トビとハインドの悪あがき 前編
「わっるあがきー。わっるあがきー」
「……」
「本番まっえの、わっるあがきー」
トビがあまり愉快ではない歌を口ずさみつつ、なにかのメモを取っている。
仮に試験前とか受験前であれば、不吉が過ぎる歌である。
人気の少ない談話室に虚しく響き渡っていく。
「ハインド殿。サブクエでもらえる好感度ってどんなもん?」
「知らん」
「そんなー……もうちょい協力的になってくれてもよくない?」
「わざわざこんなことに付き合ってやっている時点で、充分に協力的だろ……」
本日のログイン理由はずばり……トビのNPCに対する好感度稼ぎである。
現実で似たようなことをやったばかりじゃねえか! と言いたくなるが、ゲームの場合は数字が絶対だ。
今度こそ『好感度』という指標が大事になってくる。
「具体的な数字が知りたいなら、隠しステータスチェッカーを使えばいいじゃないか。ほとんどのプレイヤーが持っていないんだから、活用できれば爆アドだぞ」
「あ、そうだった! ……っていっても、肝心の期間がなぁ。もう時間がないでござるよ」
TBで発表されたいくつかのバレンタインイベントの中でも、やはり目玉はチョコである。
具体的には、好感度の高いNPC(例外あり)からプレイヤーにチョコをプレゼント! というもの。
「魔王ちゃんからのチョコが封じられた今、拙者のバレンタイン計画は修正を余儀なくされているというのに……」
「そもそも、魔王ちゃんから疑いなくチョコをもらえると思っていたのがおかしいけどな」
チョコをくれない例外というのは、主に魔王ちゃんを始めとした国家首脳系のキャラクターのことだ。
魔王ちゃんはもちろんのこと、サーラの女王様、ベリルの双子兄妹などなど。
それら人気キャラクターのファンたちからは、大きな嘆きの声が上がることになった。
だから今、TB内ではトビのように慌てて好感度稼ぎに走る者が多数という状況。
「で、トビ。誰からのチョコを狙うんだ? まさか適当じゃないよな? 時間もないし、ある程度は狙いを絞らないと厳しいだろ」
「そこなのでござるが……」
メモを取っていた手を止め、こちらを見るトビ。
こいつも魔王ちゃんが対象外と知った時は、泣くわ叫ぶわ落ち込むわで大変だった。
なにをするのかと見ていると、完成したらしいメモを手渡してくるトビ。
「なんだこれ?」
「いいから。読んでみて」
言われ、メモにざっと目を通す。
これは……キャラクターの名前が羅列してあるな。
「それ、拙者が魔王ちゃんの次に好きなキャラたち」
「見事に競争率が高そうな……」
ショップ店員とかのキャラが多いな。
このタイプは多くのプレイヤーが目にする機会も多く、自然と人気も高くなりがちだ。
チョコを配る数はキャラクターごとに決まるとあったので……。
職業柄、普通のキャラクターよりは配る数が多いことは予想できるが。
「魔王ちゃん全振りのお前には、どの子も厳しくないか?」
ギルドでの買い出し担当は主に俺のため、トビは自然と接触機会が少なくなっている。
そもそも、好きとは言っても無理に捻りだした感が強いラインナップだ。
それを指摘すると、トビはその通りだと大きくうなずく。
「そうなのでござるよ……魔王ちゃんに比べると、やはり――くっ! 一途さが裏目に出るとは!」
「自分で一途とか言うな。間違っちゃいないけど」
「このままでは拙者のチョコが!」
「諦めるっていう選択は……」
「ない!」
「さいですか……」
謎に高い執着心だな。
もちろん、俺だって好きでこのゲームを続けているのだ。
ゲームキャラからのチョコなんてどうでもいい、などと言う気はない。
だからこうして、協力を――
「そこで拙者、考えたでござるよ! 拙者は考えた! ハインド殿の策? イラネ! ってなるくらい考えた!」
「そうか。いらないなら帰っていいか?」
――しようと思っていたのだが、その気はたった今失せた。
よし、帰ろう。帰って料理部で使うレシピの確認でもしよう。
ログアウト、ログアウトっと。
「待って! 聞いて!」
ログアウトボタンを押そうとする俺と、それを止めようとするトビとの格闘があってから数十分後。
俺たちは、場所をサーラのギルドホームから魔界へと移していた。
魔界に神殿はないので、各地にある魔王像の近くがワープゲートになっている。
何度も『地下大冥宮』を通る必要がなさそうで、嬉しい仕様だ。
「ファストトラベル万歳! なんだけど、二人で平気か?」
「戦闘はなるべくしない予定だから、なんとかなるでござるよ!」
まあ、確かに馬を連れてこられたから平気だと思うが……。
どうもトビは、魔界で好感度稼ぎを行うつもりらしい。
馬の背に揺られてフィールド上を移動しながら、トビが思いついたという作戦の詳細を聞く。
「――という感じなのでござるが! どう!? どう!?」
「……そうか。なるほどなぁ。魔界のNPCに対象を絞るっていうのは、いい考えだよ」
「で、ござろう!」
魔界はほとんどのプレイヤーにとって未踏破の場所だ。
言い方は悪いが、手垢がついていない土地ということになる。
必然、NPCたちの好感度もフラットな状態。
つまり……。
「本命チョコは無理でも、義理チョコは稼ぎ放題! 拙者、頭いい!」
「義理でいいのか? 欲深いんだか、そうでもないんだかよくわからんな」
もらえるチョコは好感度の多寡によってランクが決まるらしい。
それによると、下から『義理チョコ』『感謝のチョコ』『心のこもったチョコ』の三つのランクに分かれるそうだ。
当然、上のランクに行くほど配布数は減っていく。
トビが口にした本命チョコというのは、最上位の『心のこもったチョコ』のことだ。
「なんでもいいけど“本命チョコ”じゃなくて“心のこもったチョコ”な?」
「そんな真面目に正式名称で呼んでいるの、もうハインド殿だけでござるよ! 本命チョコでいいでござろう!」
キャラによってはそのチョコが複数用意されていたり、恋愛的な意味を含まないケースだったりもあるので、配慮してその名称になったのだと思うが……。
「実質本命じゃん!」というプレイヤー間の話により、本命チョコという呼び名が瞬く間に浸透・定着してしまった。
うーん、業が深い。面倒なので、ここからはトビに合わせるけれど。
「……で、その本命チョコはいいのか? 本当に義理狙いでいいんだな?」
俺の質問に、トビは腕を組んで動きを止める。
それから大事なことを話すように、低い声で重々しく話しはじめる。
「……ハインド殿。バレンタイン当日、男にとって1か0かというのは大きな違いなのでござるよ。例え義理であっても、1でももらえたことでどれだけ心が救われるか……!」
話しながら腕組みを解き、握った拳を震わせながら語るトビ。
大したことは言っていないような気もしたが、俺は勢いに押されてついうなずきを返す。
「お、おう。わかる……気がする」
「――あ、ちなみにかーちゃんからのチョコはノーカンでござるから」
「おい」
いい加減にしろよ? ……こいつには基本的に、感謝の心が欠けていると思う。
ホワイトデーでも母の日でもどっちでもいいから、気持ちはちゃんと返せよ?
ちなみに秀平は津金家の美人な姉たちからも、なんだかんだで毎年チョコをもらえる。
だから一部の男子クラスメイトからすれば、その時点で敵なのである。エネミーである。
「まあ、できれば本命も? あればあるに越したことは……むふ。ないでござるが?」
「よーし、ここで鏡を召喚だ。さあ、見ろ。今の自分の顔を」
「ちょ!? やめてやめて! ひどい顔をしていた自覚はあるから!」
鏡を出してトビに向けると、映り込んだ自分と目が合った瞬間に顔を隠した。
伸びきっていた鼻の下がひょっと縮む。
「なんてことをするでござるか! ショック療法にも程があるでござろう!?」
「それくらいしないと正気に戻らんだろうが」
そんな表情で女子にモテようなんて思うな。おこがましい。
どんなに元の顔の造形がよくても、一瞬で気持ちが冷めるわ。
「それはそうでござるが……お! いつの間にか町が目の前に!」
「上手く敵を避けながら進めたな。トビが騒いでいた割に」
「半分くらいはハインド殿のせいだよね!?」
魔王城近辺と『魔都ディノア』のクエストは、収集系や雑用系であっても推奨レベルが高く、今の俺たちには達成できそうもない。
しかも、今日はパーティに二人しかいない状態だ。
そこで俺たちは魔界で序盤に訪れた『アプリコ』という大きめの町までワープし、そこから一つ前の町まで戻ってきたのだった。
そこまで大きくない町なせいなのか、ここはワープの対象外だった。
もしかしたら、この『アーリィ』の町なら、二人で達成可能なクエストがあるかもしれない。