魔界スキルと勇者たち 後編
「墓地っていうと、闇魔法になにか関係が?」
墓地と聞いて最も連想しやすいのは、その系統だ。
そうなると、リィズのスキルを最初に教えてくれるのだろうか?
サマエルが答えるよりも先に、トビとリィズが俺の言葉に反応する。
「あー。デバフってそもそも、呪いとかそういう感じでござるし?」
「では、この墓地……悪霊でも棲みついているのですか?」
「どうなんだ? サマエル」
俺たちの続けざまの質問に、サマエルは虚を突かれたような顔をした。
あれぇ?
「いいや。あまり関係ないな」
「えー……じゃあ、なんで墓地につれてきたんだ?」
この墓地――といっても、実際になにかが埋まっているかどうかは謎だが。
雰囲気たっぷりで、長居するのがあまり気持ちいい感じではない。
明確な理由がないなら、早めにお暇したい場所である。
……しかしそこはサマエル、意味のない行動を取るようなやつではなく。
「無論、ハインドのためだ。お前たち添え物……」
「添え物? 今こいつ、拙者たちを添え物って言った?」
「……お前たち二人には、あまり場所は関係ない」
サマエルは、俺の継承スキル習得にこの場が必要だと言う。
リィズのじゃなかったのか……。
「サマエルのやつ、本音が漏れすぎではござらんか? ハインド殿とそれ以外で、露骨に態度が違うのでござるが」
「いっそ清々しいではありませんか。私としては、ハインドさんにしっかりスキルを教える気があるのなら、特に文句はありません」
「そりゃ、リィズ殿はそうでござろうが……」
サマエルがこうなのは、今に始まったことではないが。
あまり変に贔屓されるのも、それはそれで居心地が悪い。
……ここはさっさと話を進めてもらおう。
「と、とにかくサマエル。結局、なんで墓地なんだ? 俺のためとか言われると、益々わからないんだが。俺の職、神官だぞ?」
「ふむ……口頭で説明するより、実践してみせようか」
サマエルが小さな空間の裂け目に手を入れ、中から禍々しくも豪奢な杖を取り出す。
セレーネさんがこの場にいれば、さぞ目を輝かせたところだろう。
正確なところは不明だが、おそらく最高ランクに近いだろう魔導士の杖だ。
「お。スキル実践か?」
「クソスキルだったら承知しないでござるよ!」
ぞんざいな扱いを受けたトビの視線と態度は刺々しい。
しかしサマエルは意に介した様子もなく、ゆったりとした動作で杖を構える。
「ああ。そこで見ているといい」
墓場で神官のスキルということは、蘇生系で間違いないだろう。
フルHPでの蘇生、全体蘇生、そこまで行かなくとも複数の同時蘇生など。
どれが来ても嬉しい――などと考えていた俺だったか。
数秒後、己の浅はかさを知ることになった。
『地に潜む亡者たちよ……我に従え!』
サマエルが呪文のようなものを唱えると、地面がもこもこと盛り上がり……。
どこか見覚えのある魔族らしき者たちが、次々と地中から出現。
そのまま、フラフラとした動きで立ち上がった。
「どうだ? 神官の貴様にぴったりな技――」
「死霊術士のスキルじゃねえか! 神官違う!」
これ、どう見てもゾン――いや、でもなぁ。
動きは緩慢、目に生気はなし、血色もないように思える。
それでも、サマエルは自信満々の態度を崩さない。
「はたして本当にそうだろうか? 見ろ、地に伏していた者たちがこんなに活き活きと……」
「苦し気に呻きながら這っているんですけどぉ! 活き活きとは!?」
「これぞ癒しの境地! 死の超越! 真の神官!」
「なにかが間違っている!」
「ええい! 神は神でも、邪神を信奉すればこうもなろう!」
「なんで急に逆切れ!? 魔界の信仰形態なんて知らねえよ!」
現実で宗教関係の事柄を軽々しく扱うのはご法度だが、この場合は許されると思う。
というか、魔王城の内政官たちじゃないか? このゾンビたち。
道理で見覚えがあるわけだよ。なにやってんの。
「まあまあ、ハインド殿。考えてみれば、なんども復活する勇者一行なんて、魔族側からみたら魑魅魍魎みたいなもんでござるし」
「確かにそうだけど!」
「なんだそれは……恐ろしいな。どこの世界の勇者だ?」
「だったら今、お前が使って見せた技はなんなんだよぉ!」
同レベルじゃないか! どう違うんだ!
と、口元を覆って大袈裟に怖がるサマエルに叫び返す。
よく見たら、サマエルの肩は小刻みに揺れている。
あ、こいつ笑って……!
「……堪能しましたか?」
「ああ。確かに小気味いいな……癖になる」
「人の反応で遊ばないでくれるか?」
意図を察したリィズの言葉に応じつつ、口元にあった手を下ろすサマエル。
やっぱり笑ってやがった、この野郎。
……ああ、叫びすぎて息が切れた。喉が痛い。
「だが実際、お前たちパーティにこのスキルは最適なはずだ」
「ど、どの辺が?」
効果はゾンビ化……でいいんだよな?
どういう状態なのかはわからないが、純粋な強化魔法の類には見えない。
「このスキル……不死者の目覚めは、ステータスを変化させた上で戦闘不能に陥った味方を復活させることが可能だ」
「?」
サマエルが俺たちに説明する横で……。
用は済んだとばかりに、自力でゾンビ状態を解除して仕事に戻っていく内政官たち。
なんていうか、その……おつかれさま。忙しいのに大変だな。
「うお!? これ、ステータス表でござるか?」
「え?」
ちょっと目を離した隙に、スキルに関する説明が進んでいた。
トビの驚く声に反応して視線を戻すと、サマエルが投影魔法を使用している。
目を凝らすと、確かにトビが言ったようなステータスをグラフにしたものに見えた。
「そうだ。これが一般的な前衛戦士の能力を可視化したものになる」
「器用な人ですね……」
「誠に」
そういや、例の魔王城の幻影もサマエルが発動者という話だった。
この前のエクストラマッチにも出なかったので、サマエルの戦闘力は未だにはっきりしないのだが……。
端々から、魔導士としての高い格は感じ取れる。
強いのは間違いないと思わされる。
「ふん。で、これが……」
称賛の言葉に鼻を鳴らし、幻影を操作するサマエル。
動きが明らかに軽やかになっている辺り、素っ気ない声音の割にいい気分になっているようだ。わかりやすい。
そして、サマエルが操作したパラメーター表も――
「こうなる」
――非常にわかりやすかった。
簡単に言うと、魔法関係の数値が大きく減少する代わりに……。
物理系統とHPの数値が大きく、かなり大きく上昇していた。
目を瞠る俺たち。
「おお! ……ハインド殿!」
「ああ。面白いかもしれないな、これは……」
ちょっと見ただけでも、多数の活用法が頭に浮かんできた。
さすがにゲーム歴の差からリィズはピンと来ていないようだったが、それでも身を乗り出してグラフを注視している。
状況こそ選ぶが、使いこなせば強スキルになる予感……!
「ひとまず、ハインドにはこのスキルを」
「お、おお。マジでか……」
「トビとリィズには、使い勝手を重視した技を一つ。それが済んだら、大技を一つずつ習得してもらう」
「承知!」
「了解です」
ああ、そういえば各人に二つずつ教えてくれるんだっけか。
スキルのビルドに関しては大技ばかりあればいいというものでもないので、サマエルのチョイスは非常にありがたい。
トビもリィズも、なんだかんだでいいスキルを教えてもらえそうな予感がする。
……しかし、相変わらず俺だけ別扱いなのは不安になるな。
今の『不死者の目覚め』はどっちのカテゴリだったんだ?
トビは段々と、それを面白がりはじめているけれど。
「して、ハインド殿のもう一個のスキルは? どんなのでござるか? 勿体ぶらずに教えてほしいでござるよ!」
「案ずるな。とっておきを用意してある」
「とっておき……あのさ、サマエル。次はもうちょい、その……神官らしいスキルなんだよな?」
「……」
「サマエル?」
「………………」
俺の呼びかけに対し、サマエルは特に応えることはなかった。
黙って、いい顔で見返してくるだけである。
もう一方のスキルも、どうやら正統派に属するものではなさそうだ……。