臨時幹部、任期満了のお知らせ
「岸上君、岸上君」
斎藤さんが話しかけてくるのは、早朝の時間帯が多い。場所は教室。
基本、俺にとって嬉しい出来事ではあるのだが……今日は少々、事情が違っている。
「あ、今さ。“うっ”ていう顔したよね?」
だってもう、スマホを取り出しているんだもんよ。
斎藤さんが見ているはずのセントラルゲームスが、昨夜のうちに動画を上げていたもんよ……。
「そ、そりゃまあ。俺の自意識過剰でなければ、斎藤さんが話しかけてきた理由――」
「これです!」
昨日のエクストラマッチ、相手は当然のようにメディウスたちだった。
6位が混ざる魔界チームとは違い、きっちりトップ3が揃って堂々の出場である。
ああ、やっぱり……斎藤さんが見せてくれた画面には、昨夜のエクストラマッチのリプレイが。
「ですよね……」
別にゲームをやっているところを見られるのが恥ずかしいだとか、しかもそのゲームをやり込んでいるのを知られたとか、そういうのはいい。
どうせ秀平と友だちの時点で、同類だと見られているのだし。
俺が渋い顔をした理由は、見られたリプレイの内容にある。
「それよりも、斎藤さん。今日は朝からいい天気だね?」
「露骨に話題を逸らしてきたね!? しかも、岸上君らしからぬへたっぴな言い方で! 外、雪だよ!」
雪が好きな人にとっては、いい天気だよ? という屁理屈は置いておいて。
空気の読める斎藤さんは、俺の様子を見てスマートフォンを降ろしてしまう。
「あの、嫌ならこの話やめるけど……」
「いやいや、冗談だよ。照れ隠しっていうか」
「そ、そう?」
「そうだよ。心底嫌なら、そもそもそんな目立つ場に出ないってば」
ただ、相手が斎藤さんだから恥ずかしさが増しているというか。
口にはしないが。
もっと近しい間柄か、あるいはもっと無関係な人に見られた場合は気にならないと思う。
……色々相談しちゃったからなぁ。仕方ないよなぁ。
「それで、どう思ったの? 斎藤さんは」
「まず、いつも見ているチャンネルの動画に、急に同級生が出てきてびっくりした」
「……まぁ、そうだよね」
TBはゲーム内の容姿がそのまんまだ。
誤魔化しが利かないというか、誤魔化しようがないというか。
覆面をしている秀平はバレない可能性が多少残るが、あの言動である。
「津金君もだけど、すごくやり込んでいるんだね? トップ層だもんね」
「斎藤さんが見ているチャンネルのメディウスたちと違って、俺はこれ一本だけどね。秀平も、最近はやるゲームを絞っているみたいだし」
「学生だから、そこは仕方ないよ」
プロと学生、ゲームに使える時間には大きな開きがある。
仮にメディウスたちがTB一本に絞ってプレイしていたら、俺たちはもっと太刀打ちできない状態になっていることだろう。
それでも、トップ帯にいるのはすごいと純粋な目で斎藤さんが褒めてくれる。
おお、ゲームプレイを外部の人に褒められるのは新鮮な感覚だ……。
「岸上君ってば、女の子二人を担いで出てきたから、二重の意味でびっくりだったよ」
「あれ、後から掲示板で滅茶苦茶叩かれていたけどね……羨ま死刑! とかって」
「そうなの? チャンネルのコメントでは“面白い”とか“またハインドが変なことしてる”とか“勇者ちゃんを捨てた!”とか、好意的な言葉も多かったけど」
「それ好意的かな!? 掲示板と大差ないけど!?」
「勇者ちゃんっていうのは、七瀬さんのことだよね?」
「そうだけど!」
別に捨てていない。
あいつはリアルの用事が……などと、この場でぶつぶつ言ったところで、仕方ないのだが。
次の戦闘イベントはきっちりユーミルと組んで好成績出してやるからな……。
「ふ、ふふっ……あははは!」
「斎藤さん?」
動画と俺を見比べるようにしていた斎藤さんが、急に笑い出す。
どうしたどうした?
「ごめんごめん。普通こういう場だと、その人のいつもと違う部分が見えてくるものじゃない?」
「あー、ブログとかSNSのつぶやきとか?」
「そうそう。でも岸上君たち、あんまり普段のまんまだから……」
「確かにねぇ……」
裏表、という意味では、ほとんどないと断言できる。
今回なんて、ロールプレイするイベントだったんだけどなぁ……。
こうして見返してみても――うわ、恥っず! 恥ずかし!!
……こほん。うん、かなり地というか素が出ているな。
映像で自分の姿を見返すのって、どうしてこんなに精神ダメージを受けるのだろう。
ひとしきり笑った斎藤さんが、動画を指して疑問の声を上げる。
「この戦いって、イベント中のポイントには影響なかったんだよね?」
「イベント終了後のおまけだからね。なんなら勝敗も関係なかったし。最後は神様二人と魔王・冥王コンビの大技がぶつかり合って大爆発だったから」
でも、魔族の一員として……みたいな周囲からの圧があったので、最後までロールプレイには徹した。
メディウスたちも含めて全員ノリノリだったから、それはそれでよかったのだと思う。
ちなみに全体のイベント成績による勢力の勝敗は、魔界側の微負けだった。
本当に僅差だった。
「できれば全体勝利報酬もほしかったなぁ。残念だ」
「そっか。エクストラマッチ、だっけ? この戦いはずっと魔界優勢だったのにね」
ここまでの斎藤さんの口ぶりからして、セントラルゲームスの動画を見てはいるものの……。
そこまで熱心なメディウスたちのファン、というわけではなさそうだ。
勝敗はどうでもよかったようで、残念がる俺に素直に同調してくれる。
「NPCの格が違ったからね。魔王と冥王って言ったら、首魁と裏ボスのコンビだもの……相手も主神クラスあたりが出てこないと、勝負にならないって。あと、幹部プレイヤーがほとんどいるだけに近い力の差で、一番近くで派手な戦いを見られますよ! っていう程度のおまけ扱いだったから――」
「?」
「――ごめん。あんまり専門的なことを言われてもわからないよね?」
斎藤さんが聞き上手なものだから、つい長々と語ってしまった。
しかし、斎藤さんは首を左右に振って笑みを見せてくれる。
「ううん。そういうのが好きだから、動画を見たりしているんだし。よくわからなくても、楽しそうだなー、面白そうだなーって」
「すごいふわっとしているね……」
「迷惑だった?」
「いや、全然。バー斎藤とかあったら、毎晩通って話を聞いてもらいたいレベル」
「ふふっ、なにそれ」
そんなことを話している間に、斎藤さんがスマートフォンで流していた昨夜のリプレイが終盤に差しかかる。
最後は先程触れた通り、大爆発してホワイトアウトで終了だ。
「一つのものに凝れないのが、私の悪いところなのかなぁ?」
「そんなことないでしょ。これから見つかるかもしれないし」
「そうかな?」
「そうだよ。今だって斎藤さんはテニスを頑張っているし、あと、えーっと……ウサギとか好きだよね?」
「あ、確かにそうだね。ウサギさんは昔から好き」
テニスは? と訊きそうになったが、黙っておくか。
色々あるのだろう、きっと。
ウサギの編みぐるみをツンツンとつつき、斎藤さんが淡く笑う。
癒される光景だなぁ……と思った直後――急に強い悪寒が走る。
殺気!? どこからだ!?
「わーたーるぅぅぅ……」
「ひえっ!?」
殺気の発信源は、教室のドアの隙間から。
ドアに手をかけ、顔を半分だけ出した未祐が血走った目でこちらを見ていた。
しまった! 今朝は生徒会の雑務があるんだった……時計を見ると、約束の時間を微妙に過ぎている。
「あ、七瀬さん」
「斎藤ちゃん……そこの遅刻野郎を引き渡してもらえるか?」
そしてさっさとテニスの朝練に行け、という副音声が聞こえた……気がした。
未祐が扉を開け放って中に入り、仁王立ちを決める。
斎藤さんは笑顔のまま、それを真っ直ぐに見返した。
表面上は穏やかに、しかし妙な緊張感を発しながら二人が視線を交わしあう。
「ごめんね、岸上君を借りちゃって。はい、返すね」
「うむ……さあ、亘! 早く生徒会室に行くぞ! せっかく今日で忙しい期間が終わるのだからな! さっさと書類を片付けるぞ!」
「あ、ああ。すまん、悪かった」
斎藤さんに背中を押され、未祐には服をつかんで雑に引き寄せられる。
物のように扱われている……が、遅刻は事実なので文句は言えない。
そのまま俺は怒気を発する未祐に引きずられ、笑顔で手を振る斎藤さんを残して教室を出たのだった。