トビとハインドの悪あがき 後編
魔界の自治は形態が違うからか、一般クエスト受注は酒場で行うことが多いようだ。
人間の町だと村長・町長経由か、役場のようなところで行うパターンがほとんどだが。
俺とトビは酒場の壁にやや乱雑に掲示された依頼書を、一つ一つチェックしているところだ。
「いっぱいあるな……さすが、手つかずの土地」
トビの目論見通り、そこには未消化のクエストが大量に存在していた。
繰り返し複数のプレイヤーが達成できる恒常クエストを除外しても……。
一度限りだろう特殊なクエストが、選り好みできるほど多く残っている。
「溜まりやすくなるのはそうなんだけど、現地人が自力で解決する場合もあるでござるから。プレ――来訪者が来なくても、ちゃんと内容が変化しているそうで」
「ああ。そこは昔のオフラインゲーとは違うよな」
「黎明期のオンゲーとも違うでござるよ。AIすごい」
生きている感、生々しさといえばいいのだろうか?
息づく世界を表現するために、プレイヤーが関わっていなくても絶えず変化を続けているという設計だ。
プレイヤーが関わらないと変化しない、動かないというのもそれはそれで浪漫がある話だが。
プレイヤー=主人公! という感じで。
「色々あるけど、軽いのだと……草むしりに、下水の掃除……」
「掃除はもういいでござるよ!」
「忙しいので、代わりにペットの散歩に行ってください……買い物に行ってください……不眠症の私の代わりに寝てください……うん?」
「え?」
「えーと……」
このシエスタちゃん専用クエストは、彼女に残しておくとして。
他だ、他。
「とにかく、特殊なクエストでも達成可能なのは雑用系が多いな。武力が必要な系統は、今の二人体制だと無理だし」
「せめてノクスくらいは連れてくるべきでござったな」
「だな」
討伐系は除外だ。
魔界のモンスターは全体的に地上より強い。
人数指定が二人のものでも、今のレベルでは苦戦しそうなものが大半だ。
トビの言うように、二人と一羽だったらもう少し――まあ、出発時のノクスはお昼寝中で、起こすのも可哀想だったからな。
「おっ。この辺どうだ?」
条件に合わないものを除外していくと、自然と探索・採取系が多く残った。
フィールド探索は馬を活用すると、あまり敵と戦わずに実行することが可能だ。
「うーん……確かにそうなのでござるが」
トビは依頼書を順番に、食い入るように見ている。珍しく真剣だ。
その様子を受けて、俺はトビがそれを終えるまで待った。
なにか、トビなりの基準を持って依頼書をチェックしているのかもしれない。
「ハインド殿」
「どうした?」
「どの依頼者がかわいい女の子だと思う?」
「……」
どこを見ているのかと思ったら、依頼書の依頼者名のところだった。
そりゃそうか。
男からの依頼を受けても、トビにとって意味はないものな。
「あー……」
魔族の男女のネーミングは、なんとなく「それっぽい」ほうを選べば大体正解だ。
ただ、中にはどちらか判断が難しい曖昧なものも含まれる。
昔からゲームキャラの名前は、それ海外だと女性の名前だよ? な格闘ゲームのラスボス(男)だとか、そういうのが割と多く存在する。
……はっきり言えば、日本人には難しい範囲の話だ。
もっと言うとジェンダーフリーが進んだ結果、最近は日本人の名前でも判別が難しい。
「……名前より、依頼文を見て判断するのがいいと思う。依頼文って、口語文のも多いじゃん?」
「女性口調で書かれた依頼を探せ! ってことでござるか?」
「そうそう。これとかどうだ?」
――ミモザ遺跡調査のため、過去の資料・文献を収集しております。
お心あたりがあれば、三番地の調査団詰所までお願いします。
資料的価値の高いものをお持ちいただければ、相応の謝礼をいたします。
詳しくは魔界考古学資料係・カトリーヌまで――と、依頼書にはある。
「……ほほう。事務的な中にも丁寧で、知的な女性の姿が見えるようでござるな」
「だろ?」
「でももし……これが女性口調の筋肉質な男性だったら、どうするのでござるか?」
カトリーヌで男の可能性……?
いや、さっき自分でも名前から性別は断定できないと確認したじゃないか。
しかし、この感じで男性だった場合は……うん。
俺はトビの肩を叩いた。
「己の不運を呪え」
「そんな!」
「依頼をこなせば、その人からチョコをもらえるかもしれんぞ」
「そ、そういうのを否定する気はござらんが! 拙者にその趣味はないでござるよ! 女の子がいい!」
うん、同性愛が自由というなら異性愛を叫ぶのも自由だ。
ただなぁ……。
可能性の話をしだしたら、きりがないだろう?
例えば、この依頼。
「じゃあ、こっちの――俺様のスケに似合う飛びっきりファンキーなアクセ(地上産)を頼むぜぇ! ひゃっはぁ! ――これでいいだろう?」
「どこが!? 肩パッドモヒカンの姿しかイメージされないでござるよ!? 今時、スケなんて危ない職業の方々しか使っていない単語でござるし!」
誰だよ、こんなNPCと依頼を設定したの! と、声を荒げるトビだったが。
待て待て、そう決めつけるのはよくない。
「モヒカンじゃなくて、言葉遣いが荒い俺っ娘かもしれないじゃないか」
「いや、だとしても! ……あれ? そうするとこれって、百合? ……百合かぁ」
「ちょっと嬉しそうな顔をするな」
そして、スケと呼んでいるからといって相手が女性とは限らない――って、もういいか。
……本当、今日は女子メンバーがいなくてよかったな。
聞かせたくない話のオンパレードだ。
リィズの蔑むような顔が目に浮かぶ。
「それにしてもお前、文句が多いな……俺だって暇なわけじゃないんだぞ? 料理部の準備と、喫茶店でもバレンタインフェアはやるんだし」
「だから慎重になっているのでござろうが……数撃ちゃ当たる戦法が使えないから。さすがに一人で魔界探索&クエスト消化はしんどい! 寂しいし! ハインド殿必須!」
「さっきイラネって言っていなかったか? ……まあいいや。これならどうだ?」
――最近、魔界でも人間の方の姿を見かけるようになりました。
もし、もしも、この依頼書を見てくださった人間の方でお時間に余裕がありましたら……。
少しでいいので、地上の植物を見せてくださると、とても嬉しいです。
私は丘の上で、植物園の手伝いをしている者です。
どうか、よろしくお願いします。
植物園のフルゥより――と、俺がトビに見せた依頼には書かれている。
「儚げで可憐な、草花を愛でる少女……!」
「お前の好みに合っているだろう?」
一々、文章から姿をイメージして目を閉じているのはどうかと思うが。
相手がゲームのキャラだから、そのイメージを下回る可能性が低いのが救いだ。
「でももし、ハインド殿――」
「それはもういい。この子は女の子だ」
この依頼書を選んで渡したのは……。
これが女の子からの依頼だという確信があったからだ。
当然、理由を知らないトビは困惑する。
「ハインド殿? どうして知って……」
「実は以前、この町に寄った際に会ったことがある。小柄で、かわいい子だったぞ」
「!?」
「ほら、スクショ」
「!!!???!?」
トビが知らなかったのは、情報集めに分散している時に俺が一人で会ったから。
スクショが残っているのは、話した際に知識が豊富で、なにかのキーキャラになる可能性が高いと踏んだからだ。
後でみんなと情報共有しようと思ったのだが、忘れていた。
スクショ画像を表示すると、トビは俺から奪い取るようにして食いついた。
「魔界の草花の植生に詳しくて、薬草の群生地……要は探索ポイントか。そういうやつの場所を教えてくれてな? 控えめな話し方だけど、親切だったな」
思うに、これは収集系のクエスト。
地上にも、特定種のアイテムを渡す度に報酬をもらえるというタイプのものは存在する。
この子の場合は地上の植物素材、その全般が対象のようだな。
そして交流期間が短くても、多数の植物素材を渡せば好感度を上げやすいはず。
特殊ではなく、恒常クエストっぽいのは残念ポイントだが……今のトビにはぴったりの相手と言えるだろう。
「は……」
「は?」
「早く言ってよ、ハインド殿ぉ!! この依頼に決めた! っていうかこれがいい! この子がいい! すぐ行こう! 今行こう! でござるよ!」
「はいはい……」
スクショを穴が開くほど見た結果、容姿はトビの好みだったようだ。
この依頼に狙いを定めた俺たちは、町外れにある植物園へと向かった。