも余裕でクリアできるレベルで、中級も名ばかりの難易度。
俺たちレベルカンスト勢の適性は、最も上の地獄級となるだろうが……。
「って、人数少ないな」
リコリスちゃんから視線を横に動かすと、居るのはシエスタちゃんとトビだ。
もちろん地獄級攻略の推奨人数は五人で、今日のメンバーは四人である。
「あー。サイは今、キッチンの住人になっていますから。今夜はインしないと思います」
「お腹を下した時の、トイレの住人みたいな表現でござるな……」
「まー、錬成しているのは同じ茶色系統ではありますがー」
「ちょ!?」
「やめてやめて!? 色んな意味でやめようね!?」
ゲームから追い出されちゃうぞ!?
下品だし、サイネリアちゃんにも悪い。
シエスタちゃんを止めた俺は、トビの胸倉につかみかかった。
「トビ、てめぇ! ゴルァ!」
「なんで拙者だけ!?」
仕切り直して……。
「よーし。時間もいい感じだし、今日は――」
「そこまで話を戻す必要あるでござるか!?」
「時間なくなっちゃいます……」
「それもそうか」
さっきの会話の流れ、台所の住人どうこうを再現されても困る。
今後はチョコを見る度に思い出し――いや、それはないか。
カレーなんかでもさんざん擦られたネタだし……別にカレーを食べる時にそんなこと考えないものな。
さて、出発前に現状確認。
「で、サイネリアちゃんはチョコ作り。ユーミルとリィズも同じで……」
「セッちゃん先輩もですねー。四人で頻繁に連絡を取り合っている模様ー」
「了解」
みんな気合入っているなぁ、とは思ったものの。
深く触れると藪蛇になるので、今はイベントステージの話だ。
「ちなみにだけど、みんな事前情報は? 俺は時間がなくて、イベントページの説明を読んだ程度なんだけど」
イベントステージが開放されたのは今日ではない。
リコリスちゃんが言ったように二日前からで、攻略情報は出揃っているはずなのだが。
「ハインド先輩がいつも通り、教えてくれるかなって……すみません」
「一文字も読んでいませんがなにか?」
リコリスちゃんとシエスタちゃんは、特に情報を集めていなかったらしい。
まあ、これは仕方ないな。
中学校で学年末テストがあったとも聞いているし、忙しかっただろうから。
「トビは?」
「ば、バレンタインチョコプレゼントの説明ページと、それ関連の掲示板なら……穴が開くほど熟読したのでござるが……」
「なるほど。わかった」
俺たちがなんの攻略情報も持っていない、ということが。
普段から攻略情報収集の癖がついているトビも駄目では、お手上げである。
「どうします? こんな状態ですけど、とにかく突撃してみます?」
リコリスちゃんがシャドウボクシング? のような動きで拳を振り回す。
疑問形なのはフォームが滅茶苦茶だからである。
腰の入っていないへなちょこパンチだ。
「いやいや、リコリス殿。ハインド殿の性格上、それはさすがに」
「だめでしたか?」
二人が俺の顔色を窺ってくるが……。
すでに先程のやり取りで時間を浪費している。
だから、特に悩むこともなく答えた。
「だめじゃないね。そうしようか」
「そうしちゃうのでござるか!? 四人な上に、攻略情報もなしで!?」
「初見の楽しみがどうこうってやつで、ここは一つ。いいんじゃないのか? 偶にはこういうのも」
「ええ……らしくない無鉄砲さ……」
負けて失うものは特にない。時間くらいか?
それが嫌で、いつもは攻略情報を集めているわけだけど。
今夜は早めに集まれた、という余裕が選択を後押ししてくれている。
今からログアウトして、情報を集めて、またインだと大変だからなぁ。
ゲーム内ブラウザもあるけれど、せっかく集まったのだし。
「ユーミル先輩がいたら、大歓喜な流れですねー。話が早いとか言って……」
「かもね。ってことで――」
話は決まった。
だらけるシエスタちゃんの背をリコリスちゃんが押し、バレンタイン不安症で発作を起こしたトビをしばき倒し、神殿へ。
転移した先にあったのは、科学の代替に魔法の力が溢れた不思議な場所。
「――イベントステージにやってきたのである。おお、甘い香りが……」
「ここは……チョコレート工場ですね!」
カカオと砂糖、そしてミルクを始めとした相性のいい食材、フレーバーなどなど。
魔法で動く機械に似た調理器具の周囲には、むせるほど甘い匂いが漂っている。
壁や天井、床などは石造りの遺跡に雰囲気が近い。
「はぁー……精霊さんたち、かわいいですねぇ」
リコリスちゃんが熱っぽい吐息と共に、目を輝かせる。
でっかいチョコレートケーキの形をしたなにかが指示を飛ばし、下っ端の一口チョコたちがせかせかと動き回っている。
どうも、大きなチョコ菓子ほど上の立場の精霊という設定らしい。
みんな大抵は手足が付いていて、顔もある。
シエスタちゃんが働く精霊たちを見つつ、首を傾げる。
「うーん、チョコの精霊とかいう雑な設定……」
「かわいいから大丈夫だよ!」
「リコは単純だなぁ」
あっちのチョコフォンデュの――おおう、目が合った。
あれも精霊なのか。
俺の様子を横目で見てから、隣に並んで腕を組み、うなずくトビ。
「ちなみに拙者、チョコフォンデュなら酸味の強い果物を使うほうが好きでござる」
「急に語りだしたな……」
「マシュマロやカステラもいいんだけど、甘すぎてねぇ。イチゴとかキウイとか、ベストマッチじゃない?」
「お前、直飲み派じゃなかったのか。口を開けてこう、ダバーッと」
「さすがにやらないよ!? やってみたい気持ちはあるでござるが!」
「あるのかよ」
チョコフォンデュの機械の形をした精霊は、くるくると自ら動いて塩の付いたナッツなどをコーティングしている。
塩気のあるものも合うんだよなぁ、割と。
面白いな……小学生だった頃に行った工場見学を思い出す。
目の前で起きている現象自体は、絵本の世界に近いとは思うけれど。
こういうイベントを見ると、このゲームが全年齢対象だったことを再確認させられる。
「ところでこのイベント。チョコレート工場に入ってくる敵を防ぐ、ディフェンスゲーム……でござったっけ?」
つい見入っていたところに、トビの声を聞いて我に返る。
事前の説明ではそうなっていたな……。
情報を知らないと言いつつも、俺同様にイベントページだけは読んだらしい。
「らしいな。ベリでやった城壁防衛に近いか? それの小規模版か」
言いつつ、周囲の地形を再確認。
出入口は不自然に複数あり、精霊たちがチョコを作っている場所は中央に固まっている。
あの時との違いは、全方位を気にしないといけないことだろうか?
序盤はともかく、最終的には全ての出入口から敵が入ってくる予感。
「勝利報酬は精霊ちゃんたちが作ってくれたチョコだってさ」
「!」
イベント情報を思い出しながら、なんとなくそう口にした直後。
すごい勢いでリコリスちゃんが走ってきて、俺の肩……に手は届かず。
あきらめて踵を降ろすと、腕の辺りをつかんで顔を上げる。
「ハインド先輩!」
「は、はい」
「私、すごい気合が乗ってきましちゃ!」
「そ、そう……」
「頑張りますっ!!」
気合が過剰で噛んでいることも気にせず、強く強く宣言するリコリスちゃん。
完全に火が点いた状態だ。
フンフンと鼻息も荒く盾を持つリコリスちゃんに、どこかユーミルの姿が重なる。
「リコリス殿、よほどチョコ精霊たちを気に入ったようで」
「あー。特にあの辺の、チョコドーナツくんとかチョコマシュマロちゃんがかわいいって言っていましたねー」
「……」
丸くてかわいいものが好きなのは、大抵の人がそうだろうけれど。
どうもリコリスちゃんのツボにはまったらしい。
まあ、やる気があるのはいいことだよな……。
俺の目には、ご当地ゆるキャラの失敗作たちみたいに見えるけれど。
『と、扉が魔物に壊されちゃいますー! 来訪者さんたち、助けてー!』
「助けますっ!」
出入口の扉が軋み、チョコ精霊たちが悲鳴を上げる。
すかさず応え、駆けつけるリコリスちゃん。
どうやら、それが開戦の合図だったのか……。
直後、扉の一つが外側から破壊された。