表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
984/1112

「あの日」が迫る

「フフフ……ハインド殿」


 スキル習得も一段落(いちだんらく)し、久しぶりに戻ってきたギルドホームにて。

 談話室で、みんなで座ってまったりしていると……。

 トビが意味ありげな笑みと共に、こちらを向く。

 これは……うざいパターンだな?


「どうした? トビ。ガムでも踏んだのか?」

「わかった! 他ゲーのガチャで爆死したのだろう!?」

「魔王にふられましたか?」

「なんで拙者が不幸な目に()った前提なの!?」


 俺、ユーミル、リィズの三連撃にトビが悲鳴を上げる。

 だからといって、トビが話の流れを止めるわけでもなく。


「そうじゃなくて! あれでござるよ、あれ! 二月に入ったし、バレ――」

「うっ、頭がッ!」


 その頭の二文字を聞いた瞬間に、冗談ではなく本当に頭痛がした。

 考えないようにしていたのに、どうして口にするかな? こいつは。

 ユーミルもリィズも、俺とは違う意味だろうが微妙な顔をしている。


「なにこの空気? そんなことより、もうすぐバレン――」

「ぐあああっ! 持病の(しゃく)が!」

「なんなのそれ!? シャクなんて、時代劇でしか聞いたことないんだけど!?」


 癪というのは、胸や腹などの激しい痛みをまとめてそう呼んだものである。

 現代でも、怒った際の「癪に障る」という表現は聞いたことがあると思う。

 江戸時代ころの医学レベルだと病気の特定が難しかったため、そういった大雑把な総称が使われ――


「いやいや! 詳しく解説しなくていいでござるから!」

「あ、そう?」


 ――トビの言葉を受けて、俺は胸を(おさ)える体勢を解いた。

 こちらの痛みはもちろん嘘である。

 俺たちの話を聞いていたユーミルが、ふと思い出したように関係のない話をはじめる。


「そういや、ドリルたちって最近見ないな? 前イベントで丸々見なかった気がするのだが。あいつらの継承スキルはどうなった?」

「ヘルシャたちは仕事で海外だって言ったろ。でも、魔界スキルはちゃんともらえるってさ。一昨日だっけか? 連絡があったぞ」

「おお!」

「おお! じゃないよ。俺の清掃バイトもしばらく休みだったじゃん」

「そういえば!」

「そういう雑なところがあるから、お前のところには連絡が行ったり行かなかったりするんだ」


 共有系の話だと「ユーミル(未祐(みゆ))にも伝えておいて」とメールやメッセージの文末に書かれる率が九割超えである。

 そして、ちゃんと伝えてもこのように忘れたり聞いていなかったり。

 ……ともかく、魔界行きに協力してくれたヘルシャたちの近況はそんな感じだ。

 それから昨日、フィリアちゃんのほうからも連絡があり……。


「うんうん。フィリア殿のほうも順調なようでござるし、結構なことで」


 無事、手に入れた『魔界の襟章(えりしょう)』を提示してスキル習得に入れたとのこと。

 どんなスキルかは、再会したときのお楽しみだそうだ。

 トビはニコニコと、フレンドたちの近況を語りつつお茶を(すす)る。


「――って、ちっがぁぁぁうっ! バレンタインでござるよ、バレンタイン! もうすぐバレンタイン!」


 ちぃっ、完全に話を()らせたと思ったのに。

 俺たちの態度に憤慨(ふんがい)したトビが、カップを置いてテーブルを叩く。


「は? なに言ってんだ。二月と言ったら節分だろう? 豆()くぞ、豆」

「どうしてそんなに認めたくないの!? 話したいのはバレンタインのことだってば! まったくもう! ハインド殿はまったく!」


 逆に()きたいのだが、どうしてこいつはそんなにバレンタインのことを話したいのだろう?

 ソワソワするにしても、三日前くらいからにしておかないと身が持たないと思うぞ。


「っていうか、トビ先輩がそれを口にしますかー。嫌な思い出が一杯あるーって、前に言っていませんでしたっけ?」


 特にバレンタインデーに思うところがないのか、シエスタちゃんがトビの話を聞いてあげるらしい。

 トビの嫌な思い出というのは、中・高と学年が上がるごとにチョコを貰えなくなるというあれだ。


「甘いでござるな、シエスタ殿! チョコだけに!」

「やかましいわ」


 むしろ一年目は顔だけで貰えてしまうのだから、美形に産んでくれた親に感謝しろと言いたい。

 その後の失墜(しっつい)は完全に自己責任である。

 しかしトビは、俺の声を気にせず話を進めていく。


「拙者が嫌なのは、現実世界のバレンタインデー! ゲームのバレンタインは一味違う!」

「ほほー。めんどくさそうですけど、聞いてあげますよ」

「ありがとう!」


 聞くだけならあんまり疲れない、といった様子で手をひらひらと振るシエスタちゃん。

 マイ枕をテーブルに置き、半分寝た状態で話の続きを(うなが)す。


「ゲームのバレンタインといえば、要はバレンタインイベント……略してバレイベなのでござるが!」

「はいはい」

「大抵のバレイベは、ゲーム内のキャラからチョコをもらえる嬉しいイベント! なのでござるよ!」

「ほほー」


 ……ああ、そういうことか。

 俺は去年までネットゲームをあまりやらなかったので、やや(うと)いのだが。

 日付に連動したイベントが多いネットゲームでは、バレンタインはそういう感じになるのか。


「つまり、もうすぐ拙者は!」

「トビ先輩は?」

「魔王ちゃんからチョコをもらえるということ! でござるよ!!」

「……???」


 あ、シエスタちゃんが体を起こした。

 理解を超えた言葉に、一時的に眠気が飛んだらしい。

 そのまま一人で盛り上がり始めたトビを置いて、俺のほうに視線を送ってくる。


「……先輩、先輩。今の発言について、どう思います?」

「ああ、あいつね。自分が魔王ちゃんからどういう評価を受けているか、いまひとつわかっていないんだよ……」

盲目(もうもく)ですねー」


 あえて恋は、とかいう単語は使わないシエスタちゃんなのだった。

 気持ちはわかる。

 しかし、そもそもだ。

 魔王ちゃんがチョコを配って回るキャラをしているか……?

 どちらかというと、あの子はもらう側という感じがするのだが。


「あ、あの。早めに現実を教えてあげたほうが、傷つかずに済むのでは……?」

「放っておけ、サイネリア。あいつは毎年、この時期はこんなものだ」


 と、これは心配そうなサイネリアちゃんと、どうでもよさそうなユーミルの会話だ。

 リィズも同様だったが、一言。


「ですね。それにしても、確かにそういう時期ですか……」

「「「……」」」


 バレンタインを意識するような言葉を最後に、沈黙。

 他の大多数のメンバーもそれに追随する。

 トビが妄想の世界に旅立った今、一人取り残された野郎としては気まずい空気である。

 非常に気まずい。

 ……誰か助けて。


「そういえば、ハインド先輩はどうして憂鬱(ゆううつ)そうなんです? 苦手なんですか? バレンタイン。それともチョコ?」

「あ、え、ええとね。それはね……」


 助け船、リコリス号が近くの港に停泊してくれていた。

 タラップを降ろしてくれたので、俺はすかさず乗り込むことに。


「バレンタイン前って、ウチの料理部でチョコ作りの手伝いをする行事があってね」

「わぁ、いいですねー! ……もしかして、それが大変で嫌なんですか?」

「うぅーん……」


 そちらも大変なのは間違いない。

 だが、俺の気を重くしているのは別のことだ。


「チョコを作り終わるとね? なんとなく、流れで始まっちゃうんだよ……」

「なにがですか?」

「……恋愛相談的なやつが」


 大概は、完成したチョコを前に……ラッピングしているときが多いだろうか?

 ちなみにラッピングの素材は手芸部が協力して箱や袋、果てはリボンまで揃えてくれる。

 割と至れり尽くせりなイベントである。


「クリスマスなんかは、すでに成立しているカップルが多いからそこまででもないんだけど。バレンタインはねぇ……」

「な、なんとなくわかります! バレンタインのほうが、より告白のきっかけになりやすいですよね……! ドキドキします!」


 どちらも日本では恋愛イベントといった(おもむき)だが、その性質は微妙に違う。

 ちなみにバレンタインだが……。

 社会人になると、女子にとっては面倒なだけのイベントになると母さんがボヤいていた気がする。

 女子……?


「なんでもいいんだけど、俺を橋渡し役にしないでほしい……っていう愚痴(ぐち)だね。愚痴」

「た、大変ですね……でも、気持ちはわかります! ハインド先輩は頼りになりますから!」

「……ありがとう。そう言われると弱いんだよなぁ」


 だから恋愛相談も断りきれないのだけど。

 明らかに脈がないタイプの相談なんかは、結構しんどいんだよな。

 駄目でも「さあ次に行こう!」なんて、切り替えが早い人ばかりじゃないし。


「他にもなーんかありそうですね、先輩。せっかくだから、私もリコと一緒に聞いてあげますよ」


 テーブルに乗せた上体をずりずりと動かし、話に割り入ってくるシエスタちゃん。

 周囲に置かれた菓子や飲み物などには、絶妙に引っかからない。

 というか、サイネリアちゃんが慣れた様子でそれらを避難させている。


「お、今日のシエスタちゃんは積極的に聞き役に回るね。どうしたの?」

「いやー、別に……冒険よりもこっちのほうが楽だな、なんて思っていませんよ? 二日に一回は雑談だけして終わりにしません? とか、提案しようなんて思っていませんよ?」

「お、おう」


 明らかに本音丸出しの顔だったが、触れないでおこう。

 どうせユーミルが秒で却下するだろうから。


「じゃあ、料理教室の話なんだけど。料理音痴の子ほど、なぜか難しいチョコ作りに挑戦しようとするんだよね。生チョコくらいだったらいいんだけど、いきなりフォンダンショコラとか。ボンボンショコラとか」

「あー。中に入れる系ですねー」

「はい! 私、湯煎(ゆせん)して型に流し込む以外の方法を知りません!」

「それができれば本当は充分なんだよ、リコリスちゃん……あ、あとね。変化球で、チョコ以外の菓子の作り方も訊かれるかな。甘いものが苦手な相手に送るから、甘くない菓子を教えてとかいう相談を受けたことがあって」

「うへぇ。めんどー」

「甘くないお菓子……?」


 煎餅(せんべい)、ポテトを代表とした野菜チップス、ナッツなどが定番か。

 甘くないクッキー、サブレなんかもあるにはある。

 その辺だとチーズクッキーなんかが個人的にはおすすめだ。

 今回の話とは別だが、大人同士だったらお酒もありになるだろう。


「まー、色々あるみたいですけど。もうすぐですねー……あ、私は先輩にチョコあげますねー。お楽しみに」

「お、ありがとうシエスタちゃん。チョコは割と好きなんで、素直に嬉しい」

「わー……シーちゃん、大胆」

「「「!?」」」

「ひょえっ!?」


 それまで静かだった他の女性陣が、急に一斉にこちらを見た。

 シエスタちゃんは涼しい顔だったが、リコリスちゃんが強い圧力に(のど)を鳴らす。


「おい、シエスタ!」

「なんですか、今のは!」

「私は変に牽制(けんせい)しあうのとか、面倒なんでー。先に宣言です」

「くっ!」

「卑怯ですよ……!」

「いやー、むしろ正々堂々としていません……? 自分で言うのもなんですけど」

「確かに!」

「納得しないでください」


 シエスタちゃんを挟み込むユーミル、リィズ。

 挟み込んでもオセロのようにシエスタちゃんの態度が変わることはなかったので、二人は(あきら)めて他に目を向ける。


「セッちゃん! 同盟会議、臨時開催です!」

「え、ええ!? 定例以外だと久しぶりだね、同盟会議……」


 まず、会話に参加せずに細工物を仕上げていたセレーネさんをリィズが呼び寄せる。

 まあ、セレーネさんとしては珍しく、途中から手が完全に止まっていたが。


「サイネリアも来い!」

「私もですか!?」

「そうだ! リコリスは……あー……」

「はい?」

「あ、リコは私が引き取っておきますねー。それでいいですよね?」

「くっ……! 頼む!」


 次にユーミルがサイネリアちゃんを呼び寄せ、四人で円を作ってなにか相談をはじめる。

 事態を飲み込めていないリコリスちゃんは、シエスタちゃんが引き取った。

 ……それらの動きに対し、自分は関係ないと思えるほど(にぶ)くはない。

 鈍くはないのだが、俺は微妙な顔で固まることしかできなかった。

 本日二度目だが、あー……うん。

 誰か助けて。


「――あれ? なにこれ、どういう状況?」


 そうしていると、今度は泥船のトビ号が帰港してきた。

 変なタイミングで帰ってこないでくれるか?


「ハインド殿。なんなのこれ?」

「言いたくねえ」

「あ、察した。賢い拙者は察したでござるよ。このこのぉ」

「……」

「むふふふふ」


 (ひじ)で胸を小突いてくる動きがたまらなくうざい。

 ……バレンタインデーまで、およそ二週間弱。

 TBでバレンタインイベントの開催が予告されたのは、それから程なくしてのことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] フォンダン作れるレベル(家事レベル激高)の男子にバレンタイン……よろこんでもらう難易度高すぎません?
[一言] こと魔王についてはチョコあげた方が好感度上がりそう 流れで冥王様にもあげるからハインド殿また好感度あげちゃうなー
[良い点] 分かる、分かりますぞぉ!! ハインドを巡って火花を散らす淑女同盟エンドモア! しかしその横を素通りして近づく者…! そう、みんなのヒロイン斎藤さんだ!  「はい義理チョコ。いつもお世話…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ