魔界スキルと勇者たち 前編
「はぁぁぁぁぁっ! 魔王、煉獄だぁぁぁんっ!!」
ユーミルが気合の声と共に剣を前に突き出す。
一瞬、なにかが発動するようなエフェクトが発生したものの……。
「ぷすん」という間の抜けた音がして消えてしまう。
なんだか『しかしMPが足りなかった!』というメッセージが聞こえてきそうな、一連の動きだった。
「んがぁぁぁぁ!」
何度やっても上手くいかないせいか、ユーミルが地団駄を踏む。
ここは魔王城内、とある場所に存在する『修練の間』だ。
『神魔決戦』イベントも終わり、俺たちは念願の魔界継承スキル獲得に軸足を移していたのだが……。
「いいか? 勇者」
「うむ」
「まずはこう、ザバーッと魔力を練るだろ?」
「うむ」
「そしたら手のほうにぐいーっと集めて、どーんと撃てばいいんだ。勇者の場合は剣だな。わかったか?」
「うむ」
「違う! もっと真剣にやるんだ!」
「やっっっとるわぁ! お前の教え方がおかしいんだ、魔王!」
「なんだとーっ!」
擬音ばかりの魔王ちゃんの説明に、まるでコツをつかめないユーミル。
この図が先程から、もう何度も何度も繰り返されている。
……ユーミルだって普段から会話の中に擬音が多いし、感性は合うと思うのだが。
「大体、魔力をザバーッとってなんだ! 波か!? 海なのか!? 私たちの魔力はじゅわーっとしか出てこんぞ! 魔王基準の魔力で語るな!」
「勇者のくせにか!?」
「レベルが足りんのだ! お前のMPが海レベルなら、私たちのは水たまりくらいだ! 真の勇者に覚醒でもせんと追いつかんわ!」
「だったら今すぐに覚醒しろ! せめて池か湖くらいの魔力になれ! 勇者だろ!」
「できるかぁ!」
……。
聞いていると頭が痛くなってくるな、この二人のやり取り。
純粋に難度が高いのか、ゲーム的に習得条件が整っていないのか。
ユーミルは継承スキル習得に苦戦している様子だ。
さて、他の面々は……。
「冥王ちゃんの、能力開発講座ぁー……なのじゃっ!」
「「「わー」」」
「わ、わー……」
こっちは冥王様に教わる組だ。
冥王様は本人曰く「なんでもできる!」そうで、近接・遠距離、物理・魔法問わずスキルを教えてくれるとのこと。
冥王スキル……なんとも強そうな響きの名前である。
塵ひとつ残さず消滅させられそう。
……実際、TBでそんなことは起きないだろうけど。
「ところで、めいおーせんせー! なんで大人バージョンに眼鏡って格好なんですかー? なんでスーツを着崩しているんですかー?」
「このほうが色っぽいじゃろ?」
「せんせー、受講生に男子がいないから意味ないと思いまーす」
「いやいや、これはお主らのためじゃよ」
「「「?」」」
この世界にスーツって存在したっけか……?
冥王様は超常的な存在なので、ありといえばありなのかもしれないが。
それとリコリスちゃん、色っぽい女性が好きな女子というのも存在していてね?
「お主らにも、意中の男くらいいるのじゃろ? ついでに、色気もお勉強していくとよいのじゃ!」
「いちゅー?」
「……!」
「おー、なるほどー」
「え、えっと……それってこの子たちくらいの歳の子に、教えていいものなんでしょうか……?」
……うん。これ以上はノーコメントで。
こんな感じで、冥王様に教わっているのはヒナ鳥たちとセレーネさんの四人。
魔王ちゃんはユーミルにマンツーマンで付きっきり。
残る俺とリィズ、トビが誰に教わっているのか? というと。
「さあ、貴様らはこっちだ! さっさと来い!」
目の下の隈も取れ、すっかり元気になったサマエルが師である。
ここ『修練の間』は小さな魔界と言ってもいい造りで、各地の様々な地形を再現している。
魔王とユーミルは平地、冥王様たちは岩場の辺りを使用しているな。
サマエルはどこに向かっているのだろう?
「いつも無意味に偉そうですね。あの人は」
「だねえ。ハインド殿、元気にしすぎちゃったんじゃ……?」
「そ、そんなことはない……と思う」
実は、サマエルに関してはクエスト扱いの看病イベントのようなものがあった。
そこで魔界風に寄せた薬膳料理を用意し、食べさせてみたのだが……。
どうも効き目があり過ぎたらしく、今のサマエルは活力に満ち満ちている。
「ところでサマエル、なんでこの人選? 拙者、魔王ちゃんに教わりたいのでござるが。次点で冥王様」
サマエルの後ろを歩いて移動しながら、トビが質問する。
俺とリィズは魔法系の職だから、まだ理解できるが……。
言われてみれば、トビはどうしてだろう?
サマエルって魔法系のキャラクターだよな?
「貴様は魔王様に悪影響を及ぼしそうだから駄目だ。私の目の届く範囲にいてもらう」
「ああ、そりゃ確かに」
「言えていますね」
「OH……」
納得の返答だった。
納得いっていないのはトビだけである。
「心配するな。技はしっかり教える。魔術だけでなく暗殺も隠密も得意だぞ、私は」
「さ、左様で? 頼むでござるよ、マジで」
魔導士が教える軽戦士のスキルか……。
どんなものになるのか、素直に気になるな。
……魔導士といえば、冥王様もどちらかというとベースは魔導士系だと思うけど。
魔王ちゃんは戦士というか武闘家あたりがベースな気がする。
「じゃあ俺らは? サマエル。俺らは魔法系統だけど、それなら冥王様が担当してもよかったんじゃ?」
「我が友には、返し切れないほどの恩があるからな。私自ら、選りすぐりの技を教えるのが筋であろう」
「恩って、薬膳のことか? たいしたことはしていないって」
「ふ……」
それ以上は言うな、という仕草をするサマエル。
相変わらず尊大さと義理堅さを兼ね備えた、ちょっと難儀な性格の男である。
「でも、本当にいいのか? 魔界は神界との戦いに負けちゃったし、また色々と忙しいんじゃ」
「いや、問題ない。軍の再建が済んでいない段階としては、むしろ健闘したと言えるだろう。最終的には、魔王様とババァ――冥王様が二柱の神どもを圧倒したという事実もある。案ずるな」
サマエルの中では、前イベントの敗戦はそれほど深刻な事態ではないらしい。
よく考えたら、実働していたのは主にプレイヤーだしな……両軍へのダメージは少ないわけか。
最後の戦いで面子は保たれた、ということらしい。
「リィズに関しては、適性の問題だ。呪言を用いる闇系統の魔法は、私の最も得意とする分野だからな。冥王様も使えるだろうが……まぁ、あのお方は多少大雑把なところがある。精緻さが求められる闇魔法の指導なら、私が適任だろう」
「なるほど、そうですか。理解しました」
まあ、サマエルの指導にばっちり適正があるのはリィズだろうな。
しかしリィズ……女王様にサマエルと、TB世界屈指の魔導士二名にスキルを教えてもらえるのか。贅沢だ。
一つしかセットできないのが残念だが、かなり強いスキル構成になりそうだな。
「さあ、こっちだ。ついてくるがいい」
サマエルはまだ足を止めない。
湿地エリア、森林エリアを抜けて光の届かない暗いほうへと進んでいく。
「っていうか、ポンとスキルを渡されるわけじゃないのでござるな……特訓とかする感じかぁ」
「レアなスキルをくれるんだから、こんなもんじゃないか?」
「私も女王様から、まだスキルをいただいていませんし」
「ああ、そういやそうでござったな」
あまり強くない……と言うと失礼だが。
一般的な継承スキルは、簡単な条件を満たした時点でスキルに追加される形のようだ。
一方で上位の継承スキルは、習得条件が複雑で時間がかかる。
女王様のときだって腕試しのようなものがあったし、ティオ殿下のスキルも習得こそ簡単だったものの、徳を積むとかいう特殊な強化項目が設定されている。
魔界勢は言うに及ばず、ここまで来るだけでも大変な苦労を伴った。
だからこそ、否が応にも期待が高まるのだが。
「ここだ」
無駄に広い修練場を歩いて歩いて、ようやくサマエルが足を止める。
周囲の木々は益々高くなり、光はあまり届かない。
だが、森の中にある広場のような場所に出た。
ただの森林エリアではないらしい。
「ここは……?」
まず目に入ってくるのは、石だった。
大きめの石が規則的に、一部は不規則に、なにかの目印になるように立ち並んでいる。
あまり手が入っていないのかそれとも単に古いのか、管理が行き届かずにひび割れたり汚れたり、草に覆われていたり。
そしてその石には、どうも名前のようなものが刻まれているらしかった。
……そこまで見て察しがついたトビが最初に叫ぶ。
「墓地じゃないでござるか!」
「いや、なんで墓地?」
「……」
サマエルが修練にと案内した場所は、なぜか墓地だった。