表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
980/1112

エクストラマッチ

「どうして」


 今、俺はここ最近で見慣れた異空間……決戦ステージ、暗黒空間にいる。

 イベントはもう終わったはずなのに。


「どうして」


 どうしてまだここにいるのだろう。

 視界の中にあるゲームステータスには『戦闘開始まで、しばらくお待ちください』と表示されている。


「もう諦めるでござるよ、ハインド殿」

「一緒に恥をかきに、行こう……」

「それが嫌だって話なんだけど!?」


 既に覚悟を決めた二人が、後ろから圧をかけてくる。

 もっとも、こうなった以上は逃げられないタイミングではある。


「まあまあ。拙者とフィリア殿の入賞祝いと思って」

「……ハインドが一緒だと、心強い」

「くそ、断れなかった!」


 俺の頼みで入賞してくれたトビと、その入賞を後押ししてくれたフィリアちゃん。

 二人に「一緒に出よう」と言われた時点で、俺にエクストラマッチ出場を断る選択は与えられていなかった。

 魔界幹部の上位に社会人が固まっていたせいで、次々と参加権は移り……。

 あれよあれよという間に、俺に参加権が流れてきたという次第だ。

 マタタビさんなんて、いい笑顔で「相談役になら喜んで出場権を譲るぜ!」だものなぁ。

 出てくれよ、マタタビさんは時間あるでしょ……。


「開催時間が20時ってのがなぁ」

「?」


 俺のつぶやきに、フィリアちゃんが首を(かし)げる。

 ……まあ、こうしてここに中学生の上位入賞者がいるしな。

 ゲームの性質上、あまり遅い時間にできないということもあるのだろう。

 対象年齢が高めのゲームなら、22時開催などになっていたかもしれない。


「……ふぅ。よし、覚悟を決めたぜ」


 この戦いは生放送もあるし、リプレイもしばらくの間は残る。

 もちろん、事前に顔出しの可否に関する同意なども済ませてあるので……。

 恥ずかしい行動を取れば、割とダイレクトにダメージが来るのだ。主に精神に。

 半端な状態こそ大火傷の元なので、いい加減に腹を(くく)るとしよう。


「おっ、ようやくでござるか」

「……三人で行けば、怖くない」

「いいこと言うでござるなぁ、フィリア殿! そうそう、みんなで渡れば怖くない!」

「危険行為の扇動(せんどう)みたいな言い方だなぁ……」


 信号無視の常套句(じょうとうく)みたいだ。

 交通ルールはきちんと守ろうな?

 ――おっと。


「カウントダウンだ」


 どうやら決戦の場所はここではないらしい。転移陣が足元に出ている。

 天界……でもないのだろうな、公平を期すのなら。


「フィリアちゃん、先頭に」

「どうして?」

「1位だから」

「……」


 俺はフィリアちゃんに呼びかけ、位置を代わろうと動く。

 陣の向きからして、多分こっちが前方だろう。

 しかし、フィリアちゃんは俺の(わき)をつかんでその場に固定しようとする。

 なぜに!? そしてくすぐったい!


「ひょひっ!? ふぃ、フィリアちゃん!?」

「私が1位になったのは、ハインドのおかげ……!」

「そ、そうだとしても、見ている人には関係ないから! 6位の俺がドヤ顔で真ん中にいたらおかしいから!」


 力づくで動こうにも、フィリアちゃんは低い重心と(たく)みな体重移動でびくともしない。

 どんな技術だ!

 (かか)えて持ち上げてしまえば、体格差でどうにもならないだろうけど……。

 さすがにそこまでするのは気が引ける。

 不毛な場所の譲り合いが続くが、もう時間がない。

 覚悟を決めたといっても、(しょ)(ぱな)から目立ちたくない!


「おーい、ワープしちゃうでござるよー」


 そうこうしている間にも、転移の光は強まっていく。

 カウントは進んでいく。


「だあああっ!」

「!?」


 焦った末に、俺はフィリアちゃんを持ち上げ……。




 ……光が収まった時には、フィリアちゃんは俺の肩の上にいた。


「なんで!?」


 横にはトビ。

 周囲に人影はなく、フィールドは見たことがない場所だ。

 俺はもう一度叫んだ。


「なんでだよ!」

「あー、転移で若干座標がズレたんでござろうな。あれでござるよ、縮地で物とか人に重なった時も、埋まらないようにズレるでござるから」

「だからって、こんな体勢になるか!? フィリアちゃんが俺に対して上側にズレたってこと!? おかしいだろ!」

「……ハインド」


 フィリアちゃんは肩車ではなく、俺の右肩に乗っている。

 いくら彼女が小さく軽いといっても、幅が狭くて座り心地は最悪だろう。


「あ、ご、ごめん。すぐに降ろすから――」

「しばらくこのままでいい」

「へ?」


 俺の疑問の声をよそに、フィリアちゃんが肩に座り直す。

 降りる意志がない様子に、こちらも反射的に足に手を添えバランスを取った。


「目線が高くて気持ちいい」

「さ、さいですか……」

「……ノクスに怒られるかな?」

「大丈夫でござるよ。ノクスは心の広いフクロウでござるから」


 そういや、そこはノクスの定位置だな。

 フィリアちゃんがいいと言うなら、しばらくはこのままでいいか……しんどい体勢ではあるけれど。


「っていうか、転移後すぐに戦闘開始だと思っていたけど……まだなんだな?」

「ふたりが配置で()めた意味、なかったでござるな」

「……そうだな」


 無理にフィリアちゃんを降ろさなかったのは、戦闘開始も配信開始もまだの様子だったからだ。

 改めて周囲を見ると、光と闇が半々で混ざりあう奇妙な空間が目に入ってくる。

 うーん、目に悪い。雰囲気は出ているが。

 俺たちが立っているのは、闇側のフィールドだ。

 しかし、俺たち以外は誰も来ないな……。


「どうやら拙者たちが一番乗りのようで。気を持たせるでござるなぁ」

「相手、来てないね……」

「転移が同時じゃないって、どういう意図なんだろうな。なんでさらに待ち時間が発生するんだ?」

「我が答えよう! どっしりと構えて相手を待ち受けるのが、魔族の作法だからだっ!」

「「「!?」」」


 ようやく現れた第三者の声は、どうやら敵のものではない。

 聞き覚えのある声に、俺たちは(あわ)てて背後に向き直る。

 そこにいたのは……。


「ふはははは! 我、さんじょ――」

「魔王ちゃん、キターッ!」

「ひえっ!?」

「共同作戦!? はじめての共同作戦でござるな! 最高ー! 上位に入ってよかったぁぁぁ!」


 魔王ちゃんと、それから……冥王様だった。

 これは意外。

 イベント中も、共有ロビーに出現したのは魔王ちゃんとサマエルのどちらかだったから。

 現れた理由は――まあ、トビが言った通りなのだろう。二人から否定の言葉もないし。

 エクストラマッチの内容は、両陣営・最上級NPCを交えた混合対戦の模様。

 掲示板では事前に色々な予想・憶測が飛び交っていたが、最も多い意見がこれだった。

 大方の予想通りになったわけだ。

 魔王ちゃんに迫るトビは放っておいて、俺は冥王様に声をかける。


「冥王様……ここ最近の流れだと、サマエルが来るものと思っていましたが」

「む……そ、その、な? 孫が心配での」


 いつも発言が明瞭な冥王様が、モゴモゴと言いよどむ。

 なんだろう? と疑問に思っていると、魔王ちゃんが口を挟む。


「めいお――ババ様は、サマエルが休めるよう無理矢理ついてきてくれたんだぞ!」

「こ、これ! ワシは別に、そんな……」

「へー」

「……へー」


 なんだかんだで、サマエルのことも大事に思っているようだ。

 弟子のようなものだって言っていたしな、そうだよな。

 フィリアちゃんと一緒に生暖かい視線を送っていると、冥王様が咳払(せきばら)いをして仕切り直す。


「ご、ごほん! それよりぬしら、なんでそんな状態になっとるんじゃ?」


 もっともな言葉である。

 俺とフィリアちゃんが顔を見合わせる。

 そして、冥王様に向き直って一言ずつ。


「なんとなく」

「流れで」

「いいなー! 我もハインドの肩に乗りたいぞ!」


 高い位置にいるフィリアちゃんを(うらや)ましそうに見つつ、駆け寄ってくる魔王ちゃん。

 ……なんかこの子、ある程度親しくなった相手には子供っぽさを隠そうとしないな。

 こういうところがトビたちのツボなんだろうか?


「魔王。左肩、空いてる……」

「そうか! 乗る乗る!」

「あの、フィリアちゃん? 魔王ちゃんも?」


 人をアトラクションかなにかと勘違いしているのじゃなかろうか?

 そりゃあアルベルトさんくらいの体格があれば楽勝だろうが、俺だと体力がきついし肩幅もそんなにだから座り心地が……乗るの? 本当に?

 負荷がすごい筋トレみたいな状態になっちゃうよ? 首、肩、腰に膝まで砕けるよ?


「魔王ちゃん、拙者! 拙者の両肩、空いているでござるよ! さあ!」

「えー」

「えーって……あああ! ハインド殿ぉ!」

「俺に言われても困る」


 そして無情にも、このタイミングで新たな転移陣がフィールド内に発生する。

 光側のフィールドに出ているので、今度こそ対戦相手の登場だろう。

 ふらつきつつも、俺は二人を(かつ)いで立ち上がる。

 うおお……二人が未武装なのがせめてもの救いだ。


「ぐっ……! こ、これはちょっと……無理があるんじゃ……?」

「わはははは! このまま神界の者どもを迎え撃つぞ、我が精鋭たちよ!」

「おー」

「このまま!?」

「……」

「泣くな、トビよ。おぬしは欲を見せすぎるのがイカンのじゃ。一途に働き続ければ、いずれあの子からの評価も変わるじゃろう。まずは目の前の戦いに集中することじゃ」

「本当でござるか!? その姿の冥王様に言われると、力が湧いてくるでござるな!」

「お、おお……なんだかワシも、この姿のままじゃと危険を感じるのう……」


 今回の冥王様は、魔王ちゃんの2Pカラー……もとい、少女時代の姿で来ている。

 いくらトビでもそれで見境をなくしたりはしないだろうが、不安を感じるなら変身を――あれ? そもそも、冥王様のこの姿って他のプレイヤーに(さら)したことあったっけ?

 ……ない、よなぁ。

 初見のはずのフィリアちゃんが無反応だったので、忘れるところだったけれど。

 それならば、一つ提案を。


「冥王様、戴冠式(たいかんしき)の姿と同じほうがいいのでは? みんな混乱しますし」

「そうかの?」

「そうでござるな! その姿を知るのは、来訪者の中ではまだ拙者たちだけでいい……! これ、ゲーマー的には最高の優越感!」

「我欲に(あふ)れてんなぁ……そこに関しては同感だけど」

「そ、そういうものかの? では……」


 運営の想定通りなのか、俺たちの言葉を聞いた上での変化だったのかは不明だが。

 冥王様は大人バージョンに変化し、高くなった視線で魔王ちゃんに呼びかける。


「参ろうか。さ、孫よ。号令を」

「はい、ババ様! ……さあ、魔に(つら)なる者たちよ! 戦いのときぞー!」


 魔王ちゃんが肩の上で呼びかけたと同時に正面、転移陣の光が激しくなる。

 同時に配信開始のマークが点灯し、俺たちの恥を(さら)す時間――じゃなかった。

 今イベント、最後の戦いが始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] これは次回が気になる!! その後の反応も楽しみ愉しみ!
[一言]  配信でこの配置をリィズに見られたら何と言われる事やらw
[良い点] むしろアルベルトがぐぬぬしそうなんだがw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ